はじめによんでね

フォー ビギナーズ人類学:11

Introducing Anthropology: A Graphic Guide

Mitzub'ixi Qu'q Ch'ij

1
【I】人類学理論
人類学とはなにか?
1.    人類学とは何か?

2
「未開」とはなにか?(括弧でくくってい るところが味噌!)
2.    〈未開〉とは何か?

3
人間を研究する
3.    人びとを研究する


4
人類学のビッグな問題!
4.    人類学の大きな課題 


5
他者(別名「大文字の他者」)
5.    他者


6
変化する問題
6.    変化する課題


7
【II】人類学史 Part 1
人類学の起源
7.    人類学の起源


8
創設者たち(父なる創設者たち:The Founding Fathers)
8.    建学の父たち


9
隠された項目(要するに啓蒙主義的系譜の ことです)
9.    隠された項目


10
ルネサンス期(前項を引き継いで)
10.    リコナサンス(大航海)時代


11
「古きものへの忠誠」 ("Fidelity to the Old")
11.    〈古き時代への忠誠〉


12
人権の問題
12.    人権という問い


13
イエズス会関連文書
13.    『イエズス会リレーションズ』


14
西洋思想の主潮
14.    西洋思考の主潮


15
伝統の連続性
15.    伝統の連続性


16
派生したマイナーな風潮
16.    派生したマイナーな風潮


17
帝国主義
17.    帝国主義


18
人類学の複雑性
18.    人類学の加担


19
倫理の違反
19.    倫理の冒涜


20
【III】人類学史 Part 2
ルーツに戻ると・・
20.    ルーツへの回帰


21
必要不可欠な未開
21.    必要不可欠な未開性


22
発明創発/でっち上げを思い描いて
22.    創造についての推論


23
何が最初に人類に到来したか?
23.    何が最初にあったのか?


24
生きている残存物=遺風(Living Relics)
24.    現存する遺風


25
肘掛け椅子からの眺め
25.    肘掛け椅子からの眺め


26
進化主義の諸理論
26.    進化主義の諸理論


27
生物なるものと社会なるものを統合する
27.    生物学的理論と社会的理論の統合


28
伝播主義の理論
28.    伝播主義理論


29
人種の詐欺(The Race Spindle, 人種という名の詐欺、てな意味で しょうか?)
29.    人種というペテン


30
フィールド研究
30.    フィールド研究


31
人類学の樹
31.    人類学の樹


32
【IV】人類学の四大領域
自然人類学(Physicalであって Naturalぢゃないよ〜)
32.    形質人類学


33
多元発生説《対》単元発生説
33.    多元発生説vs単一起源説


34
人間生態学と遺伝学
34.    人間生態学と遺伝学


35
社会生物学の隆盛
35.    社会生物学の隆盛


36
遺伝子理論における人種の再焦点化
36.    遺伝子理論のなかで再焦点化される人種


37
初期の人類学との別の関連性(リンク)
37.    初期人類学との他のつながり


38
考古学と物質文化
38.    考古学と物質文化


39
人類学的言語学
39.    人類学的言語学


40
社会/文化人類学
40.    社会/文化人類学


41
文化とは何か?
41.    文化とは何か?


