フィールドワークの期間に関する議論
How long do we stay in our ethnographic field ?
解説:池田光穂
「精神の洞察力をきわめて些細(ささい)かつもっとも容易な事物に向け、かく してわれわれが判明かつ明白に真理を直観することに慣れるまで、比較的長期間それらの事物に留まるべきである」(第九規則)——デカルト「精神指導の規 則」大出晁・有働勤吉訳、『デカルト著作集(4)』p.51、白水社、2001年
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ルース・ベネディクトは1932年にニューギニアで調査をしていたマーガレット・ミードに、ある学会の会合に参加した内容に手紙を認めた。その 中にフィールドワークの期間に関する記述があるので引用してみよう。
「かれらが例外なく強調したのは、投入した時間によって仕事の善し悪しは判断できないということです。フェイ=クーパー・コールは最初の 三ヶ月間の調査ノートは破り捨てたほうがよいと忠告しました。ラドクリフ=ブラウンは短期間しか滞在しないのに本を出す人を厳しく批判しました。ピー ター・バックは、何年も滞在べきだと主張しました。あなたたち(→M・ミード)もトロブリアンドでのマリノフスキーのやり方で調査に励み、自分を納得させ る方がいいわね。それが将来の利益になるのですから。でも自分を殺してはだめですよ。ラドクリフ=ブラウンは、調査には最低二年間を「要求する」と言い放 ちました。どう思いますか。私はすっかり腹を立てました」(松園万亀雄訳、p.86、一部表記を変えました)。
ご存じのようにベネディクトのフィールドワークは、大学の休暇期間中に時間を割いた短いもの(せいぜい2,3ヶ月まで)でした。ただし、フィー ルドワークには頻繁に出ています。また学生も引率して、どのようにして「文化」というものが理解できるようになるのかという問題にも心を砕くことが多かっ たようです。これに対して、ミードは調査旅行の研究費の取得には比較的恵まれ、また数多くのフィールドワークを経験しました(2,3ヶ月から2年間にいた るまで多様なフィールドワーク時間を経験したようです)
アメリカ合衆国の現在の博士課程の大学院生では、1年から2年の期間のフィールドワークというものが多いようです。つまり、上の手紙の中にある 〈ラドクリフ=ブラウン的時間〉が、現在の人類学のフィールドワークの期間として生き残ったようです。
私にさまざま知恵を授けてくださった先生は、よく「最低1年」とおっしゃっていました。なぜという私の質問には、先生は、人類学者の研究対象に なる人々は自然から恵をうける農牧畜や漁業などに従事していたり、伝統的な宗教には一年サイクルの宗教行事があるので、「ひととおり人々の生活」を観察す るには最低1年かかるのだ、ということをおっしゃってました。
言葉が上達するのも、やはり1,2年はかかるものですから、1〜2年という期間が出てきたものと思われます。
この期間がはたして長いのか、あるいは短いのかは、フィールドワーカーの個性、ライフスタイル、調査を受け入れてくれる個人や社会の複合的な関 係において決まるので、同じ時期に同じ条件でフィールドワークに入っても、すべての人に適切な期間を割り出すことは不可能であることは、どうか忘れないで ください。
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