はじめに よんでください

熊楠「犬に関する伝説」『十二支考』にみられる抜書

 Canisology Manifest in Tokyo University, March 6, 2016

池田光穂

《犬の四足歩行と肉球の起源》→「四足歩行と肉球の誕生

「南洋ニュウブリツン土人の説に、犬はもと直立して 歩み甚だ速やかに走って多くの人を殺した。そこで生き残った人間が相談して、麪包パン果を極めて熱しその種子を犬の通路に撒まいた。犬これを踏んで足を焼 き、倒れて手をも焦し、それより立って歩む事叶かなわず。その種子今も、犬の足の裏に球となって残りあるという(一九一〇年版、ジョージ・ブラウンの『メ ラネシアンスおよびポリネシアンス』二四四頁)。

《犬の鋭さ》

とにかく犬などには人に判りにくい事を速やかに識る 能力があるらしい。ちょうど大人の眼に付かぬ微物を小児が疾とく見分くるようなもので、大いに研究を要する事だ。

『今昔物語』二九に、陸奥むつの賤民数の狗いぬを具 して山に入り大木の洞中に夜を過す、夜更けて狗ども皆伏せたが、年来飼った勝すぐれて賢い狗一つ急に起きて主に向って吠えやまず、後には踊り掛かって吠 ゆ。太刀抜きて威おどせどいよいよ吠え掛かる、こんな狭い処で咋い付かれてはと思うて外へ飛び出る時、その狗主人がいた洞の上方に踊り上り物に咋い付く、 さては我を咋かむとて吠えたでないと知って見ると洞の上から重き物落ちる。長たけ二丈余太さ六、七寸ばかりの蛇が頭を狗に咋われて落ちたのだった。さては 我命を救うたこの犬は無上の財宝と知って狗を伴れて家に帰った。その時狗を殺したら狗も自分も犬死にすべきところじゃったとある。

《犬への信仰あるいは仏神の化身》

『今昔物語』二六に、参河国の郡司妻二人に養蚕をさ せるに、本妻の蚕皆死んで儲けもなくなったので夫も寄り付かず、従者も逐電して淋しく暮す内、養いもせぬ蚕一つ桑の葉に付いて咋うを見付けて養う内、家に 飼った白犬がその蚕を食うた。蚕一つすら養い得ぬ宿世すくせを哀しみ犬に向いて泣きいると、この犬鼻ひると二つの鼻孔より白糸二筋出る。それを引いて見る と陸続として絶えず、四、五千両巻きおわると犬は死んだ。これは、仏神が犬に化し、われを助くる事と思うて、屋後の桑木の下に埋めた。夫の郡司たまたまそ の門前を通り、家内の寂寞たる様子を憐み、入りて見れば妻一人多くの美しい糸を巻きいる。夫問うて委細を知り、かく神仏の助けるある人を疎外せしを悔い、 本妻の方に留まって他の妻を顧みず、かの犬を埋めた桑の木にも繭を作り付けあるを取りて無類の糸を仕上げた。やがて国司を経て朝廷に奏し、かの郡司の子孫 今にその業を伝えて犬頭という絶好の糸を蔵人所くろうどどころに納めて、天皇の御服に織ると見ゆ。すこぶる怪しい話だがとにかく三河に昔犬頭という好糸を 産し、こんな伝説もあったので、犬頭社は本もとその伝説の白犬を祀まつったのを後に大蛇一件を附会して犬尾社まで設けたのでなかろうか。

《弘法大師と犬》

『今昔物語』十一や『弘法大師行化記ぎょうけき』 に、大師初めて南山に向った時、二黒犬を随えた猟人から唐で擲なげた三鈷この行き先を教えられたとあり、この黒犬が大師を嚮導きょうどうしたらしいから、 本邦では黒犬を凶物とせなんだらしい。

《犬の鳴き声》

犬の鳴くを本邦では鳴くとか吠えるとか言うばかりだ が、支那には色々とその区別があるらしく、英語になると、バーク、イエルプ、ナール、ハウルなどと雑多な種別があって、それぞれ一語で犬が怪しんで吠えた とか、苦しんで吠えた、悲しんで吠えたと判る。どうもこんな事にかけては日本語はまずいようだ。また犬の鳴き声は時代に由って色々に聞えたと見えて、今日 普通に犬の吠えるを、英語でバウワウ、仏語でブーブーまたツーツーなどいうが、十六世紀に仏国で出たベロアルド・ド・ヴェルヴィユの『上達方』などには、 犬の声を今の日本と同じくワンとしおり、古エジプトではアウと呼んだ形迹けいせきあり(ハウトンの『古博物学概覧』三〇頁)。『狂言記拾遺』六、「犬山 伏」に犬ビョウビョウと吠える。寛永十年に成った、松江重頼まつえしげよりの『犬子集えのこしゅう』一に、「びやう/\と広庭にさけ犬桜」、巻十七に「び やう/\とせし与謝よさの海つら」「竜燈の影におどろく犬の声」。徳川幕府の初期には、犬の鳴き声をビョウビョウと聞いたので、英語や仏語に近い」。

出典:南方熊楠「犬に関する伝説」『十二支考』http://www.aozora.gr.jp/cards/000093/files/2541_35099.html

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'Cave canem' (beware of the dog) mosaic.. From Pompeii, Casa di Orfeo, VI.14.20

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