42
専門領域への細分化 (Increasing Specialization)
42.    専門領域の増加


43
民族誌の岩盤=基盤
43.    民族誌(エスノグラフィ)の根幹


44
異国人を書く(Writing the Exotic)
44.    エキゾチックを書く


45
【V】ビッグマンたちとその方法
フランツ・ボアズ
45.    フランツ・ボアズ 


46
ブロニスラウ・マリノフスキー
46.    ブロニスロー・マリノフスキー


47
フィールドワーク
47.    フィールドワーク


48
【VI】エコロジーとエコノミー

フィールドワークにおける人間生態学
48.    フィールドワークの人間生態学


49
生態人類学
49.    生態人類学


50
経済の問題
50.    経済という問い


51
ポトラッチ儀礼
51.    ポトラッチ儀式


52
ニューギニアの「ビッグ・メン」
52.    ニューギニアの〈ビッグマン〉たち


53
クラ交換
53.    クラ交換


54
経済人類学
54.    経済人類学


55
交換と交易のネットワーク
55.    交換と交易のネットワーク


56
形式主義《対》実体主義論争
56.    形式主義者と実存主義者の論争


57
マルクス主義人類学
57.    マルクス主義人類学


58
マルクスの進化論的見解
58.    マルクス主義的進化論の見方


59
【VII】婚姻と親族と縁組理論
世帯単位(The Househould Unit)
59.    世帯単位


60
家族の形態
60.    家族の形態


61
婚姻紐帯(The Marriage Links)
61.    結婚紐帯


62
婚資、あるいは婚礼[契約]資金
62.    結婚契約にかかる支払い


63
親族の研究
63.    親族研究


64
親族記号
64.    親族コード


65
類別的親族 (Classificatory kinship)
65.    類別的親族


66
擬制的親族(fictive kinship)
66.    疑似的親族


67
出自理論(descent theory)
67.    出自理論


68
結婚と居住の規則
68.    結婚と居住の規則


69
親族用語
69.    親族の表現方法(イディオム)


70
親族の「効用(use)」とは何か?
70.    親族の〈効用〉とは何か?


71
連帯理論と近親相姦の禁止
71.    縁組理論とインセストタブー


72
心のなかの構造
72.    心(マインド)のなかの構造


73
基本的構造の形態
73.    基本構造の形態


74
縁組理論は本当にうまくいっているのか?
74.    縁組理論は役に立つのか?


75
【VIII】法と紛争処理
政治と法律
75.    政治と法


76
オマケの例
76.    その他の事例


77
用語法的研究
77.    用語法(ターミノロジー)的アプローチ


78
政治人類学
78.    政治人類学


79
年齢階梯社会
79.    年齢階梯社会


80
共時的《対》通時的見解
80.    共時的視点vs通時的視点


81
他の社会階層化
81.    その他の社会階層


82
交渉するアイデンティティ
82.    交渉するアイデンティティ


83
エスニシティ(民族性)の諸問題
83.    エスニシティの諸問題


84
植民地主義
84.    植民地主義


85
反ー資本主義的人類学
85.    反-資本主義人類学


86
法の人類学
86.    法人類学


87
口論解決のメカニズム
87.    係争処理のメカニズム


88
【IX】宗教とシンボリズム
宗教
88.    宗教


89
シャーマニズムとカーゴ・カルト(積荷崇 拝)
89.    シャーマニズムとカーゴカルト


90
聖と俗
90.    聖と俗


91
魔術/呪術の人類学
91.    呪術の人類学


92
信念をめぐる論争
92.    信念についての論争


93
儀礼の検討
93.    儀礼の検証


94
通過儀礼
94.    通過儀礼


95
神話の研究
95.    神話研究


96
クロード・レヴィ=ストロース
96.    クロード・レヴィ=ストロース


97
二項対立と構造
97.    二項対立と構造


98
象徴とコミュニケーション
98.    象徴(シンボル)とコミュニケーション


99
象徴と社会過程
99.    象徴(シンボル)と社会プロセス


100
アクター、メッセージ、コード(行為者/ 伝達内容/暗号)
100.    主体(アクター)、メッセージ、コード


101
シンボリズムと新しい見解
101.    象徴主義と新たな視点


102
【X】芸術と表象
芸術の人類学
102.    芸術人類学


103
映像人類学
103.    映像人類学


104
消失してゆく世界
104.    消えゆく世界


105
新しい枝か?古い根っこか?
105.    新たな枝派か?あるいは古根か?


106
フィールド経験を書きたてる (Writing up the field)
106.    フィールドを書き上げる


107
現在において書く
107.    現在において書く


108
【XI】 論争・批判・内省(forbiginners_anthro_Xi.pdf)
自己[回帰の]人類学(Auto- Anthropology)

108.    自己回帰の人類学
108. 自己回帰の人類学

より昔になるほど民族誌は、しばしば読みやすく、魅力的で面白いものである。より最近になれば民族誌は、膨れ上がり、ジャーゴンに溢れ、「用語学的に言っ て野心的」であり、自己陶酔的で、不可解なものになる傾向がある。

【台詞】学者(人類学者)「(人類学者の自伝であることがほとんどの民族誌である)自己回帰の人類学に近づくとき、君はより現在という時代にいるのだ」

モダン人類学は、最初の50年間、進んで民族誌を行い、古い根っこを削り取ってきた。そして、人類学を様変わりさせた一連の論争が始まった。最初の論争 は、メキシコの村テポストランについてのものであった。

109
二重のテポストラン、闘争的テポストラン
109.    テポツォトラン論争/テポツォトランの2つの顔
109.2つのテポストラン、あるいはテ ポストランでの決闘

