応用人類学専攻の卒業後の進路にかんする質問
【しつもん】
カナダ在住の文化人類学を研究する学生です。
応用人類学というものが欧米の学会内部でも近年認められるようになってきましたが、日本での 動きはどうでしょうか。わたくしは、これらを学んで卒業後は就職したいのですが、文化人類学を勉強した学生には、将来どんな職業があるでしょうか。 (2007年11月)
【かいとう】
日本文化人類学会への質問アクセスにどうもありがとうございました。
広報担当のひとりである池田光穂(大阪大学)です。以下にお答する内容は、会員の私の意見で あり学会の公的な見解ではないことを了解の上に読んでください。またこの回答はBCC:で学会の広報担当の責任者にも同送しています。
先に結論から申し上げますと・・・
(1)日本での応用人 類学への人気は少しずつですが関心は向上しています。学会では関連するシンポジウムなどがおこなわれるようになってきました。また国際協力機関に 就職したり、国際協力機関と連携する大学の研究室などが増えてきました。したがって「そのような動き」はあります。
(2)「文化人類学の知識を生かした職種」としては、国際協力機関の専門家、多文化共生の NPO活動従事、貿易会社、初等中等高等および社会人の教育関係者、マスメディアなどでしょうか。私は、日本の地方国立大学で10数年のあいだ文化人類学 で学生に卒論を書かせてきましたが、多くの学生が「物事を相対的にみることができる文化人類学を勉強できてよかった」と卒業時に感想をのべています。ま た、同窓会で卒業生においても、会社の営業についている人でも「調査実習の時のインフォーマントのお宅への訪問経験」などは役だったと言っていますから、 どんな職業についても役立つものと思われます。
(3)多くの文化人類学者は、世の中のさまざまな人に出会うことを職業的特色(特権?)とし ているので、自分以外の職業について貴賤の感覚をもつことが少ないからかもしれません。これは職業的エートスですね。人類学者は社会の中で適応しながら、 したたかに生きていくいろいろな人の生き方に感動しているのかもしれません。
(4)もし「人類学の知識と技能を」活かすためには、学部教育だけでは不十分で大学院に進学 して、本格的なフィールドワークに従事したほうがいいかもしれません。日本でまなべる大学院のリストは文化人類学会のホームページにあります。人類学は奥 が深く、その学問の喜びをかみしめるのに、時間がかかるというのも、多くの人類学者が同意してくれるでしょう。どうかカナダの大地(今は寒いでしょうか ね)での勉学にお励み下さい。
【以下余談】
応用人類学が「近年認められるよう」になった!という君の見解はすこし正確さを欠いてい るかもしれません。
応用人類学の歴史は古く、マリノフスキーはあのトロブリアンド諸島の民族誌を書き上げた 直後から、アフリカの食糧事情と食生活の改善について発言をはじめています。植民地統治の基礎資料収集という観点からでは、1930年代のイギリス社会人 類学は戦争遂行と密接に調査をおこなってきました(日本の海外における民族学調査にもそういう側面があります)。
北米では、第二次大戦中における戦時協力、また、戦後はマーシャルプランとの関連で、開 発人類学の基礎研究が一気に進みました。というわけで、文化人類学の応用との関わりは歴史的に深いことをまず認識してください。
特筆すべきことは、応用人類学[が何であるかという]パラダイムの認識は、1960年代 末のベトナム戦争協力に関する社会科学の政府機関への関与とそれに対する批判からはじまります。
それ以降、理論と応用を二項の対立として捉える、北米人類学じしんというネィティヴの [民俗的]認識が生まれたとみるほうが自然です[北米の外から北米の文化人類学の発展を眺めるとそのようにつまり「文化人類学的な相対化」に思えます]。