はじめに かならずよんでね

反-自民族中心主義

Anti-ethnocentrism

解説:池田光穂

西洋の論理的世界にとっての民族的「他者」に対して、 西洋世界の人々とは異なった存在であり、かつ自分たちがそれらの「他者」よりも認識論的に優越する価値を有するという論理的態度のことを、反―[西欧]自 民族中心主義と呼んでみよう。ただし、以上の定義づけは、池田光穂の独自のもので、「反―自民族中心主義」という用語法すべてに、このような定義づけが通 用する保証はしない。

→(反対語)自民族[ただし西洋の]中心主義[自民族中心主義

→(類縁語)オリエンタリズム[ノー ト

文化相対主義

この用語のアイディアは、以下のような<自民族中心主義>について、ピエール・クラストルの 見解からインスパイアーされたものです。あるいは、『グラマトロジーについて』(邦訳『根源の彼方に』上)においてレヴィ=ストロースを批判した、J・デ リダの緒論にも影響を受けています。

「人類学研究に絶え間なくつきまとう障害、常に力を失わぬ的、すなわち<自民族中心主 義>が認識されてから、既にかなりの時が経っている。それは、差異に対するまなざしの全てを媒介し、差異を同一化し、終局的には消失させるものだ。こうし た態度のもつ危険を力をこめて告発するという、一種の民族学的儀礼が存在する。その意図は賞賛されるべきものであれ、だからといってその意図をもつ民族学 者自身、今度はその罠に、幾分は心安らかに、幾分かは注意力の散漫から陥らないということには、必ずしもならない」

「西欧の自民族中心主義と、その「未開」の対応物との間には大きな違いがある」(クラス トル『国家に抗する社会』渡辺訳、Pp.20.白馬書房)

「自民族中心主義は思考に課される無力な拘束であるどころか、想像される以上の帰結を伴 うものなのだ。それは差異をそれ自体において、中立的なものに留めておくことができない」(同書, p.20)

「自民族中心主義はまた、非西欧社会をエグゾティックなものとする視線と結びついてい る」(同書, p.26)

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