〈病む〉ことの人類学:ブックリスト
Anthroplogy of Sickness, a short book reviews
写真は:アントナン・アルトー(Antonin Artaud, 1896-1948);解説:池田光穂
ディビス、W. 1988 『蛇と虹』田中昌太郎訳、草思社.The serpent and the rainbow.
ハ イチ(地名)のゾンビ伝説についてご存じかな? ハイチがどこにあるか知らなくても、死体 を意のままに操る悪魔的存在ないしは哀れな死体(ゾンビ)については、ホラー映画によく出てくる話題だ。この本は、ゾンビ伝説のあるハイチにわたった民族 植物学者が、ゾンビ伝説が生物学的に根拠のもつことを「実証」しようとその謎解きをするフィールドワークの記録である。もちろん、ゾンビ伝説はヴードゥ教 のシンボルとコスモロジー(宇宙観)と深く関わり——虹と蛇は重要な宗教的隠喩である——、また機能論的には、ゾンビにされる恐怖は、それが社会的制裁の 概念に結びついていることを明らかにする。ゾンビを特定の毒物(テトロドトキシン)の薬理作用に単純に関連づけることに、評者(池田光穂)は疑問を憶える が、ゾンビは荒唐無稽なファンタジーではなく、きちんと社会のメンバーが抱く恐怖や懲罰の概念に根ざしているということを解明してゆくプロセスは、フィー ルドワークの醍醐味を、読者の共感として再現してくれる。宗教現象の人類学の入門にぴったりの本だ(ディビスの「科学的証明」には疑問がおこり、彼のテト ロドトキシン説は、現在は誰も信用していない。研究倫理上の問題もある。それでもなお、当時ハイチで研究することの困難さを考えて再読すると、この本は(カルロス・カスタネダの「ドンファンの教え」問題とは別の意味での)スキャンダルにまみれているが、それなりに興味深い本なのだ。)。この本を読んでから、ハイチと西洋のポストコロニアルな歴史的見直しの書物である、スーザン・バック=モース『ヘーゲルとハイチ』を読んでみよう。ぜったいに面白いはずだ!!!
「死んだ者が墓から甦る。これがハイチの有名なゾンビだ。ゾンビにするには薬が必要だが、ハー ヴァード大学の人類学者・民族植物学者である著者は、その正体をついに解明する。だが、薬だけでは人をゾンビにできない。ヴードゥー教の秘術が関わってい るからだ。著者はその世界に踏み込んでいく。ゾンビにすることは正統な社会的制裁であり、その背景には蛇と虹を創造主とするヴードゥーの神話と世界観があ ることが、やがて明らかにされる。▲第1部 毒(ジャガー;「死のフロンティア」;カラバル説;白い闇と生ける死者;歴史の教訓;すべては毒にして毒にあらず) 第2部 ハーヴァードでの幕間(黒板の二つの欄;ヴードゥーの死) 第3部 秘密結社(夏、巡礼たちは歩む;蛇と虹;わが馬に告げよ;ライオンの顎門で踊りつつ;密のように甘く、胆汁のように苦く)」
第1部 毒
第2部 ハーヴァードでの幕間
第3部 秘密結社
ブロック、M. 1998 『王の奇跡』井上泰男、渡邊昌美訳、刀水書房.
専門の歴史書で、約80年ほど前に書かれた本なので、初心者には少し難解かもしれません。し かし、14世紀から15世紀にかけての西ヨーロッパの王様が、瘰癧(るいれき)という結核性の結節を按手(あんしゅ=手かざしをして軽くタッチすること) によって治療していたというエピソードを軸に、王様の聖性や王様がおかれた社会制度などとの関連を論じることにより、王様の権威(=王権)という、現代人 がいっけん理解することのできない権力概念が、どのようにして人々に理解されたを解明した書物です。治療というものが、治療者の権力性と深く関わるという 点を考えさせる書物です。
ルイス、I.M. 1985 『エクスタシーの人類学』平沼孝之訳、法政大学出版局
シャーマニズムや精霊憑依の宗教の社会人類学的分析の古典です。この書物の特徴は、事例が豊 富に取り上げられていること、そして(フランスのデュルケーム的素養を基礎にした)イギリスの社会人類学的分析が縦横無尽に行われていること。つまり、ト ランスや憑依を伴う宗教現象が、社会構造と成員あいだに広げられるダイナミックな関係——より具体的には、社会の周縁部において虐げられた弱者(女性や病 者)の社会への再統合のプロセス——として見事に分析されています。日本でのシャーマニズム研究は、エリアーデらが先鞭をつけたエクスタシー/憑依の類型 論、つまりシャーマニズムという宗教現象をタイプとして分類し、その分布のパターンを考察するなどの形態論への関心がつよく、社会人類学的な分析が欠ける 嫌いがありました。その意味でも、ルイスが先鞭をつけた社会人類学的視座を活かす実証研究が出てくることが期待されます。
レヴィ=ストロース、C. 1972 『構造人類学』荒川幾男ほか訳、東京:みすず書房.(特に 「呪術師とその呪術」と「象徴的効果」の2論文)
レヴィ=ストロースは構造主義人類学の創始者と言われ、文化現象を普遍的モデルの中に還元し て論じる傾向の強い研究者です。しかしながら「呪術師とその呪術」は、呪術が使われる社会的文脈と呪術の社会的機能の役割、そして、呪術的な説明のやり 方、失敗の取り繕い方、そして、呪術になる過程における知識と技術の探求の過程などが紹介され、普段のレヴィ=ストロースのような難解ではない、リラック スした説明が試みられています。他方「象徴的効果」はスウェーデンの民族誌学者がパナマのカリブ海沿岸に住むクナの産婆が難産の時に唱える呪文の分析で す。呪文の分析の古典としてはマリノフスキーのトロブリアンドの呪文の分析や、トロブリアンドとザンデの呪文の比較の中にそれぞれの社会構造を見いだそう としたエヴァンズ=プリチャードの論文などが有名ですが、この論文もそれに劣らず有名です。そして、その3つの論文とも日本語で読めるのが大変嬉しいです ね。
■ 時系列に応じた病気の経験・診断・治療の多様性の縮減と、それらに応じた研究領域分野(→「〈病む〉ことと〈治 る〉ことの社会的決定」)
□クレジット:無難に「〈病む〉ことの人類学:ブックリスト」としたが、僕の本当の気持ちは「みんなで病もうぜ、こわくない!!」にしたい気分だ
文献
〈さらにこの分野を深める文献〉これらの文献についてのレビューは本ページの冒頭にあります。