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コミュニティに基礎をおく参加型研究(CBPR)とは何か?

What is Community-Based Participatory Research (CBPR) ?

池田光穂

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コミュニティに基礎をおく参加型研究(CBPR)とは何か?

What is Community-Based Participatory Research (CBPR) ?

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター(CSCD)

池田 光穂

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研究と実践のジレンマ

    具体的データがないと行動できない[例:当事者の主張とは関係なしに〈貧乏〉である客観的証拠がないと憲法25条に根拠をもつ「生 活保護」 は発動されない]。社会のなかで動く実践家は、実践を正当化するために実証データが不可欠。

    他方で実践で多忙を極め、データを集めたり分析する時間も技量も再学習するチャンスもない。簡単なアンケートを発表すると専門家か ら十字砲 火を浴びて沈没してしまう(自らの畏れにより冒険が阻害)。

    ここでの問題は、研究と実践は本当に両立しないのか?ということ。

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CBPR

    CBPRとは「コミュニティにもとづく参加型研究=Community-Based Participatory Research」 北米では過去20年間のあいだに地歩を築きつつあるアプローチ(歴史的ルーツは半世紀以上前から.......)

    コミュニティ(=共同体)に介入を前提とする社会調査技法で、コミュニティのメンバー(=成員)の自己決定を最優先し、外部から参 与する専 門家の目的や意図をコミュニティとの合意をもとにするもの。

(リンク)コミュニティに根拠をもつ研究

コミュニティにもとづく参加型研究:CBPR

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概念の整理

    コミュニティ(=共同体)とは何か?(地域/成員の属性/アイデンティティ.......)

    参加とは何か?(意図・意識/活動・実践/アウトカムの我有・共有)

    研究とは何か?(真理探究/自己目的/有効性/応用展開)

    これらの組み合わせで多様なCBPRの理念が形成されてきた。


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ルーツ

    ソル・タックス(Sol Tax, 1907-1995):アクション人類学:問題解決を求める人々に研究者が参与し、研究者もその過程から学ぶ。

    ウィリアム・F・ホワイト(1914-2000):組織論・都市社会学:人々が組織のなかで働く過程には再構成という創造的側面が みられ る。(William Foote Whyte)

    パウロ・フレイレ(Paulo Freire, 1921-1997):識字教育・成人教育学:抑圧された人たちが自らを解放するために内省的実践(praxis)をおこなうことができる。


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左上段より:ソル・タックス(2葉)、フォックス/プロジェクトのデイビッド・オールド・ベア

左下段より:ウィリアム・ホワイト、パウロ・フレイレ

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CBPRのプロセス(1/2)

      1.居住地域内の保健問題の解決を研究者が着想する。この時点では具体的対策がない。

      2.研究者がコミュニティメンバーと接触しCBPRの委員会メンバーを組織する。

      3.委員会は地域内での解決すべき保健問題について列挙する。専門家は必要な情報は提供するが特定の問題解決を誘導することはしない。

      4.〈民主的討議〉を経て合意にもとづいて解決すべき保健問題を選定する。



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CBPRのプロセス(2/2)

    5.委員会は保健問題を解消するための具体的な資料あつめを実践し、さらに具体的な到達目標や方法論を選定する。(資金調達) [Plan]

    6.人々を動員して実際に行動する。[Do]

    7.委員会は行動の結果を検証する。[Check]

    8.検証した結果の改善を試みる。[Action]

    9.委員会は5.のプロセスに戻りPDCAのサイクルをまわし、当初想定した期間(あるいは半永久的に)これを繰り返し実践する。


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9.
CBPR as PDCA



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10.

CBPRに関する学習理論

    問題にもとづく学習(PBL, Problem-Based Learning)

    最近接発達領域(ZPD, Zone of Proximal Development)

    実践共同体(Community of Practice);正統的周辺参加(LPP, Legitimate Peripheral Participation)


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11.

問題にもとづく学習 (PBL, Problem-Based Learning)

    「問題にもとづく学習とは、問題の提示が学習をやる気にさせるような、あらゆる[形態の]学習環境のことである。そこでは、参与者 たちは何 か知識を学ぶ以前に、すでに参与者たちにある問題が与えられている。自分たちが問題を解くことができる以前に、参与者たちじしんが何か新しい知識を学ぶ必 要があるぞ、ということを参与者たちが発見するように、まさに問題が[参与者たちに]し向けられているということなのだ」

    http://www.chemeng.mcmaster.ca/pbl/PBL.HTM(翻訳)の学生を参与者に改変した


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12.