ロバート・レッドフィールド(1897-1958)は、1930年に『テポストラン:あるメキシコの村』を出版した。レッドフィールドは、進化主義を加味 したボアズの機能主義とドイツ社会学伝統とに組み合わせ、社会行動を統御している規範的ルールに焦点をあてた。その結果レッドフィールドは、人びとが平和 的な調和のなかに暮らす村の理想主義的な表象を作りだしてしまった

【台詞】不詳の人物(ミードっぽい人)「レッドフィールドは農村社会の理論家になる」

【台詞】レッドフィールド 「私は大伝統と小伝統を発展させて『都市-農村連続体』(urban-folk continuum)という概念を発展させた

レッドフィールドは、エリートの都市部の〈大きな〉——識字——文化と、農村共同体の、その多くは口承で伝わるインフォーマルな〈小さな〉伝統とを区別し た。小伝統からの要素は、常に大伝統によって吸い上げられ、つくり変えられている。これらは、フィルターにかけられたように地方の慣習と価値観に適合的し て、民俗伝統において再解釈あるいは再編用されるのだ。

110
テポストラン再訪
110.    テポツォトラン再訪
110.テポストラン再訪

テポストランは、オスカー・ルイス(1914-70)によって再調査された。『メキシコのある村の生活:テポストラン再調査』(1951)において、ルイ スは、行動そのものに焦点を当てるプロセス的アプローチを用い、レッドフィールドが定式化とは合致しない主張を展開する。

【台詞】オスカー・ルイス「私は、村には派閥争いや個人的敵対、酩酊状態、喧嘩が溢れていることを発見したのである」

【台詞】酔漢テポストランの男性「ルイスは、貧困の文化という概念を発展させることとなったんや」——そして——「テポストランについてのルイスの本は、 古典になり、読んでおもろいし、人気があるねんでぇ、ウィッ!!」

問題:この2人のほとんど正反対の主張の違いをどのように説明することができるか? 2人の人類学者の間には修復不能な溝がある。村に対する彼らの見解は、単に〈依拠する理論〉のみならず、2人の根本的に異なる姿勢にも関係している。

111
人類学とは科学なのか?
111.    人類学は科学なのか?
111.人類学は科学なのか?
 
後に『社会人類学』(1951)として出版された一連のラジオ講義において、エヴァンズ=プリチャードは、人類学が科学であるという想定を問題視した。

【台詞】ラジオ「人類学の研究目的は、道徳と象徴の体系です。しかしそれは、自然におけるいかなる体系とも似てはいません」——そして——「人類学者は、 歴史家により近く、人類学は人文学により近いものです」

ポストモダニズムよりももっと以前に、エヴァンズ=プリチャードは文化の翻訳という考えを発達させた。彼は、研究している人びとの集団的精神と考え方に可 能な限り近づくこと、そうすることでその文化のなかの異質な考えを西洋文化のなかの同値の考えに翻訳することを意図した。これは、歴史家が過去について研 究する際におこなっていることである。

もし人類学は科学ではなく人間科学の分派なであれば、その権威は何からできているのだろうか?

112
科学のふりをすること
112.    見せかけの科学
112. 見せかけ科学(なんちゃって科学と しての人類学)

科学は、おそらく客観的で、価値中立的で、経験論的な探求である。それゆえに、科学というものは西洋社会における権威の裁定者なのである。権威のあるこの 領域のなかに加わろうとする人類学上の主張は、エヴァンズ=プリチャードによって問題視されたものの根底から揺り動かされたわけではなかった。

【台詞】先住民「でも科学は客観的という主張は、後世の者たちによってはっきりと拒否されたんだね」


「我々は、明確なデータを集めている中立的な科学者であると偽り、彼らにはなんの手がかりもなく、唯一の解決策は我々にあるというふうな決定的な権力の無 意識のシステムのまっただ中に、我々が研究している人びといると、いうふうに偽装する。だが、それは本当に偽装に過ぎないんだ」

ポール・ラビノー(1977年、モロッコ※のフィールドワークにおけるリフレクション)邦題『異文化の理解:モロッコのフィールドワークから』


“We can pretend that we are natural scientists collecting unambiguous data and that the people we are studying are living amid various unconscious systems of determining forces of which they have no clue and to which only we have the key. But it is only pretence.” Paul Rainbow (Reflections on Fieldwork in Morocco, 1977)

