日本の広告における健康言説の構築分析
Constructive and deconstructive analysis for Japanese media commercial messages
池田光穂
本研究は、今日の広告における「健康」のイメージが濫用されている原因について、社会構築主義の研究方法論に基づいて考察したものである。 研究の具体的な方法は、社会構築主義に関する文献研究、広告の内容分析——とくに健康言説の決まり文句であるクリーシェの諸類型の提示、および「健康言 説」の構築分析という3つの手法を用いた。
本研究によって明らかにされたことを要約する。
(1)広告研究における健康言説という分析概念の提唱とその重要性 |
健康言説とは、人間の心身の状態を内包する言語活動とその外延にある言語を媒介とした社会的拘束性のことである。現代社会は、健康言説 が、広告とパブリシティとの複合的活動を通して個々人の身体意識に対して常に外部から働きかけをおこなっていることで特徴づけられる。ところが健康言説 は、呼びかける主体に対して、あたかもそれが自己の内面すなわち身体の内奥からの要求に呼応するものであるかのような錯覚を与える。
(2)健康言説の冗長で際限のない増殖性 |
都市化環境にある社会では、健康言説の多様性が増し、その内容が冗長になり言説が絶え間のない再生産の過程に入る。それは、健康を「病気 の欠如」でしか定義づけられない近代医療の健康概念の論理的な限界と関連している。養生論や社会医学は、そのような病気の欠如である健康を、生活世界イデ オロギーの作用をもって政治的に馴化させ、道徳と健康を関連づけようするために、最終的に健康言説を再生産することに貢献する。
(3)健康言説の権力性とその社会的必然性 |
前項で指摘したように健康言説は、それ自体が増殖する論理構造をもつ。しかしながら、健康言説はそれ自体で増殖の自動過程に入るのでな い。健康言説を維持し、管理する運営主体つまり権力母体を不可欠とする。健康言説は、一方では外部権力による統制を受けると同時に、その権力の圏外で、利 用される主体の欲望に照応したかたちでの再生産過程もまた観察できる。健康言説が、その言説の増殖を止める時とは、商品経済が終焉する時である。
この研究は広義の意味での広告文化論の領域に位置する。ところが従来の広告文化論の研究では、「健康」は伝統的な売薬広告など特殊な領域の 研究しか散見することができなかった。他方、健康についての人文科学的研究は、広告の記号論分析にみられるように、健康至上主義(ヘルシズム)を批判する 目的のために広告の中に記号を「解読」するという転倒した事態にある。本研究はこのような陥穽にある2つの研究領域を架橋すべく、健康を言説そのものであ ると明確に位置づけることによって、広告文化論研究における言説の構築分析についての基礎的な資料を提供し、また言説の社会的効果という観点の重要性を主 張することで、健康文化の社会研究における広告とパブリシティへの研究的関心を喚起するという2つの側面からの提言をおこなった。
(共同研究者)
(省略)
*オリジナルは(財)吉田秀雄記念事業財団発行の『ざいだんレポート』No.68, p.4, February 2000.にあります。引用される際は、そちらに直接あたってください。
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