認知症コミュニケーション(2016)シナリオ(B):02
「 私に背を向けてスキャンの結果を見ながら、神経科医は言った。
「あなたの脳は、もっとずっと年老いた人のようです。ひどい萎縮の兆候が、特に前頭に見られます。アルツハイマー病の特徴ですね」
彼はちょっとスキャンの画後から目をそらすと、続けた。
「あなたは責任ある地位についているべきではありません。できるだけ早く退職されたほうがよいと思います」
まるで時間が止まったようだった——まさか、こんなことが私の身に起こっているはずはない。すぐに仕事に戻って会議の議長を務めなくてはなら なかったし、週末に引っ越したばかりで、まだ荷解きして整理をしていたところだった。
きっと私の開き違いだ——それとも彼が間違っていたのか——もしかしたら誰か他の人のスキャンと取り違えているのかも……。
「冗談でしょう。アルツハイマー病になるには若すぎるわ!」
私はまだ46歳だった——それは娘に言わせれば老年であっても、確かにアルツハイマー病のような老人性の病気になるには、あまりにも若すぎ た。とにかく忘れっぽいわけではなく、ただストレスで疲れきっていた——偏頭痛があったり、時々ちょっと混乱したり——曲がり角を間違えたことが2,3回 あったが、それは私がぼけてきたということでは決してないはずだ!
神経科医は、椅子の背にもたれて座り、両手を頭の後ろにやった。少し得意気なとでもいえるような声で、彼は言った。
「私は30歳の若い母親にアルツハイマー病の診断をしたことがあります。外交官や、弁護士、判事といった人たちが、同じ理由で退職されるのも見 てきました。あなたは医学的見地から言うと、今すぐ退職されるように行動をとるべきです」
彼の蝶ネクタイが私の注意をひいた。それは、ばりっとした白いシャツの胸の上に、気取ったようすで止まっていた。私には何か注意を向けるもの が必要だった。これは本当に全部夢ではないのだ、ということをわからせる何か現実のものが。確かクリップ式ではなく、きちんと結ぼれていて、蝶ネクタイと いうことで人目を引く上、ひどく凝った模様までついていた。
彼は、もう1度スキャンをちらっと見た。
「ピック病ではないでしょう。前頭葉の全体に神経の脱落が見られて、そこに損傷があるけれども、萎縮は脳全般にも広がっていて中央の脳室が大き
くなっていますからね。心理テストもすぐ受けられたほうがいいでしょう」
「あー、あと、どのくらいかかるでしょうか? えー、その私が……」私は口ごもった。
「すっかりぼけてしまうまでに? まあ、だいたい五年ぐらいでしょう」神経科医は、気楽な調子で答えた。
車まで歩いていく時、自分が現実の世界にいるとはとても思えなかった。まるで夢の中にいてまもなく目覚め、毎日、忙しく働いている職場や家庭
でのいつもの生活——それは、合間には三人の娘たちの相手をしてやり、買い物、料理、掃除をするといった暮らしだったが、そこに戻るのだというように。シ
ングルマザーであることは確かにストレスが多いことであり、それに、ちょうどタウンハウスを買うために六桁の資金を借り入れ、週末にはそこへ引っ越したば
かりだった。
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Copyright Mitzub'ixi Quq Chi'j, 2016
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