62■部族=トライブ概念について
部族(ぶぞく、トライブ、トリブ等)は、異民族を表現する方法として定着した「人の集合呼称」である。しかし部族という用語には、多義的な意味と話者の価 値判断が付与され変遷を遂げてきたために、現在では統一した術語としては使えないものになってしまった、というのが我々の共通認識のようにも思える。もち ろん、それゆえ、可能性のある用語ということもできる(池田 Online)。

当初、トライブを人類史における政治権力の誕生を複 数のクランの競合で説明(用例:部族国家、部族法典)し、やがてオーストラリア先住民などの内婚制を説明するために婚姻クラスの説明として、この用語が使 われた。また19世紀の社会進化論では、社会組織の進化をバンド・部族・首長制・国家という発展段階で説明したりしたが、今日では言語や文化を共有する民 族集団(エスニック・グループ)の同義語としても使うことがある。部族概念が(歴史を除いた)非西欧の社会に使われたために、西欧列強が植民地を分割統治 するために部族概念を「発明」し、既存のものを再編成・再加工したという主張もある。それゆえ部族という言葉は、現在でも利用可能だがが、その際に概念規 定を明確にしないと――まさに酋長(しゅうちょう)と用語と同様に――聞く人に大変混乱を招く概念となります。

このため、ポストコロニアルな現今においては、そのような用語を差し控えるべきであるという主張が当然のことながら出てくる。それに代わる政治的に脱色さ れ用語がエスニシティである。

法律学者のL・R・ウェザーヘッドは、人類学者の 「ありふれた定義」ではなく、エスノヒストリーの定義と法律学のそれ――北米の先住民との政治的取り決めのなかで鍛えられてきた「部族」概念――を調停 し、フレキシブルな基準を作ろうともくろみる。この発想は、実証主義に鍛えられているにも関わらず経験から抽象的概念を紡ぎ出そうとする人類学者よりも、 より現実に即した法律のプラグマティックな使い方に「部族」の用語を馴染ませようとする方向性を示唆している。

"Because the socio-political situations in which indigenous Americans were found were varied and numerous, references in this paper to "'tribe' in the ethnohistorical sense" refers not to a stock anthropological definition of "tribe" but rather than to the peculiar history of each Indian group. Thus, in speaking of reconciling the legal and ethnohistorical meanings of "tribe," we are talking about deriving a legal standard flexible enough to include the different social, political and cultural arrangements of each American Indian group."(Weatherhead 1980:5の脚注27)。

「先住アメリカ人についてこれまで明らかになった社会政治的状況は多様でおびただしいものであるので、この論文で取り上げた参照文献における〈エスノヒス トリーの意味でいう「部族」〉とは、「部族」のありふれた人類学的定義ではなく、むしろ、それぞれのインディアン集団の固有の歴史をさすものである。した がって「部族」に関する法律とエスノヒストリーの意味を調和することについて語るのであれば、個々のインディアン集団の社会的、政治的、文化的の多様な布 置を包含するのに十分に柔軟な法律上の基準を引き出すことを、私たちは語ることになる」

部族(トライブ)がもつレッテルの劣等性や侮蔑性を 嫌うという統治者側の「配慮」もある。しかし、この概念は国民国家体制なかで少数民族や先住民を管理する便利な用語になりかねないという批判がある。現 に、劣等性や侮蔑性とは無関係に、(元)部族の人びとが、自分たちのカテゴリーを堂々と名乗っている事実もある。例えば、マサチューセッツ州ケープゴッド のMashpee Wampanoag Tribeの人びとがそうである。

ジェームズ・クリフォードは、部族の概念には、アンビバレントだが力強い意味が当事者側からの申し立てと自己カテゴリーの命名としてあり、このことは無視 できない歴史的事実であると同時に、文化人類学が学ぶべき「観点」だと主張する。

Gregory, Robert J., 2003. Tribes and Tribal: Origin, Use, and Future of the Concept. Stud. Tribes Tribals, 1 (1): 1-5.
Fried, Morton. 1975. The Notion of Tribe. Menlo Park, CA: Cummings Publishing Company.
文化の窮状 : 二十世紀の民族誌、文学、芸術 / ジェイムズ・クリフォード著 ; 太田好信 [ほか] 訳、京都 : 人文書院 , 2003(The predicament of culture : twentieth-century ethnography, literature, and art / James Clifford, Cambridge, Mass. : Harvard University Press , 1988)
Weatherhead, L.R., 1980. What Is an "Indian Tribe"? The Question of Tribal Existence. American Indian Law Review Vol. 8, No. 1 (1980), pp. 1-47.
池田光穂(Online)「強い文化概念としての部族」http://www.cscd.osaka- u.ac.jp/user/rosaldo/151003tribe&culture.html