心霊手術師による病気のマネージメント
解説:池田光穂
フィリピン心霊手術師による病気のマネージメント(論文の論評)
「本報告は、1990年11月から翌年の1月までのあいだフィリピンのルソン島北部パンガシナンの心霊手術師ルディのもとで行われた観 察の記録である。著者ダインは自分自身が精神科の医師であり、この心霊手術に興味をもっていることを予め表明し、その治療を観察することをルディから許さ れた。また著者は通訳を介して患者の術前・術後の状態についてインタビューした。
フィリピンの大多数はカトリック教徒だが、少数派ながら5万人を越えるフィリピンキリスト教聖霊主義者連合(Union Espiritista Christiana de Filipinas)の信者がいる。彼らは聖霊像を掲げて祭礼行列をなすが、その間トランス(一種の恍惚)状態になったものに治療能力があるとされてい る。心霊手術師たちはこれらの聖霊主義運動に属しているが、現実に術者になれるのはルディも含めてもきわめて僅かである。また、どのようにして心霊手術師 になるかは、個々人によってまちまちである。
心霊手術師ルディは1949年現地の労働者の子供として生まれた。彼自身は教育をほとんど受けておらず、それまでの人生の大半を魚売 りとして過ごした。当時既婚で6歳から20歳までの5人の子供がいた。ルディはひどく重い肺の感染から回復することを通して術師になったという。つまり病 臥の沈頭にキリストと思わしき白いガウンを着た男が現れたのである。その男は、彼自身が治療師になることで病気が回復することを告げた。回復後、彼は山中 へ40日間の巡礼をおこない、その間ほとんど食べずに水だけを飲んで過ごした。そして「深い瞑想的トランス」によって、数年後にはやがて「手術」をおこな うことができるようになったという。
ただしルディによると彼自身が術を身に付けているのではなく、彼の身体は聖霊の器であり、彼に憑いた神が何をなすべきか、どのように 手を動かすべきかを告げる。手術は「注射」と手先の操作による術からなり、それらは彼が見てきたアロパシー医学の影響を受けており、また世界各地でみられ る非正統医学と類似性をもつ。
毎日曜日に百名ほどが集まった小さな教会のなかで、およそ30名の患者に対して治療がおこなれる。患者はほとんどが地元の人びとであ るが、2割は他の州(province)から、1割はドイツ、米国、スペインからきた外国人であった。患者の訴えは、高血圧、子供の発熱、慢性的な腹部の 痛みと腫脹、甲状腺腫などであるが、健康診断として受けるものものいる。ルディ本人はどのような病気にも対処できるようだが、心理的な悩みをもった患者が 訪れることは少ない。
およそ2時間ほど祈りと聖水による祝福を行った後、患者に対して手術が施行されるが、それはそのうちの20名ほどである。残りの約 10名には「聖霊的注射」が行われるのみである。これは見たところ針を使わずに体に霊的なエネルギーを患者の腕に注入するものである(→本山によると手術 師が一回毎に聖書に手を置き、すぐにその人差指で白布の上から信者の身体を撫でる、ように表現されている。「フィリピンの‥‥」p.12)。手術は、麻 酔も消毒も行わずに、素手で体から「血の凝り」を取り出す(我々日本人にはお馴染みの)ものである。患者は術中は聖書の上に手が置かれる。ルディは聖水を 口に含み患部に吹きかける。赤い液を押し出し、その中から病気の原因である血の凝りを取り出す。ルディによると霊的なX線の助けによって患部からそのよう なものを探り当てることができる。現地の病因論によれば、病気は、健康を損なうような生活、呪術、血の凝りによる臓器の障害の3大要因からなるが、彼は最 後の要因を除去している訳である。病気の原因が取り出された後、患部がココナッツオイルで拭かれるが、傷口は残っていない。
さて、効果のほどであるが、著者が確かめたのは以下の2つの方法である。すなわち、患者へのインタビューを通して患者の自覚症状がど れだけ改善されたか、ということ。もうひとつは、肉眼で診た患部の塊や腫れの術前・術後の変化である。前者の自覚症状では、この手術の効果を否定する患者 は誰もいなかった。ただし、満足した者がいる反面、約半分の者が自覚症状の改善が一時的であり、すぐに手術前の状態に戻ってしまったという。他方、患者た ちはその近代医学的な効果があると著者ダインに告げたにも関わらず、彼自身の肉眼による観察ではほとんど改善が見られなかったとしている。
この心霊手術の諸ケースに対するダインの評価はきわめて“穏健”なものである。すなわち、心霊手術は「血の凝り」を摘出するというふ うに病いの生物学的諸相――疾病(disease)――に介入する(様に見える)が、その効果には疑問がある。にもかかわらず病いの患者やその家族あるい は社会的ネットワークに感じられる諸相――病気(illness)――には一定の効果がある、というものである。また著者は、摘出された組織の同定など課 題が残されており、ともすればニセモノや詐欺的と見なされ易い心霊手術の研究の必要性を示唆している」。
(出典:Simon Dein, 1992, The Management of Illness by a Filipino Psychic Surgeon:A Western Physician's Impression, Social Secinece and Medicine Vol.34, No.4,pp.461-464)
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