はじめによんでください

テロリズム

political terror, terrorism

解説:池田光穂

テロリズム(terrorism)とは、政治を遂行するために恐怖を手段として利用すること。テロリズムはしばしば恐怖政治(=恐怖の運用形 態)と呼ばれることがあるが、その語義に従えば恐怖主義(terror + -ism)、すなわち恐怖を手段とす る一時的、恒久的統治手段あるいは思想のことをいう。テロリズムを手段として利用する者をテロリストと呼ぶ。

通常の用法では、恐怖は、広義の暴力や権力とアナロジーされることがあるので、このような文脈で捉えれば、現実の政治はおしなべてテロリズム的 性格を内包する。しかし、そのようなことに無自覚になれば、恐怖を使うことが、政治の本来の目標を凌駕し、暴力や権力行使そのものが自己目的化するような 逸脱ケースを、テロリズムと呼ぶことになる。しかし、これは上のように、恐怖の運用形態に他ならず、「恐怖を手段とす る一時的、恒久的統治手段あるいは思想のこと」ことが忘れがちになる。いずれにせよ、テロリズムを常套的な手段として使うことのない人たちは、テロリズム の運用形態よりも、その運用概念において恐怖する。そのテロリズムの圏外では、人々はテロリズムを恐怖するだけでなく、嫌悪することが一般である。そし て、我々はテロリズムを非難する立場——テロリズムは全体主義と同様に合理的精神で管理することが困難な代物である——から、テロリズムやテロリストと、 敵対する政治党派やグループを価値判断し、かつスティグマ化して使うことに慣れている。そのため、テロリズムやテロリストは、負のレッテルとして世間に流 布することになる。

その意味で、現代のテロリズムの用法は、かつてのスターリニストたちが、いわゆる極左冒険主義をトロツキストと呼び慣わしたことと類似してい る。そ の意味ではテロリズムは、逸脱した政治的マイノリティを呼び慣わす用語になっていたし、また現在でもそうである。つまり、テロリズムとテロリストは、それ を呪う立場からの罵倒語に他ならない。

また、ファシズム期のドイツやイタリアも、政治の手段として恐怖を存分に活用——冷戦期にはCIA [1947-, former OSS, CIG, OPC]やKGB[1954-1991]などにそれらの技法が転用と応用——したが、これらの政治体制は全体主義やファシズムと呼ばれて、テロリズムの独 自のテーマとして扱われることがない。たぶん、ファシズム分析の古典的概念になっているヘゲモニーを再定義したアントニオ・グラムシなどの影響で、ファシ ズムは恐怖による支配よりも合意に基づく——あるいは合理性と思われる概念や手続きによる——支配であると考えていたからであろう。したがって、この場合 のテルール(テロル、恐怖)は、政治的小集団による手段という意味にまで極小化していた。もちろん、高度に組織化した国家が恐怖を使って統治する現象が現 実になくなっていたというわけではない。

今日の世界最大のテロリスト団体とは CIAである。ご存知のようにCIAの近年の目標は(ならず者国家を取り締まるために)テロリストと戦うアメリカ流の正義の組織という体裁になっている が、その敵のテロリズムに対抗するためにみずから(事実上、「正義の」)テロリスト組織になってしまったからである。なぜCIAがテロリスト組織になった のかは、CIAの形成史からも理解することができる

Historical Evolution of the CIA

にも関わらず皮肉なことに、テロリズムの語源であるフランス革命末期マクシミリアン・ロベスピエール権力掌握期のテルールの体制(Regime de la Terreur, 1793年6月2日〜94年7月27日)のように、政策遂行の目的というよりも、敵対派を封じ込めるという点で、統治目的のための粗暴な手段としての恐怖 の利用というのが、テロリズムが国家統治のためのお手軽な手段になることを示している。

北朝鮮と同様、広義の意味でのテロリズムを行使している国家と言えるジョージ・ブッシュ・ジュニア期(2001-2008)のアメリカ合衆国 が、反米国家の政治行使形態を「国家が支援するテロリズム」(state-sponsored terrorism)と呼び慣わしたことはよく知られている。合衆国によるこのようなネーミングは、本来はテロリズムというものを矮小化したいがためで あったのだろうが、結果的に国家統治手段としての恐怖が、潜在的な選択肢としていまだ健在であることを、民主主義国家そのものが認めざるえない状況を反映 しているのであろう。

医療人類学辞典

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