医療のポストモダン
——脱病院化社会以後を考える——
第93回日本麻酔科学会東海地方会総会「教養講座」2003年2月15日
2002年12月2日ユダヤ人でカトリック司祭であったイヴァン・イリッチが死んだ。イリイチは「社会の脱病院化」について直接このス ローガンを掲げたわけではない。イリイチの著作『医療の限界(原題)』を1978年に翻訳した金子嗣郎さんという精神科医が、イリイチの著作がもつメッ セージを日本語のこの標題として掲げたのである。当時の歴史的状況から考えれば想像できるように、このスローガンには反精神医学の精神への期待や、日常生 活の医療化への批判が込められている。しかしながらhospitalizeは「加療のため入院する」の意味があるので、この用語法は日本語ならではの特殊 なものである。また病院を「近代システムの収容所」という風な悪い意味あいで用いている点でも、脱病院化の意味はさまざまな誤解を産む可能性のある多義的 な用語になった。
その後、この医療化(medicalization)批判に関する議論や病院のシステムそのものは、時代や経済の流れを受けて変容を遂げ てきた。ひとことでまとめると、病院はかつての全制的施設(total institution)という古典的な意義を失いつつあることは明らかである。したがって、現況の日本において脱病院化の理念は、それをオリジナルに掲 げた人たちとはかなり異なったかたちで実現されつつあるといえる。しかし「病院化」とは医療化のことであり、病院が社会の中の施設から社会の制度そのもの へ、身体を収容する施設から時代精神を収容する制度(institution)となったと理解すれば、病院化社会は脱病院化という経路を通らずに別種の病 院化社会になったとも言える。これはある種の近代化の成果と言えないこともない。とりあえず、私はこのようなこれまでの近代が経験していないと思われる我 が国の医療の複雑な状況を、ポストモダン状況にあるという認識をもって、まずその社会的条件について検討しようと思う。
本講演は教養講座の一環であるので、聴衆である諸先生方の時代経験なども喚起しつつ、来るべき医療の姿について共に議論できることを期待 しております。
池田光穂(いけだみつほ)