中央アメリカの民族誌と人類学(3)
――E・ウルフの閉鎖的農民共同体――
解説とノート:池田光穂
●E・ウルフの閉鎖的農民共同体(Closed Corporate Peasant Communities)ノート
エリック・ウルフ(Eric Wolf, 1923-1999)
・農民の定義:
「営利事業としてではなく、生計の手段として農耕に従事する、土地を効果的に管理している農業生産者」(p.243:訳書:以下同様)
・農民共同体の特徴
1.土地などの財産に関する権利の体系をもつ。
2.宗教組織を通して余剰を再配分するような機構をもつ。
3.部外者を成員となることを禁止する(と、同時に外部との交渉をもつ成員の活動を制限する作用あり)
・実際のメソアメリカにおける規模や数はどれくらいか?
(マクブライトの推定)
1854年メキシコ:約5千の農村共同体で、1160万ha
1923年:ほとんどない
(タネンバウムの推定)
1910年:メキシコ全村の16%、農村人口の51%が大農園に含まれていない村に居住(「自由村」)。しかし、シンプソンによれば 1910年まではメキシコの9割の村や町には共同地がなかったといい、推定には問題あり。
(別の推定)
1910年(ディアス体制末期)41%の土地保有共同体が共同保有をしていたが、非合法だった。
・宗教組織とその機能
各共同体が一人ないしは複数の聖人を崇拝する傾向があり、その崇拝の役割は共同体の成員にある。宗教的役職につくことによって社会的 威信を獲得する。(pp.245-6)
「共同体はその成員が威信経済の働きをとおしてその余剰を消費するようにしむけている。この威信経済は、だいたいにおいて、共同体的宗 教祭祀とそれに関連した宗教活動を支える働きをもつ。‥‥(略)‥‥。メソアメリカでは、一般に、共同体の青年に達した成員が宗教的役職につく場合、一人 ないしは数人の聖人の祭礼の費用を受けもつ。出費者はこうした出費によって、大いなる社会的威信を得るわけだが、それは経済的にみれば、破壊的なことかも しれない」(p.246)
[コメント]ドローレスでは、聖人崇拝は重要であったが、社会的威信を獲得するための信徒組織コフラディアなどはすでに崩壊していた。 (メスティーソの村ドローレスではカルゴ・システムのような組織はもともとなかった。)
・富を見せびらかせない
「メソアメリカでは、富を見せびらかせれば、あからさまな敵意の目でみられる。逆に貧困が賞賛され、貧困ゆえのあきらめに高い価値が 与えられている」(p.247)[文献(31)]
・孤立した社会
「メソアメリカでは、各共同体が比較的自律性をもった、経済的、社会的、言語的、かつ政治宗教的体系を維持する傾向があり、それはかな り排他的な慣習や風習にもあてはまる。ギリンのことばを借りれば、「インディオの宇宙は空間的に限られており、その水平線は、地域共同体やその領域の境界 を越えて広がることはないのが典型である」。」(p.248)[文献(34)(35)]
【文献】
ウルフ「メソアメリカと中部ジャワの閉鎖的農民共同体」(合田博子訳)『社会人類学リーディングス』(松園万亀雄編)アカデミア出版会、 1982年:Wolf,E.R., 1957, Closed Corporate Peasant Communities in Mesoamerica and Central Java, Southwestern Journal of Anthropology 13:1-18.
Copyright Mitsu Ikeda, 2003