かならずよんで ね!

薬物問題についての最近の動向と大学生を対象とした薬物乱用防止教育について

The current situation of drug problems in the world and the drug abuse prevention targeted to university students in Japan.


徐淑子(新潟県立看護大学)・池田光穂(大阪大学)

The authors discuss the basic ideas needed to plan a drug abuse prevention program targeted university students in Japan.  The followings are briefly reviewed; 1)the global discussion about decriminalization of drug use, 2) drug harms identified by scientific studies, 3) the stages of drug use and the three tired prevention model.  Then, the authors make a suggestion for an education program applying peer education method.

大学で教鞭を一度でも取ったことのある教師は、入学 したての大学生がもつ旺盛な知的興味や新しい活動への興味あるいは性的興味——野心や冒険心と表現しても過言ではないが——の大きさや広がりにはつねに目 を開かせられることを知っている。このような興味は、平板な日常性から抜け出し、創造=想像力を与え、個人の人生や社会を変革するための原動力になること もある。またそのような感覚は、人間の知的探究心を拡大してゆくが、一種の遊びや遊戯の経験をもたらすものである[Csikszentmihalyi 1975[1979]; Lyman and Scott 1975[1981]]。このような想像力の飛躍は、さまざまな知的探求の着想を生み、キャンパスに様々な活力を与える。しかしながら、このエネルギーの ヴェクトルの向きによっては、社会病理現象に知らず知らずのうちに加担してしまい、社会的処罰の対象となってしまうことがある。大学生の未成年飲酒、性的 迷惑行為、そして本稿でとりあげる薬物乱用(濫用)などはその好例である。娯楽目的での薬物使用や好奇心にもとづく薬物乱用は、まちがいなく、そのような 思わぬ帰結を生んでしまう学生(=個人)ならびに大学(=組織)にとってのリスクのひとつとなる。そして、それは、ことに、若者文化との深い関係をもつ問 題であると考えられている[Aggleton et al. 2006]。
 本稿は、大学生にも関連が深いと思われる薬物乱用の問題について論ずる。薬物政策をめぐる現在の世界動向を概観したのち、各国でとられている施策の方向 性に影響を及ぼした重要な研究をいくつか紹介する。そして、最後に、日本の大学生を対象とした薬物乱用防止教育へのワークショッププログラムのためのヒン トを提示する。

(中略)

5.薬物乱用防止教育と選択的予防介入(「ピア教育 手法」の提言)

図4.は、薬物使用と依存形成の典型的な経過であ る。ただし、これは薬理学や依存症研究の長年の蓄積で使われてきたもので、現時点での研究者のコンセンサスともいうべきものであり、またこの図式(スキー マ)は、薬物乱用防止教育においても、薬物を継続して利用するようなものがある(=厳然たる事実)ことを理解しなければならない。薬物の初回使用から高度 な依存の形成(表4.)までには、個々のケースで経過時間の長短はあったとしても、機会使用や断薬の試みなどのエピソードを経由して、段階的に進行してい く。日本では合法のタバコやアルコール使用もほぼ同様の経過をたどる。この図4.からわかるとおり、薬物を使用した人全員が依存形成にいたるわけではな く、薬物使用が習慣化する前に薬物使用を止める人、自分の力では止められなくなった状態から、適切な治療を受けて断薬に成功する人もいる。つまり、薬物使 用の発展過程の要所要所に、そこから先の段階に進まないための介入をおこなうポイントがあるということである。

この図4.を見ると、日本の薬物乱用防止教育の標語 である「ダメ。ゼッタイ。」[麻薬・覚せい剤乱用防止センター 2016]は、薬物の初回使用を防止するメッセージだということがわかる。「お酒は二十歳になってから」という標語は、同じく、法定年齢以下の飲酒を防止 するメッセージである。また、法定年齢の設定自体が、アルコールの初回使用を遅らせるという意図をもつ。この二つの標語を用いたマスメディア啓発は、使用 の開始を予防する第一次予防[Gordon 1983]として行われており、さらに、日本社会の構成員全員に向けて発せられていることから全体的予防介入(universal prevention,図4.)であると言える。

