道具と人間の身体がつくる世界[2]
池田光穂
◆【先週の3つのワーク】……思い出してください(→「道具と人間の身体がつくる世界[1]」)
(1)あなたが日常使っている「道具」を思いつくままにあげてください。(先の「道具/ツール」の定義に縛られる必要はありません)
(2)道具とあなたの身体や意識との関係の中で、もっとも印象的であった経験をひとつ語って(=ここでは記載)してください。印象的であった経験と いうのは、かならずしもうまくいったということだけではなく、失敗や誤解などでも構いません。あるいは、あなたの身体や意識は、必ずしも個人的なものだけ でなく他の人や集団的なものでもかまいません。
(3)グループ討論を通して、前項でとりあげた経験を他の人にも披瀝し、それらの経験の多様性、それぞれのあいだの共通点や相違点を明らかにしてく ださい。グループ討論の結果の報告は、(i)さまざまな経験の要約、と(ii)討論をへて到達した何らかの抽象的(=理論的)な主張やまとめ、という2つ にまとめてください。 → 授業のフィードバックあるいは照会先(池田光穂):rosaldo[at]cscd.osaka-u.ac.jp
◆【ウォーミングアップ】
前回の授業のフィードバック(受講院生からの声:断片に加筆してあります)
・その言葉の〈曖昧さ〉に気づいた。
・自分の中でいろいろなものを連鎖して考えていくと、これは道具だが、これは器械だと思う、というように、決めている境界線があるように感じた。
・道具は使う人の愛情がこもっているのかも知れない。
・ふだん何気なく使っているものほど、もはや〈道具〉ではなく〈自分の体〉のように感じた。
・道具とは、ユーザーが違えばそれぞれの思い入れがある……工場で働いている人にとっては道具とは呼ぶには失礼な存在で、かなり愛情が入ったものだと……
・道具について、女性は似たようなものを挙げ、男性は道具のようなものが多く、全く重なっていないことが興味深い。
・道具・モノは……自分の分身のように扱うほど深い愛情が湧いたりすることに気付きました。道具への愛着が深くなればなるほど、単なる〈道具〉ではなくなり、それ以上のモノになるような気がしました。
・バイクは機械ではないかと思っていたが、部分で分割すると(スロットルはエンジンを回す道具、ブレーキはタイヤを止める道具など)、道具の集合体と捉えることができる、という主張はなるほどと思った。
・すごく深いものだなぁと思いました。……グループ討論ではいろいろな経験がでておもしろかったです。/違う研究科の人と話せてよかった!
・道具は、とても奥が深いですね。道具、機械、器具など、似ているようで[使用者が]言葉を直感的に使い分けている……その直感はまた、言葉にするのが難しいもので、ひとり一人の経験などに基づいているのではないか……。
・コミュニケーションツール
・久しぶりにグループ討論ができておもしろかった……脳がきもちよかった……。
・プリントに道具(工具)の絵がプリントされていたのが印象的やった。……思っていたよりも単純そうで[ママ]実は奥が深かった。……足としての道 具とかいった言い方をするなぁ……。[調理器具で]指を切ってしまうという話を聞いてちょっとぞっとしたが、指を実際に見せてもらうとちょっと色が白く なっていたが、再生してちょっとホッとした。
・[道具に]コトバを挙げた人にはびっくりです。/実体のある[道具]や、ないものがある。
◆【フィードバックのまとめ】
道具は身体の延長として意味づけられている。それゆえ愛着をはじめとして〈さまざまな感情〉を生起させる。また、道具という〈イメージの圏内〉のあ る側面では、ジェンダーによって微妙な違いがみられるようだ[あるいはそう感じる]。さらに、身体の延長であるにもかかわらず、上手に使えなかったり、場 合によっては〈使用者〉を傷つけたりするなど、あたかも〈裏切者〉のような自律的性格がある。そして視覚表象を通して、けっこう自己主張する!裏切る自律 性とは〈道具の硬さ〉と関係するのか?——だから義肢の境界面(=装着部分と反対の先端部分)は〈軟らかい〉? あるいはそれゆえ「〜に優しい道具」とい う商業宣伝が出てくるのだろうか?
命題A:「道具は身体に記憶=刻印され、それが独特の感情を生起させる」
命題B:「道具は身体の延長でありながら、時に身体(=主人?)を裏切る自律性をもつ」。
◆【余滴】
・道具や機械への〈愛情や愛着〉への言及では、缶コーヒー[JT社Roots,「朋子編」(全ては愛情によって動かされている)]のテレビCM [2007年10月頃放映]を思い出しました。そこで登場するのは作業着を着た男性たちで、メーターのついた金属の箱(洗濯機のサイズ)を「朋子」と呼び ます。
・道具の別名のひとつである〈モノ〉というカタカナ表現に私は興味を引かれます。男性向けの『モノマガジン』誌の表紙には"MONO"と大書きしてある。
◆【授業で使った紙芝居=ポスター】順不同
1.どらえもん・ひみつ道具完全大事典(小学館):メカニックのくせに「道具」とはこれいかに、その秘密はどらちゃんのポケットにあり。
2.北方先住民族の遺跡から出土した道具写真:工具の写真と同様、その配列に美的感性がうかがわれる。なぜか?
3.防災に必要な道具のイラスト:正確な方眼のなかに道具が配列されているが、心が動かされない。防災という発想に人間的アートという要素がない!——これは問題だ。
4.製本に使う道具:恐るべき分類と配列への情熱、美的センスも満点、これぞ人類の知的遺産(→北方先住民の遺物のディスプレイとの類縁性に注意!)
5.「男の道具」:色調、ディスプレイ方法、カメラアングル、アイテムなど、「これぞ男のアイテム」なのだが、一定の文法もどきの規則性があることに注意。道具がジェンダー性をもつということか。フロイト主義者も文化記号論者もよろこんで議論できる素材。
6.通販のそば打ちアイテム:なぜか既婚女性向きに「お子さまに出来立てお蕎麦をどうぞ」とは書いたコピーはみつからない。これもまた男性(それも中年以上の)のアイテム。なぜ、蕎麦に男性がはまるのか、ブルデューのディスタンクション理論を使って分析もできるだろう。
7.モノマガジン「業務用品」特集号:モノマガジンの定番は腕時計や万年筆なのだが、これは異色のヘビーデューティのワーカー用アイテム特集。これもまたジェンダーによって峻別された道具の典型である。
8.明治図書の道具の教科書の1ページ:本授業と同じような発想が日本の学校教育のなかでさまざまなかたちで実践されているのではないかということを示唆する一事例。現象学的な方法というべきか。
9.勝手道具はんじもの:重宣(しげのぶ、ca.1847-52)による、台所用具のなぞなぞとその解説。絵解きのエンターティメントと道具の用語の類推という点で、本授業に先立つ画期的な?教育アイテム!
クレジット:池田光穂、道具とはなにか?(あるいは道具力と実践知)、20071120現場力と実践知(9) 文責:池田光穂
◆授業のフィードバックあるいは照会先(池田光穂):
印刷用ハンドアウト(2007.11.20, pdf 314k)
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