かならずよんで ね!

私の代子(娘)への手紙

Una carta para mi ahijada

池田光穂

 冠省

 このたびは、たいへん、上品なお菓子をいただきまして、ほんとうにありがとうございました。

 瀉血に興味をもたれたということで、◎◎さんが、すわゴスロリファッションに身を包まれているのではないかと想像しました。

 というのは、ずいぶん大昔に、◇◇大学文学部で文 化人類学を教えていた時に、卒論でゴスロリファッションの研究していた学生がいて、ファッションと生き方(ライフスタイル)には、どんな関係があるのだろ うかと、その学生と議論したことがあるからです。で問題は、(α)その人の生き方がファッションを選ぶ——「選好性にもとづく選択」といいます——のだろ うか、それとも、(β)そんなファッションを身につけると、心もゴスロリ的になるのだろうか?という疑問が生じるからです。これは鶏が先か卵が先かという 原因と結果の関係について決着をつける議論——因果論といいます——の流れになりますが、指導教員としての私とその学生との間の議論の結果は、あれかこれ か(αかβ)ではなく、その両方の現象があり、それぞれの現象を具体的に例証する必要がある、というものでした。つまり、(α)憧れている先輩がこの ファッションを身につけているけど、ほんとうはその生き方に共鳴して、ゴスロリファッションを、先輩がいないところで身につけてみると、ほんとうにわくわ くした、という経験が一方にある。そして(β)そのようなファッションを身につけ、同じ服装の人たちと仲良くすることで、知らないあいだに、ゴスロリ的生 き方に違和感がなくなっていった。そして、(γ)そのファッションを身につけていなくても、ゴスロリ的生き方が自分らしさを形作っていることに、気がつい た。というわけです。

 そして、ゴスロリについて懐かしく思ったのは、数年前にアムステルダムの空港で、ゴスロリのミッフィーちゃんをみたことです。

 私はゴスロリ的生き方を選択していませんが、そのように卒論を指導することで、そのような生き方が以前よりも共感をもって理解できるようになった。このことが、私やお父様が勉強している文化人類学という学問そのものなのです。

 というわけで、また、ご家族で一緒に会食したいですね。


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