バリ島の精神疾患に関する質問
解説:池田光穂
MYAOさんは電脳大教授の私に次のような質問をする。
MYAOさんの質問
バリ島のガムランの演奏者である少年を車で移動させようとした時に、かなり興奮状態になった 話を聞いたことがあります。これはバリの少年が自閉症だからでしょうか? なぜなら私が見聞きしたりしている自閉症と似ていると思うからです。文化人類学 の研究は、このような自閉症の治療や対策に寄与することができるのでしょうか。先生のご見解を聞きたいと思います。
【垂水源之介のお答え】
電脳人類大学の垂水源之介と申します。私の専門は医療人類学です。
以下に回答を
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(1)自閉症とパニック状態について
まずご指摘になられているようなパニック状態(=パニック障害)と「自閉症」には、そ れぞれ特に強い結びつきがあるとは実は正確には言えないのです。自閉症状に陥っている患者に何か無理強いをするとパニック状態になることがありますが、そ れは自閉症が直接の原因というわけではありません。自閉症の素因をもっている人に極度のストレスを与えることが直接の原因で、自閉症の状態になっている と、それが起こりやすいことを示すに過ぎません。自閉症ではない健常人でもストレスが大きいとパニック状態になることがあります。したがって、ストレスに 対するパニック症状の誘発は健常人と自閉症者と違いがでるのは、それらが質的な差ではなく程度(=刺激の量)の差に過ぎないということになります。また健 常人でも、パニックを誘発するストレスの刺激の程度(=閾[いき]値と言います)には個人差があります。
以上のことをまとめると、自閉症=パニック状態という考え方は適切な理解ではない(= 誤った理解)ということになります。でないと、このケースにおけるバリの少年は自閉症であるという、これまた誤った結論を導くことになるからです。
(2)人間はどのような状態におかれた時にパニック状態になるのか
それでは、自閉症であるなしにかかわらず人はパニック状態になることがあります。これ には、生物学的な要因と、その人にストレスを引き起こす心理的要因によって左右されます。前者の生物学的な要因とは、神経伝達物質に関係する抗精神薬など でパニック障害が引き起こされるために、パニック障害の症状には何らかの生理学的反応がおこっていると推測されています。後者の心理的要因ですが、これに は文化による影響つまりストレスを起こしやすい後天的な学習の結果が作用します。例えば、毛虫や爬虫類、あるいは他の小動物などで嫌悪感をもつだけでな く、パニックを起こさせるほどのストレスの原因になることがありますが、これは人間が育つ成長過程で学んでゆくものであることが指摘されています。これに も、もちろん個人差がありますが、これも成長過程や生育環境と深い関係があると言うことができます。
(3)バリの少年の不安はどうして引き起こされたのか?
これについてはグレゴリー・ベイトソン(1904-1980)と いう人類学者が『精神 の生態学(原題:こころの生態学への諸段階)』で次のように指摘しています(ベイトソン 2000:183)。バリ人のエートス(人間の個性や感情が社会 的に均質化された[=紋切型で反応する]状態)の中に方位への依存度が高い。言い方を変えると、つねに方位を意識するようにバリの人たちは育てられおり、 この方位感覚が乱されるとバリ人はパニックに陥り易いというものです。ベイトソンもまたそのような病理のケースの記述をしています。この方位というのは東 西南北の他に、上下の感覚も含まれます。それはまた、コンパスで示されるような方位ではなく、それらが社会的な上下関係(カースト)や身分などとも関連づ けられたり、日常生活における姿勢の制御、はては親と子どもの関係にまで拡張された高度な認知体系(コスモロジー)でもあります。だから交通手段になじみ のない少年は、方位概念が乱されてパニックになりやすい状態にあったと想像することができます。もちろん(1)で申し述べたように、それはバリの少年が自 閉症だからではありません。バリのかつての文化によって育った人が、新規に持ち込まれた慣れない交通手段によってパニック状態になりやすい状況がつくられ たからです。およそ1世紀におよぶ観光化が進んだバリ島では、さまざまな交通手段の受容により、そのようなパニックに陥りやすい人たちが減ってきたことも 事実です。最近の精神科医の中には、バリ人の精神構造は、他の文化に比べて精神症状に陥りやすいのだと考えることは誤りであるときっぱりと言っている者も おります(Denny Thong 1993)。
(4)不登校や引きこもりの解決に文化人類学は寄与できるか?
医学と違って文化人類学は、その学問の性格上、対象を治療したり、介入したりすること はありません。むしろ、生物学的に同じ神経組織をもつ人間が、文化の違いにより、まったく異なった症状を示すことに関心があります。トランス文化精神医学 という研究領域では、そのような違いについての研究が進められています。症状が多様になるメカニズムが解明されれば、症状を起こしにくくするような治療法 にも寄与することができるかもしれません。医学者と文化人類学者の違いは次のように言うことができるかもしれません。医学者でしたら、患者に介入する(す なわち治療する)ことを通して、患者の社会復帰を実現させようとします。しかし、文化人類学者だったら、患者を受け入れる社会制度や考え方に何らかの形で 介入しようとするでしょう。不登校者の中で、学習意欲があり、学校生活以外の日常生活は通常におくれる子どもがいたとします。その場合、彼/彼女(=文化 人類学者)は、学校の代わりになるような補完的教育手段を考えたり、学校に行かなければならないことがストレスを引き起こすような社会通念にもっと融通性 をもたせるような社会啓蒙をはじめるかもしれません。すなわち、病理を含めた多様性を認める寛容性が維持できるような価値観を生み出すような仕組みはない だろうかと考えるのです。もちろん、医学と文化人類学はあれか、これかという二者択一ような選択肢ではなく、お互いにその社会的意義を尊重しあい、相互に 機能することが重要です。医学者には文化人類学を、また文化人類学者には医学をもっと学ぶ必要性はあると(専門家の観点から自戒を含めて)考えます。
(5)最後に・・・
私は精神疾患ならびにバリ島の研究の専門家ではないので、十全なお答ができたかそれほ ど自信がありません。しかしながら(医療人類学の専門家として)大筋は妥当な見解を開陳したつもりです。また、このことについて答えるために、文献を読ん だり自分なりに理屈を組み立てることができたので、MYAOさんのご質問には大変感謝しております。
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なお、上述のお答は、回答者の見解であり、学会の公式見解ではありません。その点をご了承い ただくようお願いします。また、この回答に対するさらなる質問も承ります。
【出典】
ベイトソン、グレゴリー2000 『精神の生態学』佐藤良明訳、東京:新思索社。
Thong, Denny 1993 "A Psychiatrist in Paradise: Treating mental illness in Bali," Bangkok: White Lotus.
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