最近接発達領域 (ZPD, Zone of Proximal Development)

    他者(=なかま)との関係において、あることができる(=わかる)という行為の水準ないしは領域のことである。

    我々には、(a)他者の助けなしにわかる(=やれる)ことと、(‾a)他者の助けがなくてはできないことがある。

    (‾a)他者の助けがなければできないことのなかには、(b)みんな(=同じような学習者)と一緒であればできるようなことがらが ある。一 般的に、みんなと一緒にできることのレパートリー(b)は、ひとりできること(a)よりも広範囲におよぶ。このみんなと一緒にできることのレパートリー (b)は、ひとりできること(a)の差分(b - a, bマイナスa)を最近接発達領域(Zone of Proximal Development)英語のアクロニムでZPDと呼ぶ


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13.

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14.

正統的周辺参加 (LPP, Legitimate Peripheral Participation)

    状況的学習において、実践共同体=実践コミュニティに参与することを通して学ばれる知識と技能の初期のプロセスのことを、正統的周 辺参加と いう。

    実践コミュニティへの参加は、状況的学習の深度によりLPPから十全参加(full participation)に移行すると、モデル化されている。

    状況的学習は、外部表象化された〈知識や技能〉を学習者の内部に取り込むというメタファーで、語ったり理解したりすることのできな い学習へ の批判あるいは乗り越えるために、人工知能研究者であるジーン・レイブと人類学者エチエンヌ・ウェンガーが主張した。

    正統的周辺参加が成立するための場ないしは学習を成り立たせる構成主体は、実践共同体(実践コミュニティ)と呼ばれる。


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15.

CBPRに関係する実践論

    マルクス主義運動から生まれた革命の担い手(=プロレタリアート)である草の根育成や工作(オペレーション)

    W.E.デミング(1900-1993)が戦後日本の製造業界に持ち込んだTQC(Total Quality Control)

    1980年代のプライマリヘルスケア理念にもとづくコミュニティ参加の保健活動

    80年代後半のロバート・チェンバースらの参加型村落調査法(Participatory Rural Appraisal)


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16.

CBPR[PDCA]は永久運動か?

    どのような社会運動にも究極目標=テロス(telos)というものがある。

    テロスと現実のギャップに直面した時には、ジレンマの回避として、教理(dogma)を放棄することは稀で、(1)現実主義的修正 か、 (2)原理主義化、が二者択一で試みられることが多い。

    CBPRにも、現実直視型の修正主義派と理想優先の原理主義派の立場がみられる。


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17.

CBPRから我々が学ぶべきこと

    社会調査研究者との付き合い方

    a. 自ら調査対象としてデータを提供して研究してもらう(=被対象化戦略)。

    b. 調査対象としての自己主張をおこない、データや研究成果を要求する(=交渉戦略)。

    c. 第三の道として共同歩調をとり、さらにサービスの受益者との協働によるCBPRを実施。



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18.

この発表の学問的含意

    人文社会学の調査研究は久しく、(i)社会を客観的に外からながめる理論的ないしは価値中立的アプローチと、(ii)社会に積極的 に介入支 援する応用的ないしは実践的アプローチに二分され、それらが対立するものとして捉えられ、また両者はさまざまなレベルで論争を繰り広げてきた。

    これらの対立を調停するために考えられた応用学サイドからの代替的提案が「コミュニティにもとづく参加型研究=CBPR」である。

    ただしCBPRの経験をより豊かにするために現場での経験知の蓄積が求められているが、その分析手法はまだ開発途上である。


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19.

このセクションの中間まとめ

    理論/実務という二元論が抱えるジレンマの解消として、〈専門家〉から〈参与実践家〉への役割の転換という解決法がある。CBPR はその経 路のひとつである。

    私たちが社会的実践の具体的諸問題に直面したときに〈専門家集団のなかの専門家〉としての従来の関わり方から、〈仲介的実践家とし ての専門 家〉 への役割の転換という方法がある。CBPRはその関わり方のひとつである。


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20.
専門家、専門家集団の中の専門家、当事者=市民の関係の図

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21.

研究者は外からくる

    コミュニティにもとづく参加型研究(別名:コミュニティに根拠をおく参加研究)とは、コミュニティのメンバーとコミュニティ外から やってき た専門・非専門の参与者が、協働(コラボレーション)を原則としておこなう実践的な研究のことである。


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22.

コミュニティを最優先

    つまり、コミュニティ(=共同体)への介入を前提とする社会調査技法で、コミュニティのメンバー(成員)の自己決定を最優先し、外 部から参 与する専門家・非専門家の目的や意図をコミュニティとの話し合いにより民主的に決定するような研究手法である。


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23.

