準PBL方式で学ぶ医療人類学:資料
第2回目 2007年5月26日
PBL医療人類学【4】
【説明】これはPBL医療人類学【5】のワークになる資料(出典のURLから引用——注釈つき)です。
1.ALSという病気の概略
筋萎縮性側索硬化症は、身体を動かすための神経系(運動ニューロン)が変性する病気で す。
変性というのは、神経細胞あるいは神経細胞から出て来る神経線維が徐々に壊れていってし まう状態をいい、そうすると神経の命令が伝わらなくなって筋肉がだんだん縮み、力がなくなります。
しかもALSは進行性の病気で、今のところ原因が分かっていないため、有効な治療法がほ とんどない予後不良の疾患と考えられています。
外国ではルー・ゲーリック病(アメリカ)とか、シャルコー病(フランス)とも呼ばれて います。
ALSではどこが障害されてくるかについて、図1で説明します。
脳で「口や手を動かしたい」と考えると、頭の中の運動神経細胞(上位ニューロン)から その命令が神経線維を伝わって下りてきて(この線維の束を錐体路といいます)、脳幹あるいは脊髄で次の神経細胞(下位ニューロン)に命令を伝えます。
そしてこの命令は実際に口や手につながっている下位ニューロンの神経線維を伝わって行 き、筋肉に到達します。ALSで障害される場所は、命令の乗り換えの場所(前角細胞)から始まる下位ニューロンと、脳から下りてくる上位ニューロンの両方 です。両方が障害されると、結果的に筋肉を動かすことが出来なくなってしまいます。
ALSの意味ですが、Aはアミオトロフィック(Amyotrophic)の略で筋肉が 縮むこと(筋萎縮)を云い、一般にこの病気がアミトロと呼ばれるのはここから来ています。
Lはラテラール(Lateral)の略で側部を意味し、脳から下りてくる上位ニューロン の束(錐体路)が脊髄の左右の側面(側索という場所)を通ることから来ています。
つまり側索は、脳から脊髄に運動をするようにという命令が下りてくる通り道のことなので す。
Sはスクレローシス(Sclerosis—註:原文に誤りがありましたこれが正しい綴りです)の略で壊れ たあとが硬くなって働かなくなってしまうという意味です。
したがって、ALSは筋肉自身の病気ではないし、手足に行っている細かい神経の病気でも ありません。
主に脊髄と脳の運動神経が変性し、脱落するために起こるものです。その結果、手が握れな くなる、舌がしわしわになって呂律(りょりつ・ろれつ)が回りにくい、飲み込みにくい、立ち上がりにくい、歩きにくいなどという症状から始まり、徐々に手 足が痩せていくことになります。
一般的には、はじめに手足が動きにくくなるタイプと、しゃべったり飲み込んだりとい う、口の中が先に動かなくなるタイプとがあります。
手足から先に動きにくくなる場合が4分の3くらい、4分の1くらいの方は口から始まりま す。最終的には手足と口の両方に障害が進みます。
次に脊髄の断面写真を示します。
図2(a)[省略]は交通事故で亡くなった正常な40歳の男性の脊髄(頸髄)です。組織 は染色してあるので、神経線維があるところが青く見えます。脊髄というのは首から腰のところまで脊椎という骨に囲まれていて、太さは親指くらいです。命令 は脊髄の側索を伝わって来て、前角で一度神経を乗り換えて手足に行っています。脊髄の真ん中から左右の下側あたりに広がっている部分を前角といいます。
図2(b)[省略]の脊髄は50代のALS患者さんの頸髄です。側索がかなり白く見える のは、運動ニューロンが壊れて硬くなっているからです。正常な人では脊髄の前角は蝶の羽を広げたように大きく左右に広がって見えますが、患者さんでは白く なって縮んできているのが分ります。脊髄全体の太さも、細くなって小指くらいになってきています。
図3[省略]は筋肉の横断面を染色して比較したものです。図3(a)の正常な方の筋肉 は、同じ太さの細い筋肉の束(筋線維)が集まっているのが分かります。
図3(b)はALSの方の筋肉です。ひとまとまりの筋線維がグループになって細くなって いるのが分かります。正常なところも残っていますが、集団で細くなったところはさらに細くなって壊れていってしまうので、力が出なくなります。
もし、筋肉自身に何か問題があるなら、いいところも悪いところも全体的にバラバラにいろ いろな太さの筋線維が見えるはずですが、筋肉に命令を伝えている神経はグループの筋線維を支配しているので、もし神経が壊れるとその先にある筋線維のグ ループが細くなり、筋肉は縮んでいくことになります。
症状の典型的なパターンとしては、どちらかの足の力がだんだん弱くなってきて、反対側 の足に広がり、次に手の力がなくなってくるというものと、手から始まって徐々に足に広がるものがあります。しかも手足では、からだから遠い部位の筋肉の力 がまず弱くなってきて痩せて来ます。
そして、そのうちに食物を飲み込みにくくなってくる、しゃべりにくくなってくる、という 症状が出てきて、からだ全体の筋肉の力が2-4年くらいで弱くなるために息苦しさを感じるようになります。
さらに進行すると、呼吸が困難になり、人工呼吸器をつけるというのが一般的な経過です。 また、手足の力がなくなるのと同時くらいに言語障害、飲み込みが悪くなるという場合もあります。
ALSは全身が動きにくくなる病気ですが、出にくい症状というものが6つほどありま す。そのうち4つを4大陰性徴候といいます。
筋肉の問題では、手足やからだ・顔が全く動かなくなっても目を動かす筋肉が最終的にある 程度は残ることが挙げられます。
また、尿道や肛門をキュッと締める括約筋も筋肉ですが障害は受けにくいのです。
すなわち尿や便が勝手にもれて、垂れ流しにはなりにくいということです。動き以外では、 知覚障害・感覚障害が起こりにくいことが挙げられます。
