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授業改善のための教師への19のチップス

19 Tips for your undergraduate classroom and/or active learning

池田光穂

 この章では,オープンソースの思想書とも言える Raymondの『伽藍とバザール』(1998)著作からインスパイアされ,筆者自身が考案(パラフレイズ)したよい教育プログラムについて解説する.

1.よい 教育プログラムはすべて,教育者の個人的な悩みの解消からはじまる.

 教育プロ グラムの改善は,自分がよいと思ったプログラムの失敗から始まる.その意味で失敗の節度ある推奨は誤っていないわけだが,それには反省あるいは内省 (reflection or reflexivity)というプロセスを必須とする.すなわち,闇雲な失敗の推奨をするわけではないが,同時により多くの改善という建設的な構えと欲求 も必要となるのである.

2.な にを教授すればよいかがわかっているのがよい教師,なにを修正すればいいかがわかっているのが,すごい教師だ.

 良好に動 いているプログラムを教えることは,それなりの資質が必要だが,運営されている良好なプログラムをさらに良くできる助言を与えることは,監督者(スーパー バイザー)にとっての重要な課題となる.

3.捨 てる内容をあらかじめ用意しておく.いやでも捨てることになるから.

 さまざま な教育経験を積んでくると教師は欲張りになりプログラムを構成する要素はおのずと増大する.これまで得られたものを取捨選択して「忘れる」ことができる能 力は,何がより重要で何がそれに劣るのかをすでに弁別する能力を獲得した者だけにある.

4.ま ともに行動すれば,むこうが問題を持ち込んでくれる

 これは能 動学習において,教師が身体化しなければならないもっとも重要な気づきのひとつである.とりわけ問題に基づく学習(Problem Based Learning, PBL)においてはそうである.この学習プロセスでは,与えられた問題を解くことは,次の時系列には自らに新たな問題を自ら産出させることであると説くか らである.

5.あ る教育プログラムに興味をなくしたら,それを優秀とおもう教員に引き継ぐべし.

 よい教育 プログラムは,他の人もそのプログラムに触れた時,自分もやってみたいと思うような「伝染性(contagious)」をもつ.他者が,自分が創案したプ ログラムを実行してくれることは,遺伝子(ないしはミーム)の拡散・散種に似て創案した社会的意義を公共のものとすることである.後はそのプログラムの進 化・改善か,新しいプログラムの創案に着手することが望ましい.

6.学 生(生徒)を授業の共同参画者として扱うのは,教育プログラムの高速改良と,プログラム上のエラーを学生じしんが発見してくれる楽な方法だからだ.

 能動学習 において非常に重要なことは,授業の進行中(ongoing)にプログラムの細部に改良を加えることができることだ——学習者もファシリテーターとしての 教育者も,行動や発話において自由裁量の範囲が多数みつけることができる.また,そこでは学習者も教育者もプログラムの改善のための参与者として平等に機 能することが期待されている.

7.は やめのプログラムデビュー,頻繁なプログラムの改良,そして,学生の声を聴くこと.

 座学での 「古典的学習」よりも,能動学習にはスピード感がある.当意即妙な即興(アドリブ)プレイは能動学習にこそ要求される資質である.このことは前節の2.6 で指摘したとおりである.

8.第 三者の参観とコメント聴取について,広い心と寛容性をもっておけば,ほとんどの教授法にかんする問題はすぐに見つけ出されて,その改良の方法は,教員のみ ならず学生にもわかるようになる.

 能動学習 の利点は,学習するのは学生であり,ファシリテーターとしての教育者がそれほど逡巡することなく授業を客観的に眺めることができることである.他方,第三 者たる授業参観者もまた,授業の参与者として関与(コミット)することも可能である.それは授業に無関与な神の視点あるいは上空飛翔の視点(bird’s eyes view)——日本流にはニュアンスの差分はあるが「上から目線」が適当——からの批判にそれほどの価値をおくことがなくなる.授業を運営する者が共有す る価値から自由(Wertfreiheit)になるという利点であり,頻繁な授業参観や参加的介入が,学習者の学習に大きな影響を与えない.

9.よ く練られた授業の時間構造に加えて,ユーモアのある解説が,授業でのふり返りを活性化させる.

 能動学習 の利点でもありまた弱点でもある点は,成熟した議論を磨くには比較的時間がかかることである.能動学習は時間コストが高い授業なのである.そのため,議論 を効率化するために,目に見えないファシリテーションが非常にデリケートな要素として絡んでくる.討議時間,発表(プレゼン)時間,ふり返りの議論など, 制限時間内で上手に管理したり,時間をまもらせたりすることは重要であり,それを学習者も教育者もストレスなく行うことが重要だ.その際に,さまざまな感 情の発露に対して素直になることは重要であるが,公的な場であるため,どうしても真面目に硬直したものに成りがちになる.重要なポイントは当意即妙のユー モアである.ユーモアを派生させる環境とは,心の余裕であり,時間管理ができているという安心感である.

10. 第三者の参観とコメント聴取を大切に取り扱えば,向こう(第三者のスーパーバイザー)も我が事のように真剣に助言することをとおして報いてくれるはずだ.

