インドの家族計画からみるジェンダーと生権力
松尾瑞穂
●インドにおける人口「問題」
インド:人口増加率1.38%(2006年)、合計特殊出生率2.9(2004年)
(日本:人口増加率0.02%(2006年)、合計特殊出生率1.34(2007年))
●インド家族計画史
1952年 世界ではじめて家族計画(family planning)を国策として開始
1960年代 IUDアプローチ(女性への子宮内リング)
1970年代 HITTSモデル(ターゲット指向型):インディラ・ガンディー政権下における男性への半強制的手術
1977年 家族計画→家族福祉(母子保健との統合)、女性の重視
1990年代〜 ヒンドゥー至上主義政権下における「近代的ヒンドゥー」v.s.「後進的ムスリム」の指標としての家族計画
●村における家族計画
調査村:マハーラーシュトラ州プネー県村落(人口約3000人)
表1 家族計画の種類
種類 女性対象 男性対象
避妊具 IUD、経口ピル コンドーム
避妊手術 卵管結紮手術、腹腔鏡手術 精管切除手術
表2 調査村の保健所(PHC)における手術目標数と達成数
目標数 達成数
2001−2002年 348件 371件
2002−2003年 274件 375件
2003−2004年 333件 293件
2004−2005年 295件 251件
3年間(2002〜2005)の手術内訳
総手術数853件(うち卵管結紮手術70.5%、腹腔鏡手術25.0%、精管切除手術4.5%)
→女性95.5%(819件)、男性4.5%(39件)
●ある日の手術を受けに来た女性たち(2005.3)
1)A(22歳):マラータ、結婚5年目。就学経験なし。自作農(1.5haほど)。子どもは男児2人(4歳と1.5歳)。避妊経験なし。 家族みんなで手術をしようと決め、学校教師に今日手術があると教えられ、連れてきてもらった。経済的な理由により手術を受けたい。去年大雨が降って野菜は 全く収穫できず、畑を売った。自分たちが生きていくための土地が残っただけなので、これ以上子どもは欲しくない。
2)B(22歳):マラータ、結婚4年目。教育は8年生まで終了。夫は工場労働者、子どもは女児1人(3歳)、男児1人(生後3ヶ月)。こ れまで避妊経験なし。子どもは二人で十分だと夫婦であらかじめ決めていたので、自分自身も万一女児しかいなかったとしても手術をしたかった。最初の出産は 病院で、二度目は実家でした。今は出産のため実家に戻ってきている最中である。祖母が産婆なので、通常の出産であれば自宅出産で大丈夫だと思った。
3)C(22歳):新仏教徒、結婚3年目。7年生まで就学経験あり。小規模農業(0.5ha)兼日雇い賃金労働。子どもは男児1人(2.5 歳)、女児1人(生後1.5ヶ月)。調査村出身で、出産のため実家に戻ってきている。これまでに避妊経験なし。子どもを産んだらすぐに手術を受けることは 夫が決めた。子どもがたくさんいては「これ以上手が回らない、無視してしまうことになる(durlaksha honar)」ため。義姉もみんな手術をしているので、手術はごく当然だと思ってきた。
4)D (24歳):新仏教徒。結婚8年くらい。就学経験なし。日雇い賃金労働。子どもは男児3人(5歳、3歳、生後20日)。2人目のあとに保健所職員に勧めら れて一年ほど経口ピルを飲んでいたことがある。義父が手術するようにと決めた。自分も3姉妹4兄弟でキョウダイがたくさんいたが、「もうそんな時代ではな い」から手術を受けると言う。
5)E (21歳):ダンガル、結婚3年。夫は牧畜、日雇い労働。自分も仕事があるときだけ日雇い労働をする。4年生まで就学。男児2人(1.5歳、生後12 日)。自宅で出産した。近所のお婆さんが助産術の心得があり手伝ってくれた。これまで避妊経験なし。手術は家のものが決めたが、実際に今日はどんな手術を するのか自分は知らない。「するまで何もわからない」。
6)E (24歳):ヴァダリ(bhadari)、結婚7年。日雇い労働。就学経験なし。男児1人(7歳)、女児2人(4歳、生後1ヶ月)。保育園教師に手術をす るように夫が説得され、夫が自分に言った。今まで避妊経験なし。自分も3人で十分だから、もうやめよう(atta bas)と思った。
7)F(21歳):マラータ、結婚4年目。女児2人(2歳、生後15日)。手術は家の人がみんなで決めた。夫は再婚で、最初の妻との間に息 子が二人(14歳と10歳)おり、「子ども」は家に4人となる。だから子どもはもういらないといわれた。避妊経験なし。夫は35歳くらいで、再婚だという ことは結婚する前から知っていた。
→平均年齢22.28歳、最後の出産直後に手術を受ける傾向
クレジット:「医療人類学入門」第11回(担当:松尾瑞穂)2008/07/01 授業配布資料(大阪大学)