開発民族誌
Development Ethnography
解説:池田光穂
開発民族誌(Development Ethnography)
◎開発アセスメントに無い手法
「プロジェクトの真の結果は,多くの場合,何年もあらわれず,私たちはそれを追跡し分析するための信頼できる手段をほとんどもっていない」(ノラン 2007:207)。
◎開発人類学者が知っていること、問題は事後的な関与である
「私たち人類学者は,受益者の世界観がプロジェクトの成功にとって決定的に重要であること,開発援助機関の文化も同様に重要であることを知っているが,これらの重要な要因を計画立案や評価に組み込むための効果的方法を発展させてこなかった」(ノラン 2007:207)。
◎開発の現場に関して未知のこと、つまり開発民族誌の必要性
「プロジェクトの立案や実施について書かれたものがあるにもかかわらず,プロジェクトが実際の進み具合や,ステークホルダーがさまざまなレベルで互いに意味と結果をめぐって交渉するやり方について,民族誌的には私たちはほとんど知らないのである」(ノラン 2007:207)。
◎開発組織の民族誌としての開発民族誌、だがそれはまだ実現途上である
「人類学者は,開発プロジェクトがおこなわれる文脈を検証し,プロジェクト計画の根底にある諸概念や前提を明らかにして,それらをふたたび組織文化 の問題,あるいは開発援助機関の動向に関わる問題に関連づけることにとりわけ適している。しかし,そのことが実践レベルでおこなわれたととはほとんどな い」(ノラン 2007:208)。
◎開発組織の民族誌としての開発民族誌は「厚い記述」からなる
「必要なのは,プロジェクト(開発計画)民族誌,すなわち,報告書に簡単に記載されるような結果を生み出すために,プロジェクトが日常レベルでどの ように進められているのかについての,詳細で長期的な分析である。こうした民族誌は,現状の開発関係文書に欠けている出来事についての厚い記述を提供する ことができる。さらにそれは,ステークホルダーのコミュニティだけでなく,援助実施機関やその上部組織をも含む全体的枠組みのなかにこの記述を位置づける ことができるのである」(ノラン 2007:208)。
◎プロジェクトの民族誌:アクター間の相互作用の多層化・多時間現象への配慮
「プロジェクト民族誌は,プロジェクトの実施や政策形成の詳細だけでなく,開発そのものの中核的プロセスを検証するために,人類学的手法を用いる。 あるプロジェクトの状況のなかですべてのアクターは合理的に行動しているが,各アクターは同じように考え行動するわけではない。この多文化的行動のシ チュー(煮込み)は,単に評価・評定目的の時間の薄切り(slice-of-time) 的なスナップショットとしてではなく,事業の全期間にわたって,そしてたぶんそれをも越えて,理解されなければならない」(ノラン 2007:208)。
◎プロジェクト民族誌の歴史的不振の原因:重要性の未発見と民族誌家へのこれまでの期待の帰結
「なぜこれまでプロジェクト民族誌はあまり見られなかったのだろうか。つい最近まで,ほとんどの人類学者は開発および開発プロジェクトを適当な研究 上のトピックとしてみなしてこなかった。プロジェクトに直接関わる人類学者の大半は,プロジェクトを形成ないし運営するために雇われるのであり,民族誌を 書くためではない。しかし,開発民族誌(いくぶんゆるやかに定義して)の有効性を示す例は,たしかに存在する」(ノラン 2007:208)。
◎開発民族誌:アクター間のゲーム的相互作用への着目
「開発民族誌の必要性はかなり高い。多くの開発援助機関で用いられているモデルは,プロジェクトが外的な規則と規準に沿って直線的かつ分節的なやり 方で計画・実施されうると主張する。しかしとれまでの長い経験からもわかるように,プロジェクトは相互作用であり,多様な価値,視点,利害をもったステー クホルダー間の複雑なゲームなのである。ゲームの進展に従って,プロジェクトに付随する意味が,アクター(参加者)間の交渉プロセスをとおして明らかにな る」(ノラン 2007:208)。
◎政策決定の形式モデルの限界
「行政における政策決定の形式的モデルは,政策決定がいかに起こるかを理解するととにあまり役立ちそうにない。目的は多重的かつ可変的であり,環境は不確かで時には両義的でさえある。もたらされる情報も不完全なものばかりである」(ノラン 2007:208-209)。
◎専門家と受益者に資する民族誌
「プロジェクト民族誌をとおして, 専門家(experts) と受益者がどのように意味を構築し,どのように彼らの問題を組み立て,どのように選択肢あるいは解決をつくり出すかについての理解を得ることができる。そ のようにしてはじめて,私たちは開発の結果を真に理解しはじめるのである」(ノラン 2007:209)。
◎プロジェクト民族誌の目的:プロジェクトそのものへ、と検証仮説の産出
「プロジェクト民族誌は, 2 つの特別な目的に役立つ。それはプロジェクトの発展と結果の生成過程に対して効果的であり,その過程でより広く検証可能な別の仮説を生み出す」(ノラン 2007:209)。
◎開発人類学者は事象の固有性よりも規則性やパターンに着目すべき:また対象も可変的なものである
「そうした民族誌を生み出すために,人類学者は自らが研究する状況の固有性を強調しすぎる傾向を抑制し,そのかわり規則性やパターン変数を発見し, 記述するととにも関心を寄せるべきである。また人類学者は,単一の民族集団あるいはコミュニティにのみ焦点をあてるよりも,調査の地平を拡大して,複雑に 絡み合うプロジェクトのステークホルダーを取り上げるべきである」(ノラン 2007:209)。
◎プロジェクトの失敗の当否に関わるのが開発民族誌だ、そのためには立論の正しさへの反省的探究は不可欠
「検証すべき論点,問題の範囲を拡大するととで,特定のプロジェクトがなぜ失敗したのか,あ るいはなぜ成功したのかについて,より正確に理解することが可能になる。こうした民族誌を比較・対照することによって,さまざまなプロジェクトの発展の根 底にある規則J性のパターンを理解することができるのである。しかし,より正確な社会的知識をもってしでも,そのととで開発計画立案が容易になるわけでは ない。逆にある特定の文脈においておこなわれるプロジェクト開発はより複雑になるだろう。またそれが,必ずしもより一般的なレベルでの問題解決に導くわけ でもない。ある状祝下でうまくいくプロジェクト(あるいはアプローチ)が,他の状況においてもうまくいくとは限らないのである。それでも,人類学の関与を より効果的なものにしようとするならば,文脈がプロジェクト開発に与える影響についての人類学的理解をより発展させ,精緻化する必要がある」(ノラン 2007:209)。
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