 2.8で 述べたことと重複するので,当該の項目を参照のこと.

11. 良いアイディアを探す次善の策は,いうまでもなく君(=教師)自身だけではなく,学生(生徒)の声に耳を傾けることである.時には,後者のほうが役立つこ ともおおいにある.

 能動学習 の主人公は受講生である学生である.学生の助言を授業におおいに取り込む際に重要なポイントは,助言者の貢献(名誉)を顕彰してあげることで学生たち対し て,授業に能動的に参加しているリアリティあるいはライブ感を強く与えることに成功するだろう.

12. もっとも革命的な解決策のなかには,自分のそれまでの考え方そのものが間違っていたという認識からやってくることが,しばしばある.

 改善のた めに,それまでやってきたやり方をがらりと変えることができる能力とは,厚顔無恥なることではなく,〈変身のための恐怖〉から自由になる(=解放される) ことである.それまでのやり方を変えることができるためには,授業改善に対する常日ごろからの楽観的な見方が寄与するだろう.

13. 教育プログラムの真の「完成」とは,もう何も付け加えることがなくなった時ではなく,なにも取り去るものがなくなった時である.

 必要かつ 最小限という原則は,あらゆるプログラムや設計思想の基本的デザインの鉄則に通じる.

14. 教育で使うツールはすべて期待通り機能してくれないと困るが,すごいツールは予想もしないことで役立つことがある.

 すごい ツールとは難度の高い「奇蹟のツール」ではなく,誰もが当意即妙のプレイを引き出す創発性を秘めたごく普通の手法のなかにある.日本の能動学習でしばしば 使われるKJ法——川喜田二郎(1920-2009)考案による,キーワードをカードに書き出しグルーピングし,それを構造化する方法——は,我々が親し んでいる「すごいツール」のひとつであるである.くじ引きする際にわれわれがよく使う「阿弥陀(アミダ)くじ」も,例えば黒板を使い,第三者がアミダをマ スクしたり加筆したりするなどの要素を加えれば,ゲーム的な楽しみも加わり,能動的学習にユーモアとエンタテイメントも加味することができる点で「すごい ツール」なのである.

15. 学生(生徒)とのコミュニケーション技法を,授業で実装する際には,連続的に与えられ,また時間順に整列されている.そのため時間に追われないようにする ためには,グループダイナミクスを阻害するような(時系列上の)状況への干渉は最低限にするように努力すべきである.またそこから得られる実装時でのデー タ収集と(事後的な)分析は怠ってはならない.

2.9で述べた時間管理の方法と,2.6と2.11 の学生が最も重要な貢献者だということを併せて配慮すること.

16. 自分の教育プログラムの説明概念や理解が厳密な意味での論理整合性に叶っていない時には,逆にアバウトな構造を先に伝えることが重要だと思い直すと,気分 が楽になる.

 能動学習 は,学生参加者の創発性に依存する面が大きい.創発性を管理するようにすれば演出過剰の既製品になりかねない.創発性を自然発生や学生の自発性にまかせて いれば,未経験者には段取りも要領もきわめて難度の高いものに見えてしまう.表現は適切ではないかもしれないが,創発性が発揮されるまでは学生を柔和にお だてるための演出装置も重要になる——これは次章で述べるコミュニケーションデザインのことに関わる.

17. 自分の教育プログラムが魅力的だと感じ,それを秘技として特許化するような認識を持ったままだと,それまで自分がさまざまな人たちから助けられてきた学習 の構図に対して無反省になるだけだ.君(=教師)が魅力的なのではなく,君のやり方がたぶん魅力的になったということなのだろう.君の知識は譲渡できる が,君の魅力は譲渡できないからだ.授業の魅力の本質を間違ってはならない.

 これが, 筆者が最も主張したいポイントである.

18. 面白い授業上の問題や難点を解決するには,まず自分が授業のなかで見つかった面白い問題の発見からはじめることにしよう.

 問題や難 点をデバッグするよりも,授業のなかで面白いと思われることを伸展させるほうが,問題や難点の克服への近道になることが多い.

20. 授業改善のノウハウは個々の教師のなかにあるので,授業改善について議論するためには,君(=教師)と同じような境遇をもつ人とより多く議論することが近 道になるはずだ.

 したがっ て,能動学習におけるFDの方法論は,座学による講習のスタイルではなくて,教師集団による参加型のワークショップすなわち教師じしんが課題をあぶりだし それに回答を与えつつ学習するスタイルであるべきだろう.

クレジット

第22回21世紀型大学教育セミナー「大学院生に必 要なコミュニケーション力とは何か:大学院教育における横断的教育プログラム」熊本大学全学教育棟・第一会議室、平成28年3月8日

この内容は、第59回システム制御情報学会研究発表 講演会(SCI’15,2015年5月20-22日)—講演種別:OS07: コミュニケーションデザインへのアプローチ、への投稿論文「学部生および大学院生が参加する「よい」相互作用を引き出すコミュニケーションを設計する」の 一部です。

文献


(c)Mitzub'ixi Quq Chi'j. Copy&wright[not rights] 2016

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