すなわち見たり聴いたり、あるいは冷たさや痛さなどを感じる感覚は最後まで残ります。
ですから自分では動けないけれども全て周囲の状況が分かってしまうということで精神的な ストレスは大きくなります。ただ、徐々に寝たきりになって行きますが、いわゆる“床ずれ”が出来にくいという特徴もあります。
ALSの推定人数は、今のところ日本で大体6,000名から7,000名くらい、難病 登録をしている患者さんの数は、平成16年度末のデータでは7,000名くらいと言われています。発症年齢は平均59歳、男性の方が1.5倍くらいの割り で多いという統計が出ています。
以上、ALSの概略を述べました。
2.ALSの診断
ALSは、手足の先の方の筋力が徐々に低下し動かし難くなり、それが他の部位にゆっく り拡大進行する場合に疑われます。
これらは下位運動ニューロンの症状です。筋肉の表面が小さく痙攣するのも症状のひとつで す。これは筋線維束攣縮といいます。さらに、手足だけでなく、しゃべりにくい、飲み込みにくいと云った、舌や口の中の筋肉の動かしにくさ(球症状といいま す)が見られてくるとALSがかなり疑わしくなります。
この場合、舌の表面がさざ波のように勝手に動いているのが見られます。
これらの下位運動ニューロンの症状に加えて、神経内科医が診察し、手足の反射が正常より も非常に出やすい状態になっている場合(上位運動ニューロンの障害があると現れるものです)は、ほぼALSと考えられます。
つまり、臨床的に、下位と上位の運動ニューロンが障害されている可能性が高い場合に ALSが強く考えられます。ただ、早い段階では部分的な症状だけですから、例えば片手の筋力低下のみというような場合は、診察だけでは診断は困難です。
ALSを特異的に診断するための検査法はありません。下位運動ニューロンの障害は、筋 肉に細い針を刺して筋肉の電気的な活動を調べる筋電図(針筋電図)で証明できます。
また、この検査では、明らかに筋力が低下してきていない筋肉においても、異常があるかど うかを調べることが可能です。ALSの場合は、症状が出ていない手足や舌の筋肉でも異常を認めますから、比較的早期で症状が強くない場合でも異常を検出す ることが可能です。
ALSの場合、筋電図以外に血液検査、脊髄・脳のMRI、髄液、場合によっては筋生検 (筋肉の一部をとって組織を染色して調べます)などを行いますが、これらはいずれもALSと似た病気を除外するために行われます。
変形性頸椎症、脊髄空洞症、ミオパチー(筋肉自体の病気)など多くの病気の可能性を検討 する必要があります。ALSでは、血液中のCKという物質が多少増える方もいますが、一般的な血液検査や画像所見では明らかな異常が認められないことが特 徴です。
したがって、症状、診察所見、検査を組み合わせて診断していくことになります。
(浜松医科大学第一内科 宮嶋裕明先生)
出典:http: //www.alsjapan.org/contents/whatis/index_2.html
PBL医療人類学【5】
【ワーク】 60分
[1]全員で順番に輪読(1人が他の人に聴かせる)してみよう。[20min]
[2]分からない読み方や用語を各人が列挙してみよう。[5min]
[3]全員で分からない用語が何であるかを検討してみよう。もしメンバーで知っている人がいたらその場で教えてあげましょう。 [10min]
[4]グループで討議して分からない言葉のベスト10を選出してみよう。[10min]
[5]それらの用語について調べるには、それぞれ具体的にどこにある、どのような資料を調べればわかるだろうか、考えてみよう。 [10min]
[6]グループ単位のプレゼンで発表する[4]と[5]について最終的に意見をとりまとめよう。[5min]
PBL医療人類学【6】
【ワーク】 70分
[1]ALS(Amyotrophic Lateral Sclerosis, 筋萎縮性側索硬化症)患者である中水さんと家族の看護をめぐるドキュメンタリーを見ましょう。[20min]
[2]中水さんがホームページに書いた患者の思い(以下の資料)について読んでみましょう[5min]。
[3]みなさんはドキュメンタリーを見ましたが、将来、以下に述べるいずれかの立場になるはずです。それぞれの立場におかれたつもりになっ て、それぞれどのような考えを持たれるか、みなさんと意見を交換してください。(a)患者、(b)患者の家族、(c)看護者・介護 者、(d)全く接点をもたない普通の市民。[35min]
[4]プレゼンのための準備をしましょう。[3]について答えるためです。[10min]
資料
中水浩貴のホームページ(http://tokunoshima.web.infoseek.co.jp/nanten/)より
PBL医療人類学【7】
【ワーク】 60min
PBL医療人類学【6】で議論したテーマを、看護実践の問題として、より深めて考えてみましょう。以下の資料は、中水さんの看護を担当し ている看護師のひとりの方のコメントです(出典は同じホームページ)。あなたは、看護学生の1年生として、ALSの看護において、どのようなテーマについ て最も興味を持たれましたか? どうして、それがあなたにとって重要なのですか? またこのテーマを今後深めてゆくためには、どのような勉強が必要です か? またどのような資料収集が必要ですか、どのような人たちと議論することが必要だと考えますか?
皆さんとワーク(=一緒に議論する)する前に、約5分間の時間をとってから議論をはじめてください。
【資料】看護師 中田ひとみ
(出典:http://tokunoshima.web.infoseek.co.jp/nanten/kaigo.htm)
● 授業蛙