Muchas Gracias! 感謝のコーナー Thanks a lot!
西暦2000年号
このコーナーは、池田光穂ならびに私の属する研究室に寄贈 された書籍・報告書・論文別刷・CD-ROM資料などをアップすることで、感謝の意を表明し、またコメント等を掲載することで、執筆・制作者の方々の努力 にお応えするものです。讃美・罵倒などコメントは、あくまでも受け取った池田の責任において情報発信するもので、コメントされた、それらの著作物等の販売 促進や名声の向上(あるいはその逆の社会効果)を目的とするものではありません。
書籍・論文・報告書関係
原ひろ子・根村直美編『健康とジェンダー』東京:明石書店、2000年
装丁は地味だがパワー全開! 医療人類学者の柘植あづみさんからいただきました。彼女の 論考は「生殖における女性の自己決定権試論」という自己決定権をめぐって<哲学的議論>をなさっています。ところが、生殖の自己決定にみられる人権概念を 文化人類学から批判すると思いきや、批判の対象となっている「西欧近代的な自我」が「西欧近代的な自我」から批判されている観は拭いきれません。文化人類 学的妄想力を働かせて、もっと多様な、そして多用な<アンチ西欧近代的自我>から、「西欧近代的自我」批判を展開してほしかったなと思います。そして、シ ビアなメッセージは友愛と連帯の徴です(2000.12.21)。
北森絵里「リオデジャネイロのファンキ音楽―貧しい若者のサブカルチャー」『天理大学学報』 第19輯(←しゅう)、Pp.139-159, 平成12年10月
ファンキ音楽については、北森さんの学会発表や個人的なお喋りのなかで聞いておりまし た。。やっと待ってた新譜(あるいは復刻版)を手に入れたような気持ちです。ファンキとはしかしワイルドでパワフルですねぇ(調査にも体力と根性がいるこ とがよおくわかります)。しかし、本論の末尾にあるように、これは、ファンキ研究の序章であり、まだまだ聞きたい(=読みたい)ことがたくさんあります ね、ホント(2000.11.28)。
丸山定巳「水俣病に対する責任―発生・拡大・救済責任の問題をめぐって―」『環境社会学研 究』第6号、Pp.23-38.、2000年10月
来年のシンポジウムの関係で丸山先生の謦咳に触れる機会が増えました。来年(2001 年)はミナマタ・イヤーです、ホントに。
小杉真智子「難病患者の社会生活への適応をめぐって―病気が付与する意味を中心に―」『北星 学園大学大学院論集』第3号(1999)、Pp.41-57.
これはいつも能天気で多数派としての安寧を享受しているいわゆる健康族への自己反省を要 求する挑戦状だ!小杉さんは、難病族の日々の語りと健康族が知らない間に押しつけてくる<健常常識>の実態を明らかにする。しかし、高齢化と「慢性病」の 増加で、健常族の安寧は所詮儚いものだと小杉さんが言うのは、より呪詛に近いメッセージに聞こえてしまう。私は、健常族というのは、じつは難病族の特殊な 形態であって、難病族こそが、人間ほんらいの姿のように見えてならない。呪詛ではない、変革のメッセージを次に期待したいです(2000.11.22)。
歴史的記憶の回復プロジェクト編『グアテマラ 虐殺の記憶―真実と和解を求めて―』飯島みど り、狐崎知己、新川志保子訳、岩波書店、2000年
この本は現在、グアテマラをフィールドにして共同研究をしている訳者の飯島さんと狐崎さ んから恵与していただきました。スペイン語原著の要約版の表 紙はここで見られます[画像中の右側のもの]。
ちょうど11月7日に京都で開催された出版記念講演会に参加し、フリオ・カブレラ司祭と マルーカ・シプリアノ・シスター(修道女)による講演を聴きました。マルーカさんとはしばしグアテマラの話もできました(2000.11.08)。
■関連ページ:グアテマラ―政治暴力のゆくえ― [岩波書店による案内]
青柳まちこ編『開発の文化人類学』古今書院、2000年
この本の共著者のひとり斉藤尚文学兄よりいただきました。総説から個別事例の検討まで、 またよく練られたな議論から安直な処方せんまで、開発人類学をめぐる言説の多様性の一端を知る思いですね。お値段も手頃(2500円)で12章じたてなの で、半期の授業で使えそうですが、本書全体をつらぬく一貫性がないので、焦点がさだまらず、やはり教科書としては使えないかな〜。ちょっと考えてから、岡 本真佐子さんの本(単著)のほうに軍配があがる(2000.10.17)。
