書評: 戈木クレイグヒル滋子『闘いの軌跡』川島書店、 1999年
評者:池田光穂
Copyright Mitsuho Ikeda, 1999-2017
書評: 戈木クレイグヒル滋子『闘いの軌跡――小児がんによる子どもの喪失と母親の成長』東京:川島書店、1999年、ISBN 4-7610-0702-8 C3036、2400円
懐かしい本が帰ってきた。
小児がんで子どもを失った母親の語りの記録と行動の観察を中心に、当事者である子どもや配偶者あるい は、サポートグループ(支援組織)のメンバーとの相互交渉などを織り交ぜながら、著者は「精神的に強くなって」いく母親に共感しつつ、彼女たちの人生を生 き生きと描いている。
この本は3つの諸相から読む解くことができる。まず第一点目は、この本は母親の語りを綴った記録であ り、これは我々が読者として小説や民話などを感情移入しながら読むのと同じような形式で読むことができる。
第二番目は人びとの生活のありさまを描くエスノグラフィー(民族誌)――象徴的相互行為論の影響が色濃 くみられる――であり、すでに存在しない子どもの追憶と残された家族との相互交渉について、悲嘆から立ち直る母親たちがどのような「内面」的過程をたどる のかについて多くの示唆を与えてくれる学問的記述である。抽象化・定式化・洗練化されすぎた感の強い心理主義的アプローチに食傷している正統派の社会的ア プローチの研究者にとっては待ちに待った研究書が到来した。
そして第三番目は、小児がんで子どもを失った、失いつつある、これから失う、さらに失うことがないすべ ての同胞すなわち「母親」に対して向けられたメッセージであり、個々の喪失に直面し、他者の人生とどのようにして共存してゆくかについて手がかりを与えて くれる実践的な指南書として読むことができる。
評者が自信をもって論評できるのは第二の観点からである。一般の読者が陥り易い危険とは、闘いの軌跡を 「母親」の内面的成長という心理主義的図式に還元する誤読――書名の副題はそれを助長する――の可能性であるが、注意深く読めば、「母親」の感情体験すな わち人生は、文化的社会的拘束を受けた性役割、病院の環境、子ども像や生命観といかに深く関わっているかについて冷静に分析されており、それらを見据えた 看護の実践への示唆に富む提言が満載されていることに気づくはずである。
冒頭で私が、懐かしいと記したのは、小児まひの子どもと家族の「闘いの軌跡」について書いた記念碑的モ ノグラフ Fred Davis, "Passage though crisis: Polio victims and their families"(1963)に比肩する骨太の著作がようやく我々の前に現れたという、私の素直な感慨からである。
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