いい加減コミュニケーション −嘘の意味−
2009年度 第1学期臨床コミュニケーション I
担当: 西川 勝
■2009年度 臨床コミュニケーション I , 2009/06/23(担当:西川勝) 第10回「いい加減コミュニケーション −嘘の意味−」
【本日のテーマについて】
ぼくが認知症デイサービスに勤めていた頃の話です。民家を改修した小さなデイサービス(要介護のお年寄りが、自宅から通所してケアを受ける施設)でした。90歳を過ぎた認知症の女性が、いつものように来所します。認知症のために、デイサービスに通所しているという認識はありません。記憶もはっきりしていないので、毎度、少し緊張した感じで午前中を過ごされます。朝一番は、ものも言わずにお茶を飲むだけで時間が経っていきます。 ぼくは看護師なので、通所者の健康状態をチェックすることが仕事なのですが、彼女の体温や血圧を知ることは容易ではありませんでした。
そのデイサービスには、ぼくと年齢の近い女性のケアワーカーがひとりいました。そのケアワーカーを見るたびに、認知症の彼女は、ぼくに「あれは、あんたの嫁さんか。」と尋ねるのです。ぼくは「ああ、そんなもんです」と答えるのが常でした。なぜかというと、それ以外の答えでは後の話が続かず、気まずい雰囲気になるばかりだったからです。
認知症デイサービスでの看護師のぼくは、いつもこんないい加減なコミュニケーションをしていました。これに似た経験を、みなさんはしたことがありますか。
【考えるヒント】
まずは、「いい加減」の意味から(ここでは、安直に国語辞典を引いてみます。小学館の『日本語新辞典』より)
1, 《連語》ちょうどよい程度。適度。「いい加減の風呂だ。」
2, (1)ほどほどで、それ以上にならないほうがよいさま。ほどよいさま。「酒もいい加減にしろ」。(2)物事を行うのに徹底してないさま。無責任なさま。「彼はやることなすこといい加減だ。」
3, 《副詞》物事の程度がかなり大であるさま。好ましくないとかんじる場合にいう。「この暑さにはいい加減まいる。」
もう少し詳しく「加減」の意味を
1,《名詞》(1)加えることと減らすこと。「加減乗除」(2)適度になるよう調節すること。ほどよくすること。また、ほどよく調節された状態。「量を加減する」「加減が分からず、やり過ぎてしまう。」(3)物事の状態や程度、調子。「風向きの加減で遠くの音が聞こえる。」(4)特に、身体の状況。健康状態。「お加減が悪いそうですが、いかがですか。」(5)あることの影響。「寒さの加減で神経痛が出る」 2,《接尾》(1)程度、状態などの意を表す。「火加減」(2)ちょうどよい程度の意を表す。「飲み加減の冷たさ」(3)ある傾向であること、ややその傾向であることなどの意を表す。「うつむき加減で歩く」
あまり面白くないけど、もう分かっているつもりのことばを辞典でひくと、よく分かっていない自分には気づくことができますねえ。
次に、面白い詩を紹介します。
「ほんととうそ」(谷川俊太郎)[著作権の関係で原文どうりに表記していません]
うそはほんとによく似てる/ほんとはうそによく似てる/うそとほんとは/双生児/うそはほんととよくまざる/ほんとはうそとよくまざる/うそとほんとは/化合物
うその中にうそを探すな/ほんとの中にうそを探せ/ほんとの中にほんとを探すな/うその中にほんとを探せ
今回は、私たちがふだん行っているコミュニケーションのなかにある「いい加減さ」や「嘘」について考えてみましょう。
【グループ・ディスカッション】
コミュニケーションにおいて、伝えることの厳密さや正確さを、あえて犠牲にすることがあります。いったいどこから嘘が生じてくるのか、「いい加減」といえるのは、どのような条件が必要なのか。具体例を挙げて考察してください。
【お薦めの本】
◎『私のなかの他者 −私の成り立ちとウソ−』、浜田寿美男、1998、金子書房
発達心理学者である著者が、無実でありながら自白に追い込まれる悲しい嘘を明らかにする「供述分析」を、私と他者との関連から読み解いていきます。
◎『うその自己分析』、折橋徹彦・杉田正樹、1999、日本評論社
社会心理学者と哲学者の共著。うそについて多様な角度から考察するヒントに満ちています。
◎『ホモ・メンティエンス』、外山滋比古、1971、みすず書房
ホモ・メンティエンスとは虚言人の意味で、外山さんの造語。嘘についてばかり書かれているわけではないが、とにかく面白い。人間精神と言語の虚構性の深い関係が、様々に描かれる。
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