113
インディアンは居留地を出る
113.    保留地の外へ出たインディアンたち 113.保留地の外へ出たインディアンた ち

ラコタ(スー)先住民の弁護士であるヴァイン・デロリア(Jr.)は、1964年にアメリカインディアン国民会議議長に主任した。5年後、デロリアは、い くらかの根本的な問いを提起する『カスター将軍は君たち白人の罪ゆえに死んだ※:インディアン宣言』を出版した。

「私たちは、なぜ人類学者にとっての私的な動物園であり続けなければならないのか?学術的な生産が実際の生活には全く役に立たない見当違いなものであると きに、なぜ部族は基金を求めて学者と競争しなければならないのか?」(Deloria 1969:95)

〈おそらく私たちは、学界という共同体の実際の動機を疑うべきである。彼らは明確に定義され支配下にあるインディアンを対象とするフィールドをもってい る。彼らの関心は、インディアンの人びとに影響を与える決定的な政策にあるのではなく、単に彼らが「大学のトーテムポール」※※を登ることができるような 新しいスローガンや教説を創造することにあるのだ〉

1972年のアメリカ人類学会(AAA)年次大会において、デロリアは学会のメンバーたちに彼は訴えたのだ。

※原文は Custer died for your sins: an Indian manifesto, 1969 だが、この表題は「キリストは私たちの罪を贖うために死んだ(Christ Died for Our Sins)」を捩ったもの。カスターは南北戦争ならびに戦後における北米先住民虐殺においてもっとも有名な将軍であるので、「君たちの罪(your sins)」は非先住民すなわち白人の罪=責任のことを語っている。
※※「大学のトーテムポール」とは、大学で教鞭をとる教授陣もまた未開社会の人間で、研究や学位などの〈崇拝対象〉のことを皮肉って表現している。

114
誰がインディアンのための語るのか? 114.    誰がインディアンのために語るのか? 114.誰がインディアンのために語るの か?

20年後、AAA(アメリカ人類学連合)は、回顧的な作品として『インディアンと人類学者』(1997)を出版した。この本の結論部分はデロリアの寄稿で あり、そこでは、過去28年間の人類学に対してデロリアの問題提起がもたらした影響が評価されている。

「人類学は、今も根強く植民地学問であり続けている。そこでは、学問的営みの配置を変えたり、より有意義な企てのほうに動かすよりも、今でもなお、アング ロ(=白人)の連中がまたべつのアングロの連中にそれを伝えて、よく勉強したぞと証明することのほうが価値があると私たちは考えていることを見出した」※

【台詞】学者「これは、誰が先住民(インディアン)のために語ることができるのか?という権威に関する問題じゃ」

【台詞】アナザシ「先住民でないことは確かだよね」

【台詞】デロリア=ジュニア 「人類学のお偉方は、人類学の主要領域を教える有用なスタッフとして先住民の教師を認めるということに、甚だ乗り気ではない のです」

※“Anthropology continues to be a deeply colonial discipline. We still find it more valuable to have an Anglo know these things and be certified to teach them to other Anglos in an almost infinite chain of generations than to change the configuration of the academic enterprise and move on to more significant endeavours.”

115
神としての白人
115.    神としての白人 115. 神としての白人

権威に関する類似の問題が「キャプテン・クック」論争である。それは、アメリカ合衆国の指導的人類学者マーシャル・サーリンズ(1930-)とシンハラ人 の人類学者ガナナート・オベーセーカラ(1930-)の間でおこった。この論争で生まれた文書は、それだけで小さな図書館をなすぐらいの分量だったとい う。

【台詞】クック「この問題は、1779年にネイティブハワイアンが私のことを彼らのロノ神の帰還と勘違いしたのかどうか、また儀礼的に適切に供儀にしたの かどうかについての論争なのだ」

【台詞】ハワイ先住民「むしろ「神としての白人」という神話が、西洋社会によって構築されたものであるかどうかの論争なのだ」

この神話は、ハワイの人びとについての研究の際に人類学によって繰り返し参照され、維持されてきた。オベーセーカラが指摘するように、非合理的かつ先論理 的で迷信的なものとしての、未開の志向と精神性という概念をとおして、そうなされてきたのである。

116
権威の神話
116.    権威神話 116.権威の神話

神としての白人という考えは西洋思考の土台となるものである。「白色の神」は、メキシコでのコルテスであり、ペルーでのピサロである。これは、1607年 のヴァージニア会社の指示書に明らかである。この勅許植民会社の指示書には、白人も傷をしたり死亡したりするということを、ネイティブの人びとに気が付か れないようにするよう書かれている。死を免れないことと神格性は、相容れないためである。サーリンズは、オベーセーカラがハワイ人たちを「啓蒙的合理主義 者」にすぎない存在にしてしまったことに激怒した。一見するとサーリンズがハワイの情報源に精通しているらしいことは、客観的で特権的な知識としての人類 学の権威を使った議論しているのだ。