複合的問題を解決

    具体的には、喫煙、慢性疾患、ドメスティックバイオレンス、さまざまな疾患の公衆衛生上の問題、青少年の非行化などが、研究テーマ になる。 そしてコミュニティのメンバーがそれらのひとつあるいは複数の問題について、対策が必要であることを認識し、それに関する情報探索、学習、具体的な問題や 課題の析出、対策の立案、評価法に関する学習などの、一連の発展プログラムをもつようなものであり、それをコミュニティ外部からの操作という要素を極力排 しながらすすめる社会開発プログラムであると考えればよい。


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24.

歴史的ルーツ

    北アメリカ大陸では、すでに20年以上のあいだに地歩を築きつつあるアプローチで、その歴史的ルーツは半世紀以上にさかのぼれる。 クルト・ レヴィン(Kurt Lewin, 1890-1947)はアクション・リサーチという用語を1944-46年ごろに提唱し、社会的実践(social action)を引き出すための、アクション(行為)と研究の螺旋的運動形態として位置づけ、社会心理学上の理論をもちいて説明した。また文化人類学者ソ ル・タックス(Sol Tax, 1907-1995)は、1938年から62年まで、アイオワ州Tama において、先住民フォックス(メスクァキィ Mesquakie)インディアンの調査研究をおこなうのみならず、それが先住民の生活にどのように役立つのかについて、住民と調査研究に関わる学生との 交渉のなかで決定してゆくという研究手法を開発した。それは今日ではアクション人類学(action anthropology)と呼ばれている。


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25.

主体的意識化の尊重

    またパウロ・フレイレ(Paulo Freire, 1921-1997)はブラジルを中心にしてラテンアメリカの成人教育、とくに識字教育の経験(『抑圧された人たちの教育学』)からいわゆる批判的教育学 の立場を打ち出し、実践を生み出す自由の概念とそれを疎外する抑圧、知識を断片的に生徒に与えてゆく銀行型教育を批判し、意識化を通して、人間の相互了解 にもとづく対話にもとづく学習行動の重要性について力説した。


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26.

生産や流通ではなく協働

    コミュニティにもとづく参加型研究は、参加型というところに特徴をもつのであり、参加型(participatory)抜きのコ ミュニティ の要望を反映させる[→コミュニティにもとづく研究(サイエンスショップ)]、ないしはコミュニティにおいて調査研究するというフィールドワークとは、そ の方法論や内部者の行動において趣旨を異にする。


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27.

高齢化社会のデザイン

    これまでの高齢社会のデザインは、政策サイドの行政施策の提案や、その「よきイメージ」をアジア社会をモデルにすることを前提にし て、模索 されてきた。

    政策担当者は、統治上の課題もあり、高齢社会をデザインする必要性があることは言うまでもない。しかしながら、地域コミュニティの 変貌や崩 壊について、日々の生活実践を通して感じている現場の人々からみれば、政策サイドからの提案は、一方でばらまき行政タイプのパターナリズムか、住民のク レーム処理タイプのシビル・エンジアリング的な技術改良主義の間を揺れ動いているだけで、生活感覚にもとづくものとは程遠いものがある。


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28.

大学からコミュニティへ

    これまでの大学の研究者は、大衆(市民)に対する行政的視点を大衆(市民)に対する態度をもって軌を一にするか、あるいは普遍的で 画一的な 非現実的な社会変革モデルを提案するという「悪しき指導者」のままに甘んじてきた。

    そのような大学研究者に対して、コミュニティに基づく参加型研究(CBPR)について考えるのが、この調査型実践プロジェクトであ る。


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29.
これまでの研究(実線)とこれからの実践(破線)

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30.

3ステップの理念的展開

    (1)地域における高齢者(認知症者を含む)や障害者とそのケア提供者が、現場でどのような問題を抱えるているのか、現場で大学の 研究者が 耳を傾ける。

    (2)直面する問題の性質に関する分析を、参与観察者である大学の研究者は、当事者と同じ資格水準で考え、またそれに対する具体的 な行動指 針や計画などを立案する。

    (3)落下傘から降りてくるような調査研究や開発のための資金注入という古典的タイプの研究ではなく、地域コミュニティと当事者が 持続的に 高齢社会を運営・維持していくような、これまでの社会の価値観を尊重しつつ、さまざまな代替的方法を提案・実践すると同時に、それらの維持管理を持続可能 なものにする。


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31.
行政的関与者・実践的関与者・参与観察者

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32.

私の主張

    同業者の結束だけでは不十分だ!

    コミュニティと協働してやってみることが大切では?


Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099

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