ディスコミュニケーションとコミュニケーションデザイン
「ゴッフマンと情報公開とミートホープ事件」
[縮小版]
テーマ:"Goffman, Information disclosure, and MEATHOPE CO. "
今日は、あるコミュニケーションが破綻した状況(=ディスコミュニケーション状況にある時)に、その状況におかれた行為者がどのように状況を修 復してゆくのか(=行為者による新規のコミュニケーションデザイン)について考えたい。
取り扱う資料は多く、議論も一見複雑そうに見える。しかし受講生(院生・学生・社会人)は、本授業の教師が提供する資料の山が、いくつかの「単 純な論理」の偽装(camouflage)であることを見抜けば——学生の評価とは裏腹に教師の業界では授業に大量の資料を配布する者は未熟であると言わ れる——それほど難しくない。
いくつかの「単純な論理」とは、(1)一般的に社会集団は情報を統制するという性質をもつと長年のあいだ指摘されてきた。(2)現代の社会では 組織の情報公開は、その信用と組織内倫理を保証するために有効であり、また場合によっては不可欠だと言われている。(3)秘密の暴露はしばしばスキャンダ ルになるが、その重大さは秘密がもつトンデモなさ(eccentricity)よりも疑念が抱かれていた内容への類似性(fusibility)に相関を もつようだ、という3点に集約される。
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【課題】
以下の資料を読みなさい。この課題の出題者はグループ内での討論者に対して次のような点に留意した議論を行うことを期待する。なお、授業で おこなう議論は【問題1】だけでよい。【問題2】は討論後のレクチャーないしは授業終了後のウェブ(http://cscd.osaka- u.ac.jp/user/rosaldo/070413disCOM0a.html)で公開する予定である。
[問題1]
今日において常識化しつつある社会的組織の〈透明な情報公開〉の原則は、別項にあげた〈情報統制に関するゴッフマンのテーゼ〉に一見矛盾 するように思われる。
これは社会の組織化に関する我々の〈常識〉が変わったからであるのか——すなわち時代は〈情報統制〉から〈情報公開〉の原則に推移したか らなのだろうか。その場合は、〈情報統制〉から〈情報公開〉への「推進力」になったものはいったい何であろうか。
あるいは、それらの原則を適用させる[下位の]社会的範疇は、依然として存在するゆえに、この2つの行為原則は共存可能なのか。もし共存 可能であれば、どのような使用ルールが考えられるのか。もし、この問いかけが抽象的すぎるならば、資料に挙げているミートホープ、ウィキノミクス(=情報 技術の発達と参加概念の拡張によって提唱された新しい経済哲学)、経営学者による情報公開に関するエッセイなどの具体的事例において「〜の場合は〜すべき だ」という形で答えを出してください。
[問題2]
ミートホープ(牛肉ミンチ偽装)事件の報道において、ファミリー企業である田中稔社長[当時]が偽装の事実を認めなかった記者会見の席上 で突如として説諭した長男・田中等取締役[当時]の言動により、報道の焦点は偽装の有無ではなく、偽装の内容に焦点が移行していきました。記者会見での取 締役の言動やその後の経営するレストランの仕入れ中止[資料]という〈情報公開〉は、〈情報統制に関するゴッフマンのテーゼ〉からはどのように説明される だろうか。また仮想の問題として、これらの言動の背景にもし〈破壊的情報〉というものがあれば、それにはどのようなものが想定されるのか、考えてくださ い。
社会学的現実:〈情報統制に関するゴッフマンのテーゼ〉