日之影町『日之影町史 九資料編4 民俗』2000年3月、日之影町
わたくしの父方の三代前はこのあたりの出身なんもので、それを知っている学者(名前は特 に伏せてくれと頼まれました!)が贈ってくださった、漬け物石、もとい、大著。鉱山とかコミュニケーションに関する近代化の話と狩猟や大人(おおひと)歌 舞伎などの伝統芸能がとなりあわせになっているところがたまらない魅力ですなぁ(2000.09.10)。
原田隆司・寺岡伸悟「透明な部屋―居心地の経験社会学―」『甲南女子大学研究紀要』第36 号、Pp.93-129.2000年3月
この論文を評して現代のジンメルと言ったひとがいるとかいないとか、エピグラムにジンメ ルを使っているだけなんですが・・。これも発想がめちゃめちゃおもしろいです(2000.09.01)。
寺岡伸悟「幻の鉄道が走った村―地域アイデンティティの形成過程に関する中間考察―」『人間 科学年報』(甲南女子大学人間科学会)、第25号、Pp.65-76. 2000年3月
タイトルはかっこいい!が、要するに吉野の町おこしの詳細な地域社会学的分析なんです な。著者の着眼点が光る論文です(2000.09.01)。
本田勝紀「”脳死”移植と医療ミスでの密室性を排せ」『新医療』、pp.39-41、 2000年8月号
ゆきゆきて神軍!本田さん!相変わらずの健在ぶりに元気をいただきましたです (2000.08.13)。
吉田正紀『民俗医療の人類学』古今書院、2000年6月
ありがとうございました。ご恵与いただく前にもう読んでしまいました。文化表象学教室の 図書室にも収書しました。この医療人類学の民族誌がすばらしいところは、ちゃんと章末に練習問題がついていることなんですね(2000.08.09)。
三木英(研究代表者)『社会の危機と宗教の可能性:阪神大震災被災地における宗教の実証的研 究』科学研究費補助金・基盤研究(c)研究成果報告書、2000年3月
栗原彬・小森陽一・佐藤学・吉見俊哉[編]『身体:よみがえる』越境する知(1)、東京大学 出版会、2000年7月
出版社の美野貴美さんよりいただきました。書評を掲載しております。ここからリンク。
中川輝彦「心理学的人間」の近代、『年報人間科学』第21号、pp.175-190、 2000年3月
テーマがでかすぎているわ りには検討される研究の議論が小規模なので、こりゃ羊頭狗肉やな〜。しかし近代における心理学的人間の誕生というテーマにはたいへんひかれました。
栗本英世「「エスニック紛争」の理論と現実――アフリカを中心に」『国際問題』 No.483、pp.2-14、(財)日本国際問題研究所、2000年6月.
論文は国立民族学博物館での共同研究会の討議資料としていただきました。この雑誌は外務 省系?の政府外郭団体でしょうか(財)日本国際問題研究所の発行によるものですね。
窪田幸子「ヨロンゴ女性の可能性」『社会変容と女性』窪田幸子・八木祐子編、pp.123- 149、1999年 ほか5点
Tanabe, Shigeharu., 2000, Memories Displaced Ritual: Cognitive process in the spirit cults of northern Thailand. 『国立民族学博物館研究報告』24巻4号、pp.707-726.
田辺繁治「自己統治の技法―北タイのエイズ自助グループ―」『上智アジア学』第17号、 pp.119-145、1999年
川部裕幸「疱瘡絵の文献的研究」『日本研究』国際日本文化研究センター紀要、第21集、 pp.117-145、平成12年3月
荒井芳廣『ハイチ文化論考』小林出版、2000年4月
Kawahashi, Noriko (川橋範子)2000, Seven Hindrances of Women ? : A Popular Discource on Okinawan Women and Religion. Japanese Journal of Religious Studies. 17(1/2):85-98.
