「この戦争がいかように終わろうとも、おまえたちとの戦いは我々の勝ちだ。生き延びて証言を持ち
帰るものはないだろうし、万が一だれか逃げ出しても、だれも言うことなど信じないだろう。おそらく疑惑が残り、論争が巻き起こり、歴史家の調査もなされる
が、証拠はないだろう。なぜなら我々はおまえたちとともに、証拠も抹殺するからだ。……ラゲール(強制収容所)の歴史は我々の手で書かれるのだ」。(ナチ
ス親衛隊の兵士)(1)
一 はじめに
本稿は、現代のグアテマラの人びとが内戦時代(一九六〇―九六年)の政治的暴力をどのように体
験し、それを語っているのかについての人類学的考察である(2)。グアテマラの内戦時、とくに一九七〇年末から八〇年代にかけて西部高地を中心に暴力が激
化するラ・ビオレンシア(La
Violencia)の時期――広義には内戦時全般をさすと同時に、狭義には一九七九―八二年頃の出来事を呼ぶ――については、紛争時から現代に至るまで
ジャーナリストのみならず社会科学者たちがさまざまな記録を残しており、その作業は現在も続いている[例えば
CARMACK 1986; MONTEJO 1986; SMITH 1990; FALLA 1992; MONTEJO y AKAB'
1992;
PERRERA 1993; STOLL 1993; BASTOS y CAMUS 1994; LOVELLL 1995; CABRERA
1995;
IKEDA
2000]。またグアテマラ全土におよぶ、この悼むべき史実を明らかにし、次世代に伝えてゆく公式記録の編纂もすすんでおり、グアテマラ政府の歴史の真相
究明委員会(CEH)や、グアテマラ司教区の歴史的記憶の回復プロジェクト(REMHI)が、膨大な証言記録とその原因と責任の所在の究明について報告出
版している[CEH
1999; REHMI
1998]。諸報告に述べられているように、この種の作業は、常に中間報告にならざるをえず、不断の努力によって継続させてゆかねばならないのものであ
る。
(2)本稿で用いられた資料は、平成一〇・一一年度文部省科学研究費補助金国際学術「都市化
環境における実践コミュニティの人類学的研究」(研究代表者:田辺繁治・国立民族学博物館教授)および平成一〇・一一年・一二年度同研究費補助金国際学術
「グローバル化におけるグアテマラ国家ナショナリズムと汎マヤ・エスニシティの形成」(研究代表者:太田好信・九州大学大学院教授)によって、グアテマラ
西部のウェウェテナンゴ県やトトニカパン県での現地調査のほかに、首都グアテマラ市やサカテペケス県などさまざまなところで私が経験したものから得られ
た。また内容の一部は日本ラテンアメリカ学会第二二回定期大会パネル「グアテマラ―和平合意後のゆくえ―」(二〇〇一年六月三日名古屋大学)で発表され
た。また本誌編集委員会の井上眞先生ほか三名の匿名の査読者の方々から拙稿の改善に関して、きめ細かくかつ心暖かい助言を受けた。以上の関係する諸先生方
に謝意を表したい。本稿の内容は、これまでの私の既報告[池田 一九九七、一九九八、二〇〇一;
IKEDA 2000]の個別テーマとは異なっているものの、政治的暴力と地域の開発現象の関係を明らかにするという点で問題意識は共通している。
グアテマラの内戦時における政治的諸暴力の解決の模索は、それらの真相究明と、責任者の「処
罰」ならびに、罪を認めた「加害者」と死者ならびに遺族の「被害者」との間の調停、つまり公正な「処罰」と「恩赦」を前提とした双方の「和解
(reconciliacio'n)」(3)という具体的な社会正義の実現に向けられたものである。処罰と恩赦が公正におこなわれる社会的条件のひとつ
は、さまざまな政治的暴力とその説明が誰の眼にも明らかな公共性を獲得することである。このような諸作業に、社会人類学・文化人類学はどのような寄与がで
きるのであろうか。これらの問題に関わることは人類学が動員する方法や知見が真相究明の一助になるのみならず、翻って現代の人類学が抱えている実践的かつ
理論的諸問題[太田
一九九八]にさまざまな処方の糸口を与えるものであると私は信じる。
(3)局地的な暴力行使を中心とするイデオロギー紛争、「人種」問題、民族紛争の国際的解決
に、この「和解」という用語が多様され流行語のように取り扱われる[WHITTAKER
1999]。しかし「和解」という用語は、スペイン語でも形式ばった文書の中には歴史的によく使われてきた用語である。この用語は、宗教的には告解あるい
は分派した人がもとの教会に復帰するという意味がある。つまりある権威構造への復帰を促す言葉でもある。一九八二年のリオス・モント将軍期のグアテマラ国
軍の対反乱キャンペーンの内部文書『勝利八二』における「現下の国家諸課題」の中には「好ましい国家平和と調和のために一つのグアテマラ家族における和解
を達成する」という文言がみられる[BLACK
1984:189]。
私はこの理念をもってグアテマラにおける政治的暴力の諸相について考えてゆきたい。本稿での政
治的暴力の概念は、ハンナ・アーレントによる権力論、つまり権力の確立において暴力は極小化されるという独特の見解をとる。ではなぜアーレントなのだろう
か。近代国家における暴力現象とその分析手法(=現代政治学)は、暴力を強度の概念でしか捉えられないのに対して、アーレントのそれらは人間活動における
即物的力のみならずシンボル的力を視野に入れることができる。この視点は、暴力現象に関する人類学研究の諸成果と親和性をもつ。本稿では「恐怖の文化」概
念の検討を通して、テロ、麻薬、政治的腐敗、独裁や革命といったラテンアメリカ地域全般に投影されてきたステレオタイプと不可分である暴力研究における心
理学パラダイムの限界を指摘し、「構成的当事者と向き合う」社会学的な視座の有効性を主張する。これによって構成的当事者と向き合う可能性と限界について
グアテマラにおける私の体験を検討してゆく。私の主張の核心は、構成的当事者と向き合う作業の中で生じる主体的関与に関する人類学考察にある。
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- 太田好信 一九九八 『トランスポジションの思想』京都:世界思想社。
- 太田好信 一九九九 「未来から語りかける言語」『思想』
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___________________
(いけだ・みつほ 熊本大学文学部:発表当時――現職(2005.Apr.1〜)、大阪大学コ
ミュニケーションデザイン・センター アート&フィールドデザイン部門教授、現在、大阪大学COデザインセンター・社会イノベーション部門教授)