わくわくする経験とは?
It was all happening, what's up?
以下の文章は、アップルコンピュータの創始者のひとりスティーブ・ウォズニ アック(Stephen Gary Wozniak, 1950-)が、1975年3月、ホームブリュー・コン ピュータ・クラブの第一回会合に出席した夜のことについて描写している。彼はある種の期待感を望んで参加したが、会合そのものは緊張感——ウォズニアック はいわゆる「オタク」で見知らぬ他人とうちとけるタイプではなかった——でいっぱいだった。つまり、会合ではみんなの興奮がわからなかったが、彼は家に 帰ってから時間的に遅れて(=タイムラグ)知的に興奮することになる。
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「メンロパークのガレージで行われた第1回会合には、30人ほどが集まった。寒い日で小雨がぱらついていたが、ドアを開けたままでガレージ 内に椅子を並べて座った。僕[ウォズニアック——引用者:以下同様]もそこに座り、話し合われていることにじっと耳をかたむけた。話題の中心は、売り出さ れたマイクロプロセッサー・コンピュータキット[ニューメキシコ州MITS社のアルテア]だった。
……
ま、ともかく、僕はびくびくするばかりで居心地が悪く感じていたけど、そのときとってもラッキーなことが起きた。1人がデーターシートを 配ってくれたんだ。カナダ企業が作った8008というマイクロプロセッサーの技術仕様が書かれた紙だ(このマイクロプロセッサーは、当時のインテル 8008をまねたクローンだった)。僕は、これで少しは新しい知識が手に入る、まったく無駄ってわけじゃなかった。
その夜、もらったデータシートを眺めていたら、メモリー内容をAレジスターに加える命令があることに気づいた。何だよこれ、ちょっと待って くれって思ったね。メモリー内容をAレジスターから差し引く命令もあった。
えーって感じさ。だからどうしたって思う人がいるかもしれないけれど、この命令が何を意味するのか、僕はよくよくわかっていた。……高校時 代から大学にかけ、紙の上でミニコンピュータの設計をくり返していたころ、僕が使った命令とまったく同じだったからね。あのころ紙の上で設計していたミニ コンピュータ、それとほとんど同じものが、目の前に説明されてるものだったんだ。
……
とにかく、その瞬間、僕はアルテアとは何かを理解した。会合でみんなが興奮して話していたコンピュータが何であるか。5年前僕が設計したク リームソーダ・コンピュータと同じものなんだ。ほとんど同じ。違いと言えば、アルテアはマイクロプロセッサーと呼ばれるCPUを一つのチップで実現したも のを使っており、僕のは複数のチップでCPUを構成していたことくらいだ。
……
そのとき、その場[=彼の家と思われるが事後的な語りで表現のなかにしばしば時空間が圧縮している]で僕は決心したよ。昔から望んできた完 全なコンピュータを自作[=商業化]するんだってね。マイクロプロセッサーさえ手に入れられれば、超小型のコンピュータをつくり、そこでさまざまなプログ ラムを書くことができる」(ウォズニアック 2008:205-209)。
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「チップの取り付けには、必ずソケットを使った。僕はソケットを信望していたからね。エレクトログラスで仕事をしていたとき、はんだ付けさ れたチップは故障したとき交換が大変だって思いついたからだ。おかしくなったチップを簡単に取りはずし、交換できるようにしておきたかった」(ウォズニ アック 2008:220)。
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「まず、電源を供給する。キュービクル近くに設置されていた電源から電力を供給し、信号をオシロスコープで確認した。1時間くらいでマイク ロプロセッサーが動かない原因をいくつか発見した。……僕はあきらめずに作業を続けた。だって、自作した電子機器の問題を解決しようとしているときの僕 は、いつも最高にわくわくしてるんだ。だから僕は作業を続ける。もちろん、同じようなことを何度もしなければならないんだから、イライラしたり頭にきたり がっくりきたり、疲れたりするよ。でもどこかで最高の瞬間が訪れるんだ。全部、解決する瞬間がね。この時も最高の瞬間まで到達した。マイクロプロセッサー が動き始めたんだ」(ウォズニアック 2008:223)。
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「あのころはとにかく幸せだった。アップルでお金が儲かるって思っていたわけじゃない。そんなの考えたこともなかった。僕の頭にあったの は、さあて、マイクロプロセッサーで何ができるのかがわかったんだから、ここからいろいろ発展させられるぞって考えだった」(ウォズニアック 2008:243)。
Original 1976 Apple 1 Computer in a briefcase. From the Sydney
Powerhouse Museum collection
【問題:ヴァージョンA】
ウォズニアックは、ホームブリュー・コンピュータ・クラブの第1回会合に「ほんとうに参加した」と言えるのだろうか? もちろん「本当に」 をどのように定義するかということを明確にしないとグループ討論の場合、混乱することは必定だが。しかし「本当に」というのは動詞を修飾する副詞で、出題 者が討論参加者のみなさんに「本当に」聞いてみたいのは「参加する」ということは、どういうことかということである。とりわけ、参加するということの時間 性、すなわち参加というものは、いつ始まって、いつ終わるのだろうか? あるいは言い換えると「参加という行為を示す動詞を、どのような時間感覚が含ませ つつ、みなさんがどのように説明できるか」ということだ。
【問題:ヴァージョンB】
以上の文章(=情報)から、行為者が「ある経験」を「わくわくする経験」に変える時に、その人にいったい何がおこっているのか考察してみよ う。
感情経験を含む共時的な現象として、ある人が経験を振り返った時に事前の現象の中に事後的な生起をもたらすなにかの理由をもとめる説明(= 因果的推論)として、またあることを成し遂げるための持続的な感情経験として、考えてみるのはどうか?
【文献】
ウォズニアック、スティーブ『アップルを創った怪物』井口耕二訳、ダイアモンド社、2008年
コメント:さすが品格のない書肆のいけ好かない邦題だが、原著(ネットで読めます)のタイトルは洒脱なポストモダン と中世的なタイトルのハイブリッドで興味深い。Wozniak,Steve with Gina Smith, 2006. iWoz : computer geek to cult icon : how I invented the personal computer, co-founded Apple, and had fun doing it. New York:W.W. Norton & Co.。
HOMEBREW AND HOW THE APPLE CAME TO BE by Stephen Wozniak
【課題編】
【リンク】
Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099