「どんなチームでも、そのチームのパフォーマンスがつくりだす状況の定義を維持することをもって、あらゆる目標に優先する目標としている。この ような姿勢は、いつかの事実についてはコミュニケーション過多になり、他の事実についてはコミュニケーション過小を生じる。パフォーマンスが演劇化してい るリアリティの脆弱さとそれについて必要とされる表出的整合性は不可避である以上、パフォーマンスの進行中、もしそれらに注意が向けられれば、そのパ フォーマンスが人に抱かせている印象を混乱させ、そのパフォーマンスへの不信を招き、あるいは、そのパフォーマンスじたいを無用にするかもしれない事実が 存在する。このような事実は〈破壊的情報〉(destructive information)を提供するといってよかろう。以上のことから、多くのパフォーマンスにとってのひとつの基本的問題は、情報統制 (information control)の問題である。すなわち、現にオーディエンスに対して定義が行われている状況に関する破壊的情報を、オーディエンスに渡してはならないの である。言いかえれば、チームは秘密を保持し、その秘密を漏らさないでおかねばならない」(ゴッフマン1974:164 ただし訳文は変えた)。
【資料編】
■公的機関における公開原則
「この法律は、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を 図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に 資することを目的とする」(『行政機関の保有する情報の公開に関する法律(情報公開法)』平成11年)。
■内部告発者の法的保護
「(目的)第一条 この法律は、公益通報をしたことを理由とする公益通報者の解雇の無効等並びに公益通報に関し事業者及び行政機関がとるべ き措置を定めることにより、公益通報者の保護を図るとともに、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令の規定の遵守を図り、もって国民生 活の安定及び社会経済の健全な発展に資することを目的とする。
(定義)第二条 この法律において「公益通報」とは、労働者(労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第九条に規定する労働者をいう。以 下同じ。)が、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく、その労務提供先(次のいずれかに掲げる事業者(法人その他の団体 及び事業を行う個人をいう。以下同じ。)をいう。以下同じ。)又は当該労務提供先の事業に従事する場合におけるその役員、従業員、代理人その他の者につい て通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしている旨を、当該労務提供先若しくは当該労務提供先があらかじめ定めた者(以下「労務提供先等」とい う。)、当該通報対象事実について処分(命令、取消しその他公権力の行使に当たる行為をいう。以下同じ。)若しくは勧告等(勧告その他処分に当たらない行 為をいう。以下同じ。)をする権限を有する行政機関又はその者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するた めに必要であると認められる者(当該通報対象事実により被害を受け又は受けるおそれがある者を含み、当該労務提供先の競争上の地位その他正当な利益を害す るおそれがある者を除く。次条第三号において同じ。)に通報することをいう」(『公益通報者保護法』平成18年施行)。
■「牛肉ミンチの品質表示偽装事件」の発端
「2007年6月20日、北海道加ト吉(加ト吉の連結子会社)が製造した「COOP牛肉コロッケ」から豚肉が検出されたことが報道された。 加ト吉が事実確認を行ったところ、北海道加ト吉には原料の取り扱いミスはなく、ミートホープの責任者は加ト吉に「納入している牛肉に豚肉が混ざっていた」 と報告した」。
出典:ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/wiki/ミートホープ)
■報道事例——記者による腹話術(ventriloquism)風の「内部告発者の語り」
[リード]ミートホープ元幹部が告発「私は農水省を許さない」
「肉ならば何でもミンチして混ぜて、牛肉と偽っていたミートホープ。偽装牛肉、賞味期限切れ、水増し牛肉と、不正は底なしの様相を呈してい る。元幹部の生々しい告発——。