藤井嘉祥「先住民と労働移動―グアテマラ西部高地における生産形態の歴史的変遷―」上智大学 大学院外国語学研究科(地域研究専攻)修士論文、1999年度、n.d.(2000年3月)
石田秀実「「生命操作のための倫理」から「生命と実存の倫理」へ――生命倫理(Bio Ethics)は倫理なのだろうか――」『九州国際大学 教養研究』第6巻第3号、pp.25-54、2000年3月
石田先生とは面識がありませんが中国医学思想史の大家(『中国医学思想史』の水利システ ムと身体のアナロジーの話は今でも鮮明に覚えております!)からの私にとっての意想外の生命倫理の論文を恵与いただき、欣喜雀躍の思いです。お返事のメー ルを送ろうとしましたが大学にリンクさせてあるプロバイダーからは不登録のメッセージがありました。大学にアップされてあるウェブページの研究活動に「日 本医学思想史――富士川游によって歪められた歴史を、中国医史の流れを背景におきながら訂してゆく」という文言があり、こちらのほうの研究成果の ほうにつよく興味を引かれました(2000.05.01)。
芦田徹郎「カニバリズムと臓器移植―日本人の宗教性を探る―」『人間科学年報』第25号、甲 南女子大学人間科学会、2000年3月
知る人ぞ知る、地域科学科の回春剤!(――楽屋落ちネタですみません)大宗教社会学者の 芦田先生の最新著作です。私は、この論文を恵与していただいた瞬間に次のようなことが頭の中に去来しました。<臓器移植=カニバリズムという社会評論は、 すでにパブリシティを得た、つまり学問的パラダイムが確立したのだ!><これからは臓器一般で論じる社会評論はもう古い! 臓器別の社会評論(ハツならハ ツ移植の視点から、ミノならミノ移植の社会的地平を論じなければならいのだと!)>(笑っちゃいけません。まじめなアイロニーなのです (2000.0427)。
染谷臣道編著『健常高齢者の多寡を引き起こす文化特性の地域的変異に関する文化人類学的研 究』平成9-11年度科学研究費補助金研究成果報告書、静岡大学人文学部、2000年3月
老いの文化研究を北海道(それをアイヌに表象させる)とオキナワ、さらには日本の他の地 域でおこなう。対比的でわかりやすい研究テーマはだが、その結果は恐るべし!老いの文化の「超」多様性をみせつけられることになる。それは、加齢を統一化 した文化的カテゴリーとして安易にとらえてきた、今までの老年の文化研究への警鐘にほかならない。今年卒業した熊本大学文学部(文化人類学コース)大学生 のNさんはウォーキングを通して自己をとらえなおしたある老人の生き方に感銘をうけ、ウォーキングという身体実践を通してココロとカラダがどのように対話 するのかについて、きわめて印象深い卒論にまとめらたことを思わず思い出してしまいました(2000.04.27)。
川田順造/石毛直道編『生活の地域史』(地域の世界史第8巻)山川出版社、2000年3月
自共著ですから正確には寄贈本とは言えませんが、計3冊でしたので、山川出版社からの御 恵与とさせていただきます。なお私の手によるものは第III部第1章「病気の文明史」pp.258-289です。この論文は出版に先立つこと3年前に書か れたもので、最近のこの種のアップ・トゥ・デートな成果を十分に盛り込むことはできませんでした(時間の関係で加筆することができなかった)。しかし、私 が尊敬してやまないウィリアム・マクニールによる大胆な仮説である文明間の疾病交換を(世界で?)はじめて図式化した上で、多元的医療 体系がそれにどこに組み込まれるかを提示した画期的な図式(p.269)を収載してあります。他にも日常生活の文化史にまつわる秀逸な論文が収載 されております(2000.03.31)。
野村一夫「健康の批判理論序説」法政大学教養部「紀要」第113・114号自然科学・社会科 学編、pp.1-27、2000年2月
これはインターネットで読めます(→こ こからリンク)。我々の研究会(→病気と健康の社会学研 究会)でのスタンダードなテキスト、共通理解のための里程標なのです。
荒井芳廣「ゼ・カリオカとOIAA:文化のグローバリゼーションの社会史」『大妻女子大学人 間関係学部紀要』1(創刊号)pp.1-11、2000年3月
今やブラジルの大衆文化研究の第一人者である荒井さんとのご縁です。荒井さんにはご迷惑 をかけっぱなしです。なおご縁で現在「文化遺産の社会分析」なる論文(→「物神化する文化」として公刊!)を執筆中。乞う御期待! (2000.03.31)
実松克義『マヤ文明:聖なる時間の書』現代書林、2000年4月
立教大の実松さんとは、現在まで面識がありませんが、友人(グアテマラ人)の友人という つながりなのであります(縁は異なもの味なもの)。グアテマラ高地の先住民のシャーマン−司祭についての日本語で書かれた貴重なドキュメント!ですねぇ。 著者であられる実松さんは日本のカルロス・カスタネダたらんという感じでしょうか。もっともこの種の文化的な著作を必要としているのは、(今なお!)マヤ 文明のエキゾチズムに酔っている日本の読者よりも、文化運動を通してマヤのアイデンティティを模索している(和平合意後の)グアテマラの先住民やメスティ ソの人たちだろうという気がします。本書のスペイン語あるいはキチェ語の翻訳がを楽しみに待っております。Maltiox !(2000.03.31)。
