健康科学への臨床的対話アプローチ
Promotion for the dialogic & clinical approarch to Health Sciences
(某財団申請に15年前に挑戦して却下されたものです。ここに情報を共有してそれほど悪くないテーマだと思います)
池田光穂
この(仮想)研究開発プロジェクトの目的は、(I)人間の臨床コミュニケーション能力のもつ可能性と、それが言語や身体により条件づけられる諸特性を明らかにし、(II)そこから得られた研究成果を、市民向けの教育実践の中で活用できるようにプロトコル化することにある。
このような対人的コミュニケーション能力の改善を図る研究実践の手続きを、我々は〈臨床的対話アプローチ〉と呼ぶ。共同研究会は、具体的な調査対象 をもつ実証研究グループと支援学問研究グループの間で、データや方法を頻繁に交換し、焦点をずらしながら繰り返し議論する〈ブーツストラップ方式〉による 領域横断型の臨床的対話の実践というかたちで遂行される。企画調査にもとづく共同研究会の検討を通して、〈臨床的対話的アプローチ〉手法を健康科学の諸領 域に適応を図る研究開発プロジェクトの提案に繋げてゆく。
プロジェクト企画調査の構想
1.企画調査を行う研究開発プロジェクト提案のねらい
情報通信における人間が利用可能なコミュニケーション手段の格段の進歩と普及には目を見張るものがある。他方、私たちの対人的コミュニケーション の潜在的能力や学習可能な修得技法というものは、それにくらべて、いったい、どれほど向上したのだろうか。対話という技法は人類の歴史とともにあるのに、 このギャップの大きさは私たちには大変奇妙に思われる。
今日の大学および大学院の専門教育でコミュニケーション技法は、法科大学院やビジネススクールなどの特殊な領域の人材養成に偏って存在している。 大学生および大学院生を対象に誰もが使える対人コミュニケーションの能力の向上を図った高度教育プログラムは、我が国においては限られた例外(大阪大学大 学院——末尾の「自由記入」を参照)を除いてほとんど試みられていないのが現状である。企画調査申請者は多様なコミュニケーションデザイン教育のなかで も、とりわけ臨床コミュニケーションの専門教育の研究者である。臨床コミュニケーションとは、人間のコミュニケーションの能力を特異ならしめている身体の さまざまな能力に依存した言語を基調とする対人的コミュニケーション総体のことをさす。
この企画調査で行う研究開発プロジェクトは、(I)人間の臨床コミュニケーション能力のもつ可能性と、それが言語や身体により条件づけられる諸特性 を明らかにし、(II)ここから得られた研究成果を、市民向けの教育実践の中で活用できるようにプロトコル化(=自由裁量の改良を容認する緩やかな規格の 記述言語による手続き化)することにある。このような対人的コミュニケーション能力の改善を図る文理融合的な研究実践の手続きを、我々は〈臨床的対話アプ ローチ〉と呼んでいる。我々は〈臨床的対話アプローチ〉の諸相を解明し、近代医療やシステム化された福祉ケアの領域(=科学技術やシステム社会科学の発展 に大きく依存している)における臨床的対話アプローチの技法の復権と洗練化を試み、研究開発プログラムの実現に向けて努力する。
2.プロジェクト企画調査のねらい
対話は現代社会のさまざまな諸相でみられる。そこでは、明確に〈専門家〉〈権力機構〉〈公衆〉という社会セクターが存在し、一方では提供者 (providers)として他方では制御者(regulators)として、相互に影響を与えている。本プロジェクトは、そのような連携のひとつのモデ ルになりうる可能性をもたせ運営することを主眼としている【図を参照】。
どのような研究教育の実践手続きも誰もが納得する民主的で合理的な手続きに従って管理運営されなければ、その正当な根拠を持ち得ない。我々が目論 む〈臨床的対話アプローチ〉はその有効性を発揮させるために、品質管理のマネジメント手続きの一般的モデル——シューハートとデミングによるマネジメント サイクル仮説(PDCA)——に即して検証を加えることを目論んでいる。これは品質管理の時系列的な手順をモデル化したものであるが、同時にそれぞれの計 画(Plan)、実行(Do)、点検(Check)、改善の実践(Act)の諸相における状況把握には、異なった分析手法が動員されるべきであるという実 践的指針を示している。対話がもつ循環性と再帰的展開性を、経営学における品質管理の運用モデルとしてみようというのが、本プロジェクト企画調査のねらい である。
我々は、この企画調査において、(i)遺伝カウンセリングの具体的方法、(ii)発症していない難治性疾患の予後予測における知識や経験の使われ 方、そして(iii)介護保険法施行以来その急務の改善が求められている福祉現場におけるサービス提供者会議の支援という3つの事例をとりあげることとし た。いずれも当該分野における先行事例研究が未だ十分になされていないものである。このことにより研究開発プロジェクトで構想している4年から5年の比較 的長期における同一の研究の展開の時間相を、企画調査の段階では異なる社会事象の研究の論理的段階の階層性の諸相の中にシミュレートすることができる。
