文明の衝突
On Clash of Civilizations
解説:池田光穂
文明の衝突(the clash of civilizations)は、アメリカ合州国の国際政治学者であるサミュエル・ハンティントン(Samuel P. Huntington, 1927-2008)が、主張した政治理論。
最初の論文は、1993年にForeign Affairs, Vol.72, No.3. p.22, p.28.という一般向けの外交雑誌掲載された。
文明の衝突とは、冷戦(ca.1945 -1989/91)終結後の世界情勢が、自由主義〈対〉共産主義と いうイデオロギー対立ではなく、諸文明(複数形でcivilizations)の対立——より具体的には衝突——になるという議論のアリー ナである。イデオロギー対立ではないと言ってはいるが、文明の衝突が、グローバリゼーションの過程でおこり、それは避けられないという議論を誘導する点 で、それもまた新種(かなり古くなり陳腐化したが)のイデオロギー論であ る。
ここで示されている文明とは、中華、日本、ヒンドゥー、イスラム、西洋、ロシア正教、ラテンアメリカ、ア フリカの8つのものであるが、地球の地域をいわゆる大きな文化のまとまりとして表現したあたかも思いつきと も思えるもので、この図式がすべての研究者の間でコンセンサスが得られているわけでもない。
※ここで「思いつき」と書きましたが、ハンティントンは若い時代にはクリフォード・ギ アーツらと共同研究した優秀な研究者で、政治的紛争が文化的衝突に移行するというアイディアそのものは、彼が近年になって思いついたものと、単純に判断す るわけにはまいりません。
文明の衝突論の興味深いところは、かつての地政学 (geopolitics)の議論の覇権のアクターが国家や帝国のような地理的広がりをもつものとして構想されたのに対して、文明といういわゆる 文化を政治勢力のアクターとしてとらえたことである。
文明の衝突論は、学術理論としては根拠に乏しいナンセンスなものであるかもしれないが、アメリカ合衆国の 現政権における新・保守主義派の重要なパラダイムであり、なによりも、米国のイスラム社会への積極的な戦争介入を正当化する「理論」として、ちゃんと機能 しているところが、黙視できない重要なポイントである。
文化人類学の立場から、文明の衝突論の最大の問題点を指摘すると、文明や文化を、それを信奉する個人や集 団の本質的なものとする点で、人種主義にもとづく排除思想に簡単に変貌(ないしは流用されて)してしまうということである。
その後のハンティントンの議論や主張を知るには、ハンティントン(2003)が役立ちます。
【リンク】
【文献】
Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099
Samuel P. Huntington at the 2004 meeting of the World Economic Forum
Infant Samuel by Joshua Reynolds, 1776