拙稿(池田光穂)のマヤ文明遺跡観光の論文(1996)をご笑覧ください。
佐藤哲彦『ドラッグユーザー研究序説』文部省?学術振興会科学研究費補助金研究報告書(研究 課題番号10710091)熊本大学文学部佐藤研究室、2000年3月
我らの科研による研究会のメンバーの1人である強力な理論 家、通称ジャック・サトー氏になるこれま でのエスノグラフィックな記録ですね(2000.03.23)。
西井涼子「共生の模索――南タイにおけるある改宗者の死をめぐって」(西井さんから別刷、 Printed in Thailand !);上記論文が収載されている、木村靖二・上田信編『人と人の地域史』山川出版社、1997年(山川出版編集部・山岸美智子さんから)、以上関連する2 件です。
(西井さんの論文へ)国立民族学博物館の田辺さんの研究会で東京外大AA研の西井さんの発表を聞いて感動し、おねだりしました。研究 会で聞いた理論的考察が無かったのが残念。考えてみれば、元の論文が発表されたのが97年で、西井さんの研究発表を聞いたのは99年ですから、当然かもし れません。これからでる論文が楽しみです(2000.03.23)。
(山川出版社御中)山岸さんには、同じシリーズの『地域からの生活史』でお世話になって おります。この巻に収載される私の「病気の文明史」の論述は、書いてから2年以上がたってさまざまな新しい著書や論文が刊行されので、ここで書き直したい ところですが、時間がなく現在出版を待っているところです(2000.03.23)。
『エコフロンティア ECO frontier』No.4、京都大学生態学研究センター、2000年2月(定期刊行物ですが、こちらにアッ プ)
熊本大学文学部の同僚である安室知さんから恵与く ださいました。故・井上民二先生をはじめ地域研究企画 交流センターの共同研究会を通して、京 大の生態研にはひとかたならぬ親近感をもっております。この号では琵琶湖の環境史の座談会や水田の潜在力についての短いながらも示唆に富む論考を 発表されている安室さんの活躍をたのもしく拝見しました(2000.03.23)。
川森博司『日本昔話の構造と語り手』大阪大学出版会、2000年
川森さんの学位論文がご本になりました。おめでとうございます。川森さんはこのような手 堅い研究の他にも映像人類学的業績も多いのですよ(2000.03.03)。
波平恵美子『暮らしの中の文化人類学【平成版】』出窓社、2000年
一度教科書として学生と読んでみて書評したいと思います。ありがとうございました (2000。02.01)。
瀬戸口明久「保全生物学の成立―生物多様性問題と生態学―」『生物学史研究』No.64,
pp.13-23, 1999年
エクスターナルな観点から生態学史を論じる学徒が登場したことは大変悦ばしいことです ね。私は、コスタリカのエコ・ツーリズム調査からはじまって、後には現代思想現象としての保全生物学や生物多様性の動向に関心があるので――私の学問的生 活の第一歩は霊長類生態学からはじまったのですよ!――この重要なテーマに取り組まれた論文に敬意を表します。しかし、結語のところのわずかの資料だけ で、かなり強引な結論は、歴史学的な厳密な考証でも現場調査にもとづくような指摘でもないので、不満は残ります。文献だけではなく、是非フィールドワーク ――京都には生態学者がうようよいるやんけ!――されることをお奨めします(2000.01.27)。
小田博志「戦場のフィールドワーク:コソボからの報告」『春秋』2000年1号、pp.14 -17、2000年
「こんなことをして何の意味があるのか?」――小田さんがシンプルだが重く受け止める、 紛争=戦争=暴力の被害者の言葉だ。しかし、最後の擁護者顔をする小田さんの立場には私は大いなる違和感をもつ。「こんなことをして何の意味があるの か?」それは、援助活動をおこなう行為に対する問いでもあるのでは? 紛争=戦争=暴力のシンメトリーとは、繰り替えされる暴力の応酬ではなく、暴力と治 癒(=平癒)の一種の応酬(=互酬)にもとづく無限連鎖なのではないかと(2000.01.27)。
武内新一編『現代アフリカの紛争―歴史と主体―』アジア経済研究所、2000年
武内さんとは栗本英世さん主催の共同研究会で知り合いになりました。この論集に収載され ているアフリカ地域の紛争の諸事例の緻密な検討は、現在私が調査に力点をおいている中央アメリカの低水準長期の紛争の歴史的な解決にむけてのさまざまな活 動の分析に大いなる示唆を与えています。求めていた報告書がタイミングよく恵与されるのはとても嬉しいです(2000.01.27)――海外出張のためご 連絡が遅れました。
『アジアセンターニュース』国際交流基金アジアセンター
アジアのハイ・カルチャーに関する情報満載ですね。これと大衆路線・態勢批判系のアジア太平洋資料センターとの情報を組み合わせればもうバッチリで すねぇ(え?何がバッチリ?―そりゃ自分で考えてね)