鑑別
differentiation
解説:池田光穂
ふつう英語で differentiation とは、区別なのだが、これが医学とくに臨床医学になると「鑑別」という重々しい訳語になる。つまり、ある病人が患っている病気を、その蓋然性の判断にもと づいてあるものAからべつのものBを区分するということを鑑別という。
川喜田愛郎(1977上:324)がいうように、鑑別とは、存在論的(オントロジカル)病気観に立って、病人とはべつの存在的実体(他者=エイ リアン)を認める手続きである。
このため、存在論的ではない、べつの伝統的病気観である生理学的(フィジオロジカル)なものとして、つまり他者ではなく本人の変調として病気を 名付け分類する思考法とは、対立をなす。
鑑別診断は、患者にとって適切な治療法を探索する際に必要不可欠な手続きであるが、上記のような複数の病気観の伝統が西洋医学にもあるゆえに (そして、他ならぬ西洋医学がこのことに無自覚であるゆえに)さまざまな困難に直面する。
たとえば、水俣病審査会における水俣病認定において、鑑別診断が首尾一貫してこなかったのは、鑑別診断という客観的な概念を標榜しつつ、実際に は認定患者の数により補償額や企業・自治体・国家の責任という問題が表面化(=社会問題化)するために、実際には恣意的な政治的線引きが結果的におこなわ れたことに典型的にあらわれる。
鑑別は、病気観にもとづく認識論的判断なのであるが、そのこと自体がさまざまな外的な社会的要因に影響されるという点で、社会医学者には非常に 興味深い――あるいは心が痛む――経験をもたらすのである。
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