見えないこととコミュニケーション
Not seeing and Communication
西村ユミ
臨床コミュニケーション氈i10)20091203 担当:西村ユミ
見えないこととコミュニケーション :Not seeing and Communication
■講義内容および目標
(1)“盲ろう者”である福島と“晴眼者”である妻の光成とのコミュニケーションを読み、(2)体験して(指点字に変わるものを考えて)、そこで起こりうる困難と可能性について議論する。
※グループワークでは、体験したことを自由に語り合うことから始め、十分に体験を共有した後に、上記課題について検討をして下さい。
■スケジュール
16:20〜16:40 オリエンテーション、資料説明
16:40〜17:30 コミュニケーションの試み(2)参照/グループワーク(約50分)@5〜6人/G
17:30〜17:50 発表とコメント
■(1)夫婦げんかに指点字通訳
〔情報〕
福島:3歳で目に異常がみつかり、4歳で右眼球を摘出。9歳で左の視力を失も失う。14歳で右耳、18歳ですべての音も奪われ「盲ろう者」となる。「無音漆黒の世界にたった一人。地球からひきはがされ、果てしない宇宙に放り出されたような孤独と不安」。それを救ったのが「指点字」と「指点字通訳」の実践だ。(生井久美子著『ゆびさきの宇宙 福島智・盲ろうを生きて』岩波書店、2009年より)この指点字通訳は、つねに相手の指に通訳者の指を重ねて文字を読み取る。(資料)
光成:福島の妻。ある時期まで夫の指点字通訳者。障害のある夫をもつ妻のネットワーク「生糸の会」を設立。著書に『指先で紡ぐ愛』(講談社)他もある。福島と暮らす中で「周期的に爆発」を経験。「ハダ(指)を触れ合って話していると、彼の気持ちが私に覆いかぶさってきて、しんどいです。」
〔けんか〕(同書、p.131-135)
「・・・妻は指点字で夫に不満をぶつける。夫は口で言い返す。しかも口八丁。白を黒といいくるめることだってできる。妻は泣きながら指点字で応戦する。しかし、その声は夫には聞こえない。指がもつれる。もつれると福島が読み取れなくなり、互いにイライラして感情的になった」
「光成の思う「通訳者」とは、「本人と一心同体」だ。本人の代わりに情報を集め状況を説明し、世界を提供する役割だ。それと、妻としての、ときに反撃する「けんか」を、同じ指点字で福島にぶつけるのは、もともと無理なのだ、とわかった」(同書)
「光成はためしに通訳を頼んでみて、驚いた。ぐっと楽になった。そして自分がいかに抑圧されていたかに気づいた。通訳がいると光成の言葉数がふえ、ひとつの文章が長くなったのに福島も驚いた。これまで無意識にできるだけ短く言おうとしていたのだ。」(同書)
■(2)コミュニケーションの試み
1)2人一組になる。福島と光成役(途中で交代)
福島役は、決まってから役割を交代するまで、ずっと眼を閉じ続ける。
盲ろう者であることを想定する。
2)板書した「ことば」を、光成役から福島役に伝える。
伝達方法は、それぞれのペアで検討する。ただし、福島役は役に徹する。
3)ペアを交代して、同様に伝達する。
4)グループになる。後半に福島役だった者は、グループでも引き続き役割に徹する。
移動時も眼は閉じたままとし、パートナーが誘導をする。ただし、声は聞こえることとする。 〔参考〕けんかについての両者のコメント。
支援する者とされる者という関係図式は、別の問題を引き起こす可能性をいつも孕んでいる。これをいかに自覚し、別様にしていくのかも“臨床コミュニケーション”を考えるポイントのひとつだと思います。
光成:
「結局私の方が彼の思いを、いっぱい、いっぱいくんでしまって。自分の考えと彼の考えがごちゃごちゃになっちゃって。何が自分の思いで、何が彼の考えなのか、境界線がわからなくなっちゃったんです。」 「その人の気持ちが私に憑依しちゃうところがあるんです。」
福島:
「ハンディをもっている、障害をもっている夫の妻だからといって、相手の言うことに合わせてばかりいたら、相手に洗脳されて、自分の立っている位置がわからなくなる。つまり、無私の奉仕関係、自分のない、「私」のない無私の奉仕とか無私のサポートというのは、後で高くつくということです。・・・私が知らず知らずに、彼女を「私」のないところに追い込んでしまったんです。」
〔参考文献〕
生井久美子『ゆびさきの宇宙ーー福島智・盲ろうを生きて』岩波書店、2009年
福島智『盲ろう者とノーマライゼーションーー癒しと共生の社会をもとめて』明石書店、1997年
光成沢美『指先で紡ぐ愛ーーぐちもケンカもトキメキも』講談社、2003年
広瀬浩二郎『さわる文化への招ーー触覚でみる手学問のすすめ』世界思想社、2009年
石川准『見えないものと見えるものーー社交とアシストの障害学』医学書院、2004年
澁谷智子『ゴーダの世界ーー手話の文化と声の文化』医学書院、2009年
(c)Yumi Nishimura. Copyright, 2009