共同研究プロジェクト
価値の多元化状況における保健システムの変貌
平成16年度成果
研究代表者:池田光穂
本年度の研究は、(1)歴史的資料の収集とそれらの分析から再構成する「国民医療」の成立過程を、我が国と東南アジア諸国のいくつかの事例に則して明らかにすること、ならびに(2)社会システムにおける価値の変貌という観点からみた、これまでの国家・医療・福祉・身体・統治に関する既存の理論の再検討、という2つを目標にした。
まず、(1)の研究目標においては、我が国がアジア諸国の中では早くに西洋列強の植民地支配から自由になりつつ、西洋医学システムの導入を図り、伝染病対策ならびに壮丁の健康問題に起源をもつ、「国民の健康」管理システムを早期に確立したのに対して、東南アジア諸国は、植民地統治の一環として植民地医療システムが導入されることが根本的な違いになり、これらの要因の違いが今日における「国民の健康」管理システムの質的差異を形成していることがわかった。
(2)の研究目標においては、前者の研究と関連しながら、国家・医療・福祉・身体・統治に関する、厚生経済学(ポストケイジアンからアマルティア・センまで)、政治思想(M・フーコーやハバーマス)などの議論について理論的に検討した。全体的な研究の傾向としては、医療を国家にとっての不可欠な統治課題とし、国民がそれに関する議論に積極的に関与すべきであるという議論から、国家の役割が縮小化し医療や福祉は国家運営や国民統治にとって「不要な荷物」として見なされてくる転換過程を明らかにした。このような政治思想の潮流の変化は、統治医療に関する批判理論的な言説が衰退する現今の状況を見事に反映している。
我が国の医療社会学者や「生命学者」たちは、極端にミクロな実践の場でのアイデンティティポリティクスや「不毛な」文明論を展開しており、それらの潮流に抗する研究の重要性を強調し、次年度の研究に繋げたい。
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