はじめによんでください
臨床コミュニケーションと言葉
西村ユミ
臨床コミュニケーション1(8)20100608 担当:西村ユミ
臨床コミュニケーションと言葉
<講義内容および目標>
(1)「他者の経験を聴き取ってみる/他者に自分の経験を語ってみる」ことを通して、語り手と聞き手の間で起こっていることについて理解する。
(2)言葉でのコミュニケーションが何に依存しているのかを考える。
<スケジュール>
16:20〜16:30 オリエンテーション、資料説明
16:30〜17:10 二人一組で互いの経験を聞き取る
(一人15分程度)
(交代時に、聞き手側にヒミツ!を伝達)
※“ヒミツ”は、相手の話した事のすべてに、その理由をたずねること。
17:10〜17:30 グループワーク(3ペア、6名程度) 17:30〜17:45 発表、まとめ
<グループワークの課題>
(1) 他者の経験を聞く/語ることを試み、各々の役割において経験したことを話し合う。 (問いかける内容;下記のいずれか)
・現在の研究に取り組みたいと思ったきっかけとなる出来事
・さかのぼって、現在の研究室に入ろうと思ったきっかけとなる出来事
・(まだ研究室に所属していない方は)臨床コミュニケーションに関心をもったきっかけとなる出来事
(2)話を聞き、語ることを可能にしている条件を挙げる。(発表)
・ ・ ・
(語りの例)
<なぜ「わたし」はハンセン病療養所入所者の聞き取りをするようになったのか>
(蘭由岐子「ハンセン病療養所入所者のライフヒストリー実践」、好井裕明・桜井厚編『フィールドワークの経験』(pp.82-100)せりか書房、2000年、p.85より)
「ふたつ目のきっかけは、帰国後暮らしていた熊本で、明治中頃からハンセン病救済に尽くした英国人女性、ハンナ・リデルとエダ・ライトの顕彰記念催事に出くわしたことであった。1993年の春のことである。その催事で上映された、ハンセン病に対する偏見・差別の様態を描いた映画『あつい壁』がとくにわたしの興味を喚起した。映画のモチーフとなった「事件」は、わたしの勤め先の看護学校が付属する療養所、菊池恵楓園(きくちけいふうえん)で1954年に起こった事件であった。入所者の子弟(ハンセン病患者でない)がハンセン病者への偏見ゆえに地域の小学校への入学を拒否されるという「黒髪公校事件」(加筆:昭和29年)であった。しかし、この映画を見て、わたしはこの映画の主題である「ハンセン病をめぐる偏見・差別」について考える前に、そのもととなったハンセン病という病気についてまず知りたいと思った。それは、映画の中ではハンセン病が「所与のもの」――説明なしでも当然皆が知っているもの――として描かれていて、詳細が明らかになっていなかったからである。また、発病後入所する療養所についてもあまりはっきりとは描かれていなかった(ように思えた)。そこでどんな生活が行われているのか。療養所は、ひとつの囲われた空間として存在し、そのなかに何百人もが暮らしているのだ。ひとつの下位社会として存在しているはずだ。しかし、わたしはその「現在」も知らなければ、「事件」のあった「過去」も知らない。わたしを含め一般の人たちほとんど知らない療養所、じゃあ、「調査」してみたらいいのではないか、と単純に考えたのだ。
簡単にわたしとハンセン病との出会いを述べれば、以上のようである。つまるところ、わたしの「関心」は、「わたし」の生活史的体験にもとづいているのである」。
Copyright Yumi Nishimura, 2010