それでは、グアテマラでの民族誌的調査を通して私は果たして、どのような立場をとるのだろうか。それを「構成的当事者と向き合う」という用語で
表現したい。
具体的な政治的暴力を理解する際に我々が従来取ってきた視座とは、政治的暴力の場における当事者を「加害者」と「被害者」の二極に分解し、それ
らを交換不可能な対立をもって描くやり方である。加害者とは、軍隊/警察/死の部隊(death
squads)/「人民の敵」/加害者としての市民であり、被害者とは、特定の民族・「人種」・教徒・政党支持者/破壊者(subversive)/被害
者としての市民である。しかし、このような二項対立は、「恐怖の文化」という特殊な社会環境を想定し、我々の日常的感覚では理解不能とする社会的カテゴ
リーを導き出す。つまり「信じがたい事」を神秘化し、永遠に理解不能な演劇論的舞台を作り出してしまう。舞台に没入する観客になる誘惑から逃れる唯一の方
策とは、政治的暴力における当事者を首尾一貫した一枚岩の超越論的な集団として見ることを拒否することである。その代わりに、政治的暴力の過程で客体化さ
れ、主体として語られ、そして操作されるカテゴリーつまり、暴力的現象における構成的当事者としてみなすことが求められる[例えば、栗本 一九九六]。
構成的当事者に面した際に人類学者がおこなう作業とは、その人びとの声を聞くことになるのだが、問題は、(i)それらの声をどのように聞くのか
ということなる。そして、人びとの声とは、調査者にとっては他者の声に他ならないわけであるから、引き続いてどのように他者の声を聞くのかという姿勢や態
度についての次の問いが発せられるだろう。他者であること、つまり(ii)「他者性」を人類学者はどのように捉えるのかであり、それらについて人類学者は
具体的に表明せざるをえない。
太田好信によると、人類学者が他者の声を聞く——これは隠喩的表現(6)であると同時に具体的で現実的な表現である——という社会的行為には、
二つの責任が生じるという。つまり、自分の調査という実践について説明するという説明責任(accountability)と、相手の呼びかけに応えると
いう応答責任(responsibity)である[上村ほか 一九九九:五二]。この二つの責任について人類学者が遂行した結果、人類学者の発話や実践に
対して、現地の人びとがそれを理解し、批判を加えるという新たな状況が誘発される。このような言語遂行行為が実現される社会的条件について、太田はグアテ
マラのマヤ運動をめぐる論争や事例検証のなかで多角的に論じている[太田 一九九九、二〇〇〇]。ここで新たな状況の誘発とは、人類学者の仕事を通して研
究対象の人々をエンパワーすることに他ならないが、これまでの彼の業績から、それは同時に従来の人類学の実践的パラダイムそのものを組み換えるものである
ことは明白であろう[太田 一九九八]。
(6)読者にはここで言う「発話」というものを、その古典的序列——「単声/論理整合的/雄弁」が「複声/非論理的/寡黙」よりも優越する
——の中でのみとらえないでいただきたい。当事者が暴力を語り、民族誌家が耳を傾けている中にも、沈黙と饒舌、涙と笑い、冷静と混乱、同情と軽蔑が同居す
ることを誰しもが知っている。私は見えたり聞こえなくても感じるものも含めた人間の相互行為そのものを「発話」とそれに「関わる行為」という隠喩の中で表
現しているのです。
エンパワーとは、何かを可能にする生産的権力を導入することであり、人間
の様々な「可能態」を実践することである[例えば、田辺
一九九七]。またこの言葉には、それまで我々を縛っていた固定観念を取り払い、「自ら解放される」ことをも意味すると私は信じる。これは他者の理解を通し
て自己の理解に到達するとしてきた人類学の基本的命題を大きく逸脱するものではない。むしろその営為の延長上にあるものだ。人類学は、これらの実践を通し
て、ただ他者を理解するという定言的命令(categorical
imperative)から自由になり、他者性のなかに主体的関与(agency)を認めることを可能にする社会的条件を獲得するからである[太田 二〇
〇〇;スピバック 一九九八;
SPIVAK
1993:294]。このことは、他者のなかに自由な発話主体が存在できる/できないというあれかこれかの議論を飛び越えて、発話の場そのものが歴史的か
つ社会的に構造化された権力関係の不均衡にあり、発話は常にそこから始まるという現状認識から出発することを我々に要求する。
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(いけだ・みつほ 熊本大学文学部:発表当時——現職(2005.Apr.1〜)、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター アート&
フィールドデザイン部門教授)