3.企画調査を行う研究開発プロジェクト提案の必要性
現代社会における対人コミュニケーションに関わる問題として以下のものが指摘され、それらに対する個別ないしは統合的な対応策が求められている。本研究開発プロジェクトにつながる企画調査の提案の必要性はここにある。
(1)対人コミュニケーション情報集積の未整備:情報通信技術支援によるコミュニケーションの強度の増大という状況下での対人コミュニケーション技法やこれまでの人類が獲得してきた実践知との関連性の検討は未だ不十分なままである。
(2)対人コミュニケーションが直面する新しい社会状況:リスクや予後に関する予言予測科学は格段に進歩したが、臨床コミュニケーションの現場において、その伝達技法の対応不足が指摘され、現場における迅速な対応策あるいは具体的な改善が求められている。
(3)質的研究やトランスレーショナルな人文社会学の再編成の必要性:対人コミュニケーションに焦点をあてた研究に従事してきた臨床哲学、看護学、 文化人類学、議論支援システムなどの分野は、文理融合的なトランスレーショナルな領域であるにもかかわらず、これまで十分な連携協力の試みがなされてこな かった。具体的な問題解決の方法である〈臨床的対話アプローチ〉の推進により、これらの領域の連携協力についてのひとつのモデルを提案する。
4.プロジェクト企画調査の内容と計画
プロジェクト企画調査は、研究開発プロジェクトを実施する際の将来のグループリーダーを予定している班員により構成される。そして〈臨床的対話ア プローチ〉に関する共同研究会をブーツストラップ方式(後述)で運営する。班員の研究テーマは大きく2つに大別される。すなわち具体的な調査対象をもつ実 証研究グループ(i, ii, iii)と支援学問研究グループ(a-1, a-2, b, c)である。
調査テーマ研究グループでは以下の3つの調査研究の可能性・実現性を検討する。すなわち(i)臨床コミュニケーション研究から派生した対話コン ポーネンツ手法を遺伝カウンセリングに適用する〈対話コンポーネンツ研究〉、(ii)発症していない難治性疾患の告知や予後の宣告を含む「予言予測」がも たらす情報と知識管理に関する質的な調査研究である〈病気の「予言予測」研究〉、および(iii)喫緊を要する介護保険現場のサービス提供者会議の支援を 目的とするアクションリサーチである〈現場力応用コミュニケーション研究〉である。
これらの実証研究テーマに対して、[議論支援]システム工学、文化人類学、医療倫理学からなる集団を支援学問研究グループと位置づけ、相互に関連 させながら共同研究をおこなう。3つの学問分野の4領域とは以下のものである。ヒューマンインターフェイス工学を基調とする〈議論支援〉————これには (a-1)臨床的対話アプローチの構想段階でのブレインストーミングを補助する〈議論支援Phase1〉と、(a-2)研究のマネジメントサイクルの最終 段階での検証を通して新しい相に移行する議論を支援する〈議論支援Phase2〉という2つの時間相で機能させる予定である。次に(b)質的研究の一領域 である〈臨床民族誌研究〉がある。これは、調査研究の現場で文化人類学の民族誌学の方法を用いて記録解釈し、ミクロな社会的文脈のなかでどのような対人コ ミュニケーションにおける情報が交換されたか、また共有された実践知は何かということを検証する。そして最後に(c)医療倫理学の発展と密接に関連する 〈組織内倫理研究〉がある。【図の右側】
調査テーマ研究グループならびに支援学問研究グループのそれぞれのユニットは、調査期間である6ヶ月の間に同時進行で相互にデータや方法を頻繁に 交換し、視点をずらしながら繰り返し議論するブーツストラップ[編み上げ紐]方式を用いて、限られた期間に効率よく研究を進める。 検討事項の具体化にあたって予想される問題点としては、国内における先行研究や適任者の選定が十分に発見されず、他の研究ユニットに比して達成度が不十 分な場合がある。その場合は、国外における研究の進捗状況や諸外国で活躍する研究者の招聘や助言を求めるようにする。これらの研究ユニットの相互評価は ブーツストラップ方式により迅速かつ円滑に遂行することができる。 問題解決に取り組む人びととの本研究者の連携体制については、臨床的対話アプローチを積極的に進めている、国内の科学技術コンセンサス会議運営担当者や 関連するNPOなどに助言支援を求めてゆく。共同研究会に積極的に招聘することを通して中長期的には、人材バンク的な資料体を形成し、相互の連絡協調態勢 を構築する。
この企画調査時には、それぞれのメンバーが6つの企画調査を実行し、全国の組織から適任者たる共同研究者に関する情報を収集する。次に展開させる 研究開発プロジェクト実施時には、それぞれのメンバーが今度は研究班を組織し、各々のグループリーダーとして就任し、研究グループ班単位で研究に従事する 予定である。