拡張するヘルスコミュニケーションの現場に関する考察(草稿)
本講演における私の役割は、ヒューマンケアに対するニーズが増大する今日における、対人関係を基調とするヘルスコミュニケーション領域における多 様性の広がりを整理し、実証的あるいは経験的調査を旨とする保健医療社会学が、どのような方向性をもって、その学問上の役割を果たしてゆくのかについて、 私の拙い経験――中米におけるプラマリヘルスケア活動などであるが――に照らし合わせて、それらのことを明らかにしてゆくことにある。
看護、介護、福祉を包摂する広義の保健医療領域(以下「医療」という)におけるコミュニケーションを考えるためには、まず我々の研究対象たる医療 というものがどのような構造として理解されているか、それをどのような枠組みで我々が分析してきたのかを確認しなければならない。ヘルスコミュニケーショ ン理解の第一歩はケアの現場から得られる最初の情報の集積と分析である。最初に着眼すべきは(a)医療サービスに関わる、スタッフの職種や実際の職域、制 度や法などの規約に関わる事柄を明確にすることだ。次にその職種を包摂する(b)サービスの提供と分配に関する機能的な参与者の区分が分類される。つま り、ケアの消費者、提供者、アドボケート、そして支援スタッフである。そしてサービスの循環や交通という広い意味での(c)コミュニケーション行為の最小 のユニットになるエージェントやアクターの存在である。最後のコミュニケーションユニットとは身体をもった個人のみならず、事物や事物と人間の身体のハイ ブリッドとしてアクターを想定できるし、制度という社会的機能の表象でも、複数のエージェントである家族や地域コミュニティでも、さらには国民や市民社会 という集合的なものでも想定することができるものである、と考えたい。
次に経験的研究から得られる理論的枠組についてである。コミュニケーションを、それらのアクターの振るまいのダイナミズムであると捉えればどうだ ろう。そこでは、相互行為論で使われる説明概念である、ゲームや作法(振るまい)、さらには効用を前提とした戦略や交渉などの要素について考えることが可 能になる。また行為者の内面に焦点をあてれば、コミュニケーションの語りや主体のアイデンティティ、さらには意識、場合によっては無意識という分析概念を 持ち出せばコミュニケーションに関する様々な心理モデルを思い起こすことはそれほど困難ではない。内面性を不問にして外部に現れる振るまいに焦点を当てれ ば、行動変容やその中長期的な変動の様子、さらには行動そのものの慣習化などについて、コミュニケーションがそれらに介在するメディアであるという着想を 得ることができるだろう。
最後は臨床現場にまつわる事柄である。ヘルスコミュニケーションは臨床技法としての顔をもち、実際のケア現場からの要請を受けてさまざまな役割を 果たしてきたし、今後この側面における研究はますます必要とされるだろう。臨床現場では、対処する疾患別の応談などの接遇技法から、社会生活や対象者 (ターゲット)集団への広範囲なヘルスプロモーションまで大きな広がりをもつ人間の行動が観察される。疾患別の技法が発達する背景には、患者の心理的身体 的状態や日常生活への復帰においてきめの細かい経過観察と介入が必要となり、その技法の改善のためには現場力や実践知が不可欠だからである。これらの行動 は文化、歴史、社会、そして取り組む臨床現場の特性(患者の疾患の種類、治療者と患者の心理的特性、相互作用のダイナミズムなど)から様々な修飾を受けて いるはずであり、保健医療社会学の貢献が期待される。疾患は、その個人や家族にとっても社会にとってもリスク要因となるために、(1)リスク予防、(2) リスク対処準備態勢、そして(3)リスク対応、という観点からの取り組みも必要になる。これらの時系列のすべての事柄にヘルスコミュニケーション技法は、 非常に力強いツールとなりうるだろう。そのような社会的要請と、ある種の専門職領域の衰退と別の領域の誕生などについて、保健医療社会学は、その現場に寄 り添いながらも、同時に冷静にその動向について分析することが求められる。
患者集団はケアが必要とされるために古くから「脆弱な集団」あるいは「保護の必要な集団」と見なされることが多かった。しかし患者の権利、イン フォームド・コンセント、精神的ケアの浮上、さらにはインターネット上における情報収集など、患者をエンパワーする社会的制度が整備されてきた。その中で も疾患・薬剤・自助グループなどに関するさまざまなケア情報を提供する健康情報技術(Health Information Technologies, HITs)あるいは eHealth の発達により自律性の高い集団としても理解する必要も出てきた。このことは今後のヘルスコミュニケーションのあり方に大きな影響を与えることであろう。
■クレジット:拡張するヘルスコミュニケーションの現場(草稿)池田光穂
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