はしがき:「実験室における社会実践の民族誌学的研究」
はしがき[→もくじ]
この研究は、科学論とりわけサイエンススタディーズにおける近年の成果を踏まえつつ、我が国の大学における神経生理学研究の実験室の民族誌研 究(ethnographic study)を試みたものである。
近年の神経生理学は、隣接領域である行動科学の成果を果敢に取り込みながら大きく変貌している。またバイオインフォマティクスの影響を受けな がらその実験室における研究者が利用する機材のみならず概念装置もまた大きく変化している。本研究の対象は「科学が生まれる場所で生起するさまざまな人々 の行動」ではあるが、行動はまた人々の個々の生き方や倫理が色濃く投影されるものである。したがって本研究における社会実践とは、人間(この場合は科学 者)の生き方そのものである。
本研究はまた文化人類学に貼り付けられる古典的なステレオタイプすなわち「文化人類学者は未開社会に出かけてエキゾチックなデータを収集し、 その社会に関する記述(=民族誌)を通して文明社会である我々の社会のあり方への反省材料にする」という社会像にも挑戦するものである。
まず本研究に登場する神経生理学者は、文化人類学者とは生活経験をかなり異にするが、同じ大学という研究者のコミュニティのメンバーである。 また、登場人物たちは、その社会の文化的なパターンを表象するエージェントとして記録されていない。人々の動きは、我々の隣人そのものであり、そこにエキ ゾチズムが入り込む余地はない(あるいは、そのような表象化を拒絶する)。この研究は分節・分業化した同じ社会の同胞についての研究に他ならない。
だからといって調査が済んだからといって関係が終わりになるような研究でもない。研究代表者と共同研究者は、共同研究をはじめる前から研究以 外の人間的な関係を持ち続けており、むしろその延長上に本研究が構想されている。ここでの生産的なアイディアは、文化人類学という「他者の生き方に関する 科学」が「隣人あるいは自己自身の生き方についての科学」であり、それは無味乾燥な科学ではなく、血の通った人間主義的な――それゆえにさまざまな――誤 謬を犯す危険性もある――科学であることを、その正統的な調査手続きを通して示すことが試みられているのである
以上のような異端的読み方なくしては、この民族誌は著者の意図したようには理解することができない。しかし、そのような読み方を読者に強要す る権利を著者(たち)は主張しているわけでもないことをご理解いただきたい。科学は仮に現実には存在しないにしても人間の想像が生み出した「自由」な活動 だからである。
研究組織
研究代表
池田光穂(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター・教授)[現在→大阪大学COデザインセンター]
研究分担者
佐藤宏道(大阪大学大学院医学系研究科・教授)
(研究協力者:七五三木聡 大阪大学大学院医学系研究科・准教授)[現在→大阪大学全学教育推進機構・教授]
交付決定額(配分額) (金額単位:円) (省略)
研究発表(関連成果物を含む)
(池田光穂)
- 池田光穂・奥野克巳編[編著]『医療人類学のレッスン:病いをめぐる文化を探る』、学陽書房、2007年10月
- 池田光穂[共著]『生命倫理と医療倫理(改訂2版)』伏木信次・樫則章・霜田求編、金芳堂(担当箇所:第21章「医療人類学」Pp.217-224) 2008年3月
- 池田光穂、〈現場力〉について:言葉による概念の受肉化、『臨床と対話』中岡成文編、大阪大学21世紀COEプログラム「インターフェイスの人文学」研究 報告2004-2006・第8巻、Pp.27-41、2007年1月
- 池田光穂、コミュニケーション不全の活用法、『Communication-Design』2006、Pp.27-33、大阪大学コミュニケーションデザ イン・センター、2007年3月
- 池田光穂、伝わる言葉/伝わらない言葉:臨床コミュニケーション教育の経験から得たもの(1)、電子情報通信学会技術研究報告(IEICE Technical Report)、HCS2007-47〜62[ヒューマンコミュニケーション基礎]、Pp.19-23、2007年11月
学会・研究会発表
- 池田光穂、臨床コミュニケーションプログラムの開発、中岡成文、池田光穂、西村ユミ、西川勝、中西淑美、平井啓、文理融合研究の展望2,大阪大学研究推進 室文理融合研究戦略ワーキング、大阪大学中之島センター、2006年12月17日
- Mitsuho IKEDA, From Sickness to Badness: Popular images on "Boke" (senile dementia and other related symptoms) in Japan. In Syposium 17: Psychiatry and Culure, the Japanese Society of Transcultural Psychiatry(JSTP), the World Psychiatric Association, Transcultural Psychiatry Sections(WPATPS), and the World Association of Cultural Psychiatry(WACP) Joint Meeting in Kamakura, Hayama, Kanagawa Pref.:Shonan Village Center, April 28, 2007
- 池田光穂、「臨床」とはなにか?、「サイエンスショップにおける臨床研究の可能性」研究会(ファイザーヘルスリサーチ振興財団助成)、大阪大学コミュニ ケーションデザイン・センター、2008年2月3日
- 池田光穂、医療人類学のグローバル化(1):研究者の動向、国立民族学博物館共同研究会「グローバル化がもたらす保健システムの変貌」、国立民族学博物 館、2008年2月16日
- 池田光穂、研究成果の社会への還元:医学分野を中心に、2007年度第1回大学院教員研修会(FD)、産業医科大学大学院、2008年2月18日
- 池田光穂、アジアの医療人類学入門、国際交流基金主催・2007年度第三期異文化理解講座「アジアの〈こころ〉と〈からだ〉」、ジャパンファウンデーショ ン国際会議場、東京都新宿区、2008年3月18日
- 池田光穂、医療人類学の近未来を語る、文化人類学会北海道地区研究懇談会・北海道民族学会共催研究会「医療人類学の近未来を語る」、北海道大学人文・社会 科学総合教育研究棟、北海道札幌市、2008年3月29日
(佐藤宏道)
原著論文
平成18年度
-1. Ishikawa, A., Shimegi, S. and Sato, H. (2006) Metacontrast masking suggests interaction between visual pathways with different spatial and temporal properties. Vision Res. 46:2130-2138.
-2. Sadakane, O., Ozeki, H., Naito, T., Akasaki, T., Kasamatsu, T. and Sato, H.(2006) Contrast-dependent, contextual response modulation in primary visual cortex and lateral geniculate nucleus of cat. Eur. J. Neurosci. 23: 1633-1642.
平成19年度
- 1. Naito, T., Sadakane, O. and Sato, H. (2007) Orientation tuning of surround suppression in lateral geniculate nucleus and primary visual cortex of cat. Neuroscience 149: 962-975.
総説等
平成18年度
- 1. 七五三木聡、石川理子、木田裕之、佐藤宏道(2006)一次視覚野ニューロンにおける受容野周囲刺激による活動修飾のネットワークメカニズム、臼井支朗 (編)ニューロインフォーマティクス −視覚系を中心に−、オーム社
- 2. 佐藤宏道(2006) 視覚とは、ビオフィリア 2(2): 8-12、アドスリー、東京
- 3. 岡本正博、佐藤宏道(2006) 視覚情報処理と視床ー視覚野間の双方向性神経回路、Clinical Neuroscience 24 (10): 1096-1098, 中外医学社、東京
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