エスノサイエンス
ethnoscience, ethno-science
解説:池田光穂
エスノサイエンス、すなわち民族科学とは、それぞれの民族の文化や社会に根拠をもつ、それぞれの民族がもつ固有の自然科学認識からうまれる概念 や実践のことである。
具体的には、生業と自然環境との関わりをもつ人びとの自然物(動植物、土壌や鉱物、生態系、物理的空間など)を、どのような語意や概念として捉 えているのかについて、分類や秩序の構成などを調べとともに、それらの利用や操作の側面との照合することが、この分野の研究手法である。また、西洋近代科 学による比較や対応関係について調べることで、他の民族集団に関するエスノサイエンスの成果との比較するという発展的な研究手法もある。
エスノサイエンスは、サイエンスにエスノという連辞符(ethno-)がついたものであるので、それぞれの社会集団(ここでは民族集団がモデル になっている)の固有の科学という意味をもつ。西洋近代科学は、さまざまな科学に分化しているため、エスノサイエンスもまたそれぞれの科学領域(例えば医 学や、その下位分野である解剖学、生理学など)に応じて、エスノ・メディシン(民族医学)、エスノ・アナトミー(民族解剖学)、エスノ・フィジオロジー (民族生理学)などと分化させることが可能である。ただし、総称であるエスノサイエンスに比べると、後者のグループはある民族のもつ独特の科学認識という 意味合いで使うことが多く、それぞれの民族の独自の科学概念を整理することが主眼におかれているわけではない。
エスノサイエンスの関心は、もともと「未開」民族が利用する有用動植物(材木、薬草、染料など)に対する資源的関心や博物学的関心から始まり、 その萌芽的な初期の研究のほとんどは、現地名称(local name)とリンネの学名との照応関係、有用部位の利用、あるいは現地人の利用形態などに関する記述と編纂に終始していた。
その後、民族誌学上の関心から、自然環境(生態系)における民族の独特の認識論として、民俗分類(folk taxonomy)について、よく訓練されたインフォーマントを使う調査へと特化していった。このころから、精緻で固有なエスノサイエンスの実態が明らか になるにつれて、「未開」民族は有用性に特化した自然認識をもつという従来の研究者の見解が修正されて、固有の民族がもつ「独自の認識」 (authentic cognition)領域への評価がなされるようになった(→野生の思考)。さらに民族認識論(ethno-epistemology)や民族意味論 (ethno-semantics)——それらはもはやエスノサイエンスとは呼ばれず独自の領域を形成している——などに展開し、言語学あるいは言語人類 学的知識をも動員されて洗練化していき、今日ではさまざまな関連領域が派生している。
エスノサイエンスに関する批判としては、研究者は生態系の自然科学に関する豊富な知識をもちながらその動植物が使われる現場において研究するに も関わらず、その民族(インフォーマント)の知識表象を利用される文脈から切り離して、固有の文脈における意味の検討をおこなわない傾向があることであ る。これは、通常の民族誌(エスノグラフィー)研究の多くが、文脈のなかにおける行為者の文化的パターンを子細に読みとろうとする方向性とは逆の傾向を もってきたことと関係しているかもしれない。
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