【台詞】コルテス「オベーセーカラはハワイ研究の専門家ではないぞ」

【台詞】南太平洋の女性「でも、植民地化された人びとについての作品として、人類学と西洋的構築物を批判する有利な点と権威が、オベーセーカラには持たさ れていたかしら?」

【台詞】アナザシ「2人が議論しているとき、平等と賠償を求めていたハワイの人びとの政治や社会運動に注意を払った者は誰もいないんだな」

117
出来事の位相
117.    出来事の地平線
117. 出来事の地平線

ヴァイン・デロリアが人類学を激しく非難する一方で、アメリカ合衆国のラディカルな人類学者は、自分自身たちの領域への攻撃を開始しようとしていた。『人 類学の再創造』(1969)は、デル・ハイムズ編集になる論集であり、これは、ヴェトナム戦争、アメリカ合衆国における市民権の問題やホーム(=北米市民 社会の領域)での抗議といった、1960年代の一般的な政治的風潮に刺激されたものである。

【台詞】反核ヘルメットをかぶったアナザシ「それは人類学における一連の改革を必要としたのさ。でもそれは受け止められなかったんだ」——そして——「人 類学への彼らの批判は、現代の人類学的言説(ディスコース)の一部となったんだよ」


118
自己批判的人類学
118.    自己批判の人類学
118. 自己批判の人類学

『人類学の再創造』の改革の要素は、複数の解釈とアプローチを拓くことになった。

事後的な記載(Reporting back)
事後的な記載とは、他者についての植民地主義というインパクトのみならず、西洋世界の中で植民地主義の帰結について研究することを意味する。それは西洋社 会において型どおりやってきた人類学のアプローチとは異なる。

再帰的人類学(Reflexive anthropology)
研究対象者の声が聞こえるように、また彼らが自身を語ることができるように、フィールドでの資料を記録したり書いたりする方法論を変えることで、研究のプ ロセスを可視化すること。これは、人類学者による自己吟味にもなる。

擁護のための人類学(Advocacy anthropology)
非関与から関与する研究への転換であり、関与する研究とは、人類学者に研究される人びとの、経済的、政治的、人権そして土地の権利の窮状へ関与すること。 しかしこれは、論争として存続している。

学者(人類学者)——【台詞】——「人類学者は、元からあった〈現地人の伝統〉をそのまま〈保存〉したいのかね」

アナザシ——【台詞】——「それとも、人類学者らは、自己決定のための実際の力や資源を譲渡することを望んでいるのかな?それが何を引き起こすかに関係な くね」

119
人類学のヒーロー
119.    人類学の英雄
119.人類学の英雄

アメリカ合衆国のマーガレット・ミード(1901-78)は、最も有名で広く読まれている人類学者のうちの1人である。彼女の著書『サモアの青春』 (1928[1976])と『ニューギニアで育つ』(1930)は、人類学や他の社会科学の学問の基礎的入門書であり続けている。ミード自身は、影響力を もった普及者であり、解説者であり、ヨーロッパと北米ににおいて優れた業績を挙げた。

マーガレット・ミード——【台詞】——「私はボアズの学生であり(私とは違った意味で)影響力のある人類学者であるグレゴリー・ベイトソンと結婚したの よ」

グレゴリー・ベイトソン——【台詞】——「ニューギニアの子どもたちの体験は研究のための基礎をなしたんだ」

2人の人類学者のアイディアは、ベンジャミン・スポック博士の育児理論に決定的な影響を及ぼした。スポックの理論は、1960年代から70年代の親たちの 必要不可欠なハンドブックとなった。

120
ミード神話の没落
120.    ミード神話の崩壊
120.ミード神話の崩壊

デレク・フリーマンは1983年に『マーガレット・ミードとサモア』を出版し、ミードのサモアでの研究に対する多くの批判を行った。ミードによるサモアの 調査は、理論が先にありきのものだった。ミードは、彼女の先生であったボアズの、〈氏〉(生物学)よりも〈育ち〉(文化)の方が重要であるという理論を証 明するために旅立ったのだ。ミードのサモアでの調査は、彼女の先生のエスノグラフィー実践を冒涜するものだった。ミードのサモアでの調査は、宣教師邸のベ ランダに座り4名のやってきたサモアの少女から得られることから構成されていた。