私は去年の4月、苫小牧市にある農水省北海道農政事務所の出先機関にミートホープの偽装牛ひき肉のサンプルを持ち込み、「調べてくれ」と 言いました。もう我慢の限界だったからです。ミートの人間であれば、誰もが肉の偽装を知っています。工場には何百箱もの牛血球加工品が転がっていた。牛の 血で作った液体です。それをひしゃくで豚肉にかけるんです。投入原料日報を見れば、何を混ぜていたかも分かる。牛ひき肉コロッケ用には豚の心臓、牛の二度 びき肉。これは骨とか筋とかが入っていて、捨てる肉なんです。それを集めてきて入れていた。牛肉ダイヤ肉には舌フィーレ。これは舌の一番奥にある硬い肉 で、ふつうは使わない。鴨肉を混ぜたのは、中国の鳥インフルエンザで、中国産の在庫が売れなくなって余ったからです。肉にはホースで水をかけて、量を増や す。和牛とか北海道産牛とか納入したことになっているけど、倉庫のどこにもない。みんなが知っていたんです。
こんなことを続けていたら、いつか捕まると思った。だから、農政事務所を訪ねたのに、その対応は呆れるばかりでした。
私はミートホープでしかるべき役職にいました。その名刺を出して、担当者と話をした。出てきたのは指導係長でした。当事者の私が身分を明 かして、「ここの肉はおかしい」「話を聞いてくれ」と言っているのに、その係長は「誰が作った肉か分からないので信用できない」と言うのです。ガッカリし た私はその足で工場に戻り、今度は会社のシールを張ったひき肉を持って戻った。ところが、今度も門前払いを食わされたのです。
ミートホープの肉がおかしいと行政側に告発したのは私が初めてではありません。去年の2月にもミートホープのOBと思われる人が同じ指導 係長に情報提供をしている。このときも在庫に関する台帳や原料の表示などの資料を添付しているのに、「今後何かありましたらお願いします」で済まされてい た。
しかも、今度の問題が発覚して、農政事務所に抗議に行ったところ、指導係長は雲隠れし、課長は「出て行け」などと言う。私の告発もなかっ たことにされていました。
農水省は何事もなかったかのように「改善策」を発表して、済まそうとしていますが、冗談じゃない。こういう対応の役所に食の安全は任せら れません。
【2007年7月2日掲載】」 出典:ライブドアニュース(http://news.livedoor.com/article/detail/3222498/)
■報道事例——事実認定のための「客観的データ」の指摘
[リード]ミートホープ 肉に着色、水で増量か 偽装の実態が日報から次々
「【苫小牧】偽装「牛ミンチ」を出荷していた苫小牧市の食肉加工製造卸会社「ミートホープ」(田中稔社長)が、昨年七月に製造した製品で、 通常は製造過程で減少するはずの製造量が、逆に十キロも水増しされていたことが二十三日、同社の内部資料「投入原料日報」でわかった。製品に水を加えて増 量していた疑惑がある上、「牛ひき肉」の材料の半分近くに豚の心臓を使い、血液で着色するなどの偽装疑惑も浮上している。
昨年七月十四日付の「投入原料日報」によると、「ビーフパウダー」という商品は、機械に投入する原料の量が、豚の心臓「豚心」百八十キロ と二度びきした肉「牛2」二百八十キロの計四百六十キロだったにもかかわらず、製造量は原料より十キロ多い四百七十キロと書かれていた。
別の食肉加工業者によると、ひき肉の製造過程では、機械に肉がついてしまうため、原料に対し製造量が増えることはないという。ミート社は 鶏肉の場合でも「肉十五キロに水五キロを混ぜ、二十キロにした」との情報もあり、水で肉の量を増やす偽装がひんぱんに行われていた可能性もある。
北海道新聞社が入手した日報は、二○○六年七月五日から同十四日までの間の計八日分で、原価管理をするために、商品名や原料、製造量など 六項目を記載。同社の中島正吉工場長が「田中社長に原料について相談する時、自分がメモした」と認めている。
同じ七月十四日付の「十勝産牛バラ」ひき肉の原料は、「豚心」二百キロと、「牛2」二百八十六キロで、原料の四割を豚の心臓が占めた。元 従業員の男性は「豚の心臓とくず肉を細かくひくと、見た目は何の肉か分からなくなる。血液で赤く着色すれば、牛だと思ってしまう」と証言する。
また、同日付のオーストラリア産ビーフの原料欄には羊肉を意味する「ラムクズ」と書かれ、七月十二日付の牛バラひき肉の原料欄には「カモ ササミ」との記載もあった。この元従業員は「種類にかかわらず、余った肉でひき肉を作っていた」と明かす。