大学生への薬物乱用防止教育を強化・充実させようと いう動きは、国の「薬物乱用防止5カ年戦略」に組み込まれている。2008年策定の「第三次薬物乱用防止五カ年戦略」および2013年策定の「第四次薬物 乱用防止五カ年戦略」には、啓発強化の対象として「大学等の学生」が明記されている[薬物乱用対策推進会議 2013:5]。大学生全体を薬物乱用の「リスクにつながる特性・属性」を有する集団とみなして行う選択的予防介入(selected prevention)に近い発想であろう。その他にも、「有職・無職少年」「薬物乱用者の家族」などが、予防対策の鍵を握る集団(key population)として挙げられている。

先に挙げた第三次・第四次「薬物乱用防止五カ年戦 略」では、大学生への啓発の方法として、入学時のガイダンス等での薬物乱用防止教育や、啓発資材の配布を具体的に記述している。高橋・荒木田[2013] による全国の大学を対象とした調査では、回答校486の7割が、2011年の入学時に入学ガイダンスでの薬物乱用防止教育を実施していた。同調査はまた、 薬物乱用防止教育担当者の考える「実施上の問題点」として、時間の確保(回答校486のうち、56.6%)、指導の内容や方法(同28.0%)を報告して いる。平田[2010:95]は、大学内の薬物乱用防止対策を論ずる中で、「教育、環境、機運づくり」の三つを重視する点として挙げている。そして、教育 にかんしては、小中高からおなじような内容の教育が繰り返されることによる「マンネリズム化」を指摘し、大学での薬物乱用防止教育では、既存の知識を再構 成するような内容が必要としている。「ダメ。ゼッタイ。」にもとづく一貫性のある内容も、繰り返されれば、外部刺激としての強度が落ちる——いわゆる「飽 きる」——ということであろう。内容の刷新とまでいかなくとも、大学生の思考力や、生活範囲の広がりに合った内容・方法面での工夫が望まれる。

ヨーロッパ(EU)では、学生や若者向けの「安全な ナイトライフ(safer nightlife)」[The DC&D1 Safer Nightlife Workgroup 2007]「クラブ・ヘルス(club health)」[Club-Health 2015]といった実践の試みがはじまっている。それは、ピア(仲間)がピアを支援サポートするというサステイナブルな自助努力の方法である。これはピア どうしの教育[高村 2015;東ほか 2004]の手法を援用したものである。クラブ・ヘルスのウェブ・ページでは「クラブ・ヘルス:若者の健康で安全なナイトライフ」プロジェクトが、英語の ほかEUのさまざまな言語で「健康で安全なナイトライフ」のガイド・マニュアルを無償でダウンロードできるようになっている。

そこで、本論の最後に、日本の大学生を対象とした、 健康教育と情報提供をメインにした介入プログラムを提示したい。「クラブ・ヘルス:若者の健康で安全なナイトライフ」をヒントに、日本の学生に対して、飲 み会やコンパなど学生になじみのある場面を想起したり、実際の現場に関わることで、アルコールと薬物の問題を統合してとりあつかうところに特徴をもたせて いることがこの提言の特徴である。また、ピア(仲間)がピアを支援するという発想から、「安全なナイトライフのためのサポーター」を、仲間同士で育成する というプログラムを考える。これは、彼らが自発的に薬物乱用にまつわる問題を発見し、課題を見つけだし、また、アルコールを利用するコンテクストにまつわ るリスクとハザードについての想像力を養う。この手法は、アクティブラーニング手法の進展にともない普及しつつあるPBL(問題にもとづく学習)手法など も大胆に取り込むことになろう(池田と徐 2017)。

これから先の生涯のなかで実際に使用するチャンスの 低い違法薬物だけをとりあげるより、アルコールやタバコ、そして睡眠薬・精神安定剤など、より身近で自分が摂取する可能性のある物質とともにとりあげるこ とにより、教育内容を学生生活の文脈により近くなるように工夫されていることが特色である。先の平田[2010]の議論では「知識の再構成」が問題である とされた。これは、筆者らの試案である(表6.)。この試案のような形で、学生生活と薬物乱用問題の接点を「ピア」「飲酒」「ナイトライフ」の三つで拡げ て文脈化することの効果があるのではと考える。

この続き(=論文の完全版)は、機関リポジトリー「薬物問題についての最 近の動向と大学生を対象とした薬物乱用防止教育」にて、どうぞ!

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Maya_Abeja

Mitzub'ixi Quq Ch'ij, 2017

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