サモアの女性——【台詞】——「これらのインタビューの中でミードが思い描く性的幻想を私たちは共有したわけなの」

マーガレット・ミ―ド——【台詞】——「彼女たちは「リアルな存在」で、サモア社会に関する私の分析の基盤を作ったと信じているわ」

人類学の偉大な英雄は、情け容赦なく晒されることとなった。ミードの擁護者は、フリーマンによってミードのサモアの表象が偽物として捏造されたのだと主張 する。

ミスタースポック——【台詞】——「しかしながら我々は、それでもなお、ミードがその研究をとおしてアメリカの文化への洞察を深めたんだと、議論していま す」

マーガレット・ミード—【台詞】——「さらに「文化とパーソナリティ」学派の主要メンバーとして、私しゃ心理人類学を今日知らているようなかたちにまで確 立することに寄与したわけよ」

アナザシ—【台詞】——「ミードの創造行為は、人類学を前進させるための障害には決してなりはしなかった」

121
観察される観察者
121.    『観察される観察者』
121.『観察される観察者』

マーガレット・ミードの失墜は、人類学のもう1つの出来事の地平線にも寄って立っている。同じ年である1983年にジョージ・ストッキング=ジュニア編集 の『観察される観察者:民族誌的フィールドワークについての論文集』が出版された。それは、その後も続く『人類学の歴史』シリーズの最初の巻だった。『観 察される観察者』は、人類学者による建設的な行為としての民族誌的実践を分析するものだった。ストッキング自身の論文は、1967年に初版になったマリノ フスキーのフィールド日記を発見したことの衝撃をより一般的な批判のなかに位置づけるものだった。マリノフスキーは、フィールドにおける白人文明社会への 切望を日記の中に記録していたのである。

ブロニスロー・マリノフスキー——【台詞】——「私が研究する人びとへの恐怖と、白人女性への欲望を打ち明けよう」——そして——「私は「ニガー」に対す る怒りの流出でもって私の欲求不満を和らげているのだ」

122
粘土の足
122.    もろい基礎
122.粘土の足元(もろい土台)

ストッキングが示唆するように、「歴史的な経験と文化的な前提は、それを引き起こし、阻止し、そうすることによって条件付けているのだが」それらは、人類 学の歴史と密接につながっている。

「英雄としての人類学者」は、アメリカ合衆国の批評家であり作家であるスーザン・ソンタグ(1966)によって造り出された表現である。「英雄」のもろい 基礎が明らかになるよう(人類学者に対して)研究されなければならないということだ。

 アナザシ 「人類学と「参加型エキゾチズム」というヨーロッパの広範な伝統とのつながりについて調査が必要とされるのだ」

123
自己投射の議論
123.    自己投射の問題
123.自己投影の問題

「恐れを知らない人類学者」神話は、イギリス人類学の最長老で主要な研究者の1人であったエドマンド・リーチ卿(1910-1989)より、また別の打撃 を受けた。リーチは、『イギリス社会人類学史における言及されぬ事への一瞥』(1984)においてリーチ卿は次のように認めている:人類学者は誰でも、 フィールドにおいて、彼または彼女の投影を除いて見るものなどいないということだ。

「人類学的報告は、著者のパーソナリティの側面から生み出される。それ以外の何であるというのだろうか?マリノフスキーがトロブリアンド諸島民について書 いているとき、彼は彼自身について書いている。エヴァンズ=プリチャードがヌアーについて書くとき、彼は彼自身について書いているのだ」

マリノフスキー——【台詞】——「文化的差異てのは、しばしばその方が都合がいいのだが、一時的な虚構なのである」

124
【XII】トラブルからの脱却
文化を書くこととポストモダニズム
124.    文化を書くこととポストモダン


125
ポストモダンの麻痺
125.    ポストモダンの無気力感


126
人類学における女性
126.    人類学の女性たち


127
人類学者たちの親族紐帯
127.    人類学者の親族紐帯


128
フィールドの協力者
128.    フィールドの協力者


129
フェミニスト人類学
129.    フェミニスト人類学


130
フェミニスト人類学の位置づけ
130.    フェミニスト人類学の位置付け


131
未接触の人々
131.    穢れなき民


132
ヤノマモ・スキャンダル
132.    ヤノマミ騒動(スキャンダル)


133
内戦を創り出す
133.    生み出される内乱


134
人類学はどこへゆく?
134.    人類学はどこへ行く?


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