このほか、○五年十二月二十七日付の在庫管理表には、三カ月以上前の九月十日に賞味期限が切れた冷凍ウインナの記載もあった」。
出典:北海道新聞(http://www.hokkaido-np.co.jp/news/society/33982.html)
■報道事例
[リード]社長「偽装を指示」認める 7、8年前から牛ミンチに豚混ぜる
「北海道苫小牧市の食肉加工販売「ミートホープ」が豚肉を混ぜたひき肉を「牛ミンチ」として出荷していた問題で、同社の田中稔社長(68) は二十一日記者会見し「七、八年前からコストを下げるために牛肉に豚肉を混ぜるよう指示した」と述べ、自ら偽装を主導していたことを初めて認めた。前日ま での説明を一転させ、あらためて謝罪した。 ……
「本当のことを言ってください」。食肉加工販売のミートホープの田中稔社長が一転、関与を認めたきっかけは、長男である等取締役(33)の 言葉だった。
北海道苫小牧市にある本社二階の広間で始まった記者会見。報道陣から質問が浴びせられ、田中社長は不利な状況になると、次第に歯切れが悪 くなった。 「やったなら、やったと認めてください。あいまいな表現はやめて、本当のことを言ってください」。突然、沈黙を破ったのが同席した等取締役。泣きそうな 表情で田中社長の方を向いた。
田中社長は正面を向いたまま「(混入を)指示したことがある」とようやく認めた。……」。
出典:中日新聞(http: //www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2007062202026117.html)
■報道事例
リード:ミートホープから仕入れやめました 長男の飲食店が広告
「2007年07月04日08時01分 偽装牛ミンチ問題で、食品加工卸会社ミートホープ(北海道苫小牧市)の前取締役で、田中稔社長の長 男が経営するバイキングレストラン(本店・同市)が3日、「食肉の仕入れ先を信用できる業者に変更した」とする広告を新聞に掲載した。ミートホープの元幹 部は一連の偽装食品の一部がこのレストランに出荷されていたと証言している。
「お詫(わ)びとお知らせ」と題した広告は、94年の開業当時から、レストランがミートホープから肉などを仕入れてきたと説明。今後は、 原材料受け入れ時の品質点検や賞味期限の点検などを励行するとしている。レストランは、偽装が明るみに出た後、すでに仕入れ先を変更している。
ミートホープは田中社長の一家で役員を固め、長男も記者会見にたびたび出席していた」。 出典:朝日新聞(http://www.asahi.com/national/update/0703/TKY200707030496.html)
■所轄官庁の責任のなすりつけあい——泥仕合
リード:ミートホープ告発放置調査、事実上打ち切り 農水省と道[庁](2007年07月11日)
ミートホープの内部告発文書を渡したか否かで農林水産省と北海道が対立した問題で、両者が11日、札幌市内で協議した。両者は「これ以上 の調査は困難」との認識で一致。調査は事実上打ち切られた。/ この問題を巡っては、06年2月に内部告発を受けた同省北海道農政事務所が、同3月24日に告発文書を道庁に持参して担当者に手渡したと主張。道は「当 日、担当者は出張中だった」と受理を否定。双方の検証チームによる調査でも結論は変わらなかった。/ 3時間に及ぶ協議の後、道庁で会見した双方によると、出席した当事者からの発言はなく、互いに質問し合うこともなかったという。客観的に手渡しの有無を 裏付ける新たな資料が出ない限り調査を続行できないと判断したという。 見解が相違したままの決着について、同省の貝谷伸審議官は「組織として率直に反省し、おわびしたい」と話した。
出典:朝日新聞 http://www.asahi.com/national/update/0711/TKY200707110491.html(2007年7月12 日)
クレジット:[→初出オリジナルページはこちら]
「ディスコミュニケーションの理論と実践」第13回 2007年7月12日 ディスコミュニケーションとコミュニケーションデザイン 池田光穂