動物実験倫理講義録(=黒澤先生講義録)
解説:池田光穂
動物実験倫理講義録(=黒澤先生講義録)
このページの資料は、大阪大学大学院研究科向けの2010年度「研究倫理」の授業のうち「研究倫理・動物実験の現場から」(医学系研究科実験動 物学教室の黒澤努先生)の授業ノートから、池田光穂が(補筆して)まとめたものです。
■動物実験前史
・アリストテレス:『動物誌』『動物部分論』『動物運動論』『動物進行論』
・エラシストラトス(Erasistratos):気管と肺機能の発見:大脳と小脳の区分(→ブルタルコス『対比列伝』)
・ベサリウス(Andreas Vesalius, 1514-1564):臓器の生理機能
・ウィリアム・ハーヴェイ(William Harvey, 1578-1657):心臓機能の解明と血液循環の発見
■近代動物実験
・クロード・ベルナール(Claude Bernard, 1813-1878)『実験医学序説』:人体実験の容認:実験家の精神の自由(→ローバト・マートン)
・ルイ・パスツール(Louis Pasteur, 1822-1895):ワクチン、殺菌法(パスツール法)
・ロベルト・コッホ(Heinrich Hermann Robert Koch, 1843-1910):病原体三原則
■動物実験の種類
・安全性試験(全体のうちの8割を占めるといわれる):医薬品、化粧品、化学薬品、食品など
・教育
・研究
※EUは2009年に動物実験の廃絶を訴え2013年頃、すべての動物実験を禁止する目標をたてる。
■医学研究と動物実験
・基礎医学研究:薬理学研究、生理学、代謝機能研究、動物疾患モデル
・臨床医学研究:外科治療の実験台(手技に依存する以上は不可避か?:手術の失敗を軽減するために)、再生医学
・遺伝子改変動物研究:トランスジェニック動物、ノックアウト動物、遺伝子治療
■臨床研究での動物実験の必要性
・臓器移植
・癌診断医療
・脊髄損傷治療
・高血圧・糖尿病
・感染症
・慢性腎不全・慢性肝不全
■倫理的に問題をふくむもの
・遺伝子ノックアウト:生まれながらに病気をもつ。治療の可能性をもたない動物
・ランダムミュータジェネシス:発がん物質の投与:子孫に伝達する形態の観察:治療はできない
・ヒト=動物のハイブリッド:ヒト化マウス、ヒトキメラ動物
■人間による動物の利用
・食糧
・皮革などの資源利用
・人間の福祉:ペット、競馬、学校での飼育による情操教育(→屠畜のあることを理解させる意味も?)、動物園
・実験動物:医学的有用性
■動物の分類(Classification of Animals)
・Wild Animals 野生動物
・Domestic Animals 家畜
・Industrial animals: 産業家畜:Cattle, Sheep, Pigs, Chickens
・Social Animals (pet animals): 社会家畜:Dogs, Cats, Birds, Horses
・Scientific Animals: 科学家畜:Mice, Rats, Rabbits, GuineaPigs (Pigs, Dogs, Cats etc)
■家畜伝染病予防法
・殺処分規定:第16条次に掲げる家畜の所有者は、家畜防疫員の指示に従い、直ちに当該家畜を殺さなければならない。ただし、農林水産省令 で定める場合には、この限りでない。:1 .牛疲、牛肺疲、口蹄疲又はアフリカ豚コレラの患畜;2. 牛疫、口蹄疲又はアフリカ豚コレラの疑似患畜
■動物の意味付けの変化
・動物は可愛い:動物愛護運動:動物権利論:動物実験反対運動
■2010年九州地方での口蹄疫の流行の際に
・22 日未明、ニュースで、避難していた種牛6頭のうち1 頭の感染疑いを知った。まんじりともせず夜を明かし、「忠富士」と知って絶句した。「手を合わせて無事を祈っていた。かわいそうでかわいそうで…」
「宮崎県で発生した口(こう)蹄(てい)疫で、多数の牛や豚などの家畜が殺処分されていることに心を痛めた日田市十二町の玉川斎場(江田福 好社長)は、6月5日午後1時から独自の追弔供養祭を営むことを決めた。/「国からいくらかの補償金が出るようだが、命の大切さがないがしろにされている 気がする。処分されている牛や豚が本当にかわいそう」と江田社長。幼いころ自宅で飼っていた牛を処分し、泣きながら食べた幼時体験から「葬祭業を営む立場 から何かできないか」と考えたという。/自費で同斎場の大ホールに祭壇を設置し、生花と牛、豚の写真を飾る。話を聞いた市内の寺院や企業からも協力の申し 出があり、有志僧侶による仏式の法要を執り行う。参列者から頂いた義援金や志は全額、宮崎県に寄付し、「同県での供養のために役立ててほしい」と要請す る。/江田社長は「命の大事さ、尊さを考える機会になれば。賛同いただける方に一人でも多くお越しいただきたい」と話している」
出典:大分合同新聞2010年5月50日:http://www.oita- press.co.jp/localNews/2010_127517655858.html
■動物愛護運動のレパートリー
捨て猫、捨て犬の防止、動物シェJレターの運営、災害時の動物救済活動、新しい飼い主(里親)捜し、避妊手術の徹底普及、社会啓蒙活動、動 物愛護法制の強化、動物闘争(闘犬、闘牛)の禁止、動物実験の規制(反対)
■ピーター・シンガー(Peter Singer, 1946-)
オーストラリア、モナッシュ大、哲学教授、1985年IこIn Defence of Animals出版、動物の解放(Animal Liberation) 1975年の著者、オックスフォード大学留学中にベジタリアンに、その後の動物実験反対運動の象徴的存在、プリンストン大学教授:他方で、無脳児の人体実 験や臓器利用には、功利主義の立場から容認。
出典:(ウィキペディア日本語) http://bit.ly/rayw30
(Wiki English) http://en.wikipedia.org/wiki/Peter_Singer
■動物の権利論の特徴
・動物虐待防止運動とは一線を画する
・人種差別反対と類似:人間と動物の種の差異を超えた、動物のカテゴリー間の差別に反対する(動物実験反対・動物園の廃止・野生動物保 護):ベジタリアンとの関係(肉食の否定)
■動物実験反対言説
「人聞の病気を動物モデルを利用して研究することは、動物に苦痛を与えるだけでなく、人間の健康にとっても大変危険なこと」「動物実験の結 果からたくさんの致命的な過ちが繰り返されてきた」「動物実験以外の科学的でより信頼性のある方法が数多くある」「動物と人間のあいだには種差がある」 「霊長類の間でも大きな種差がある」「動物実験が信頼できる手法であるという概念は、動物実験の利害関係者が植え付けた考えであり、真実ではない」
■動物実験反対論者による「動物への危害理由」
「動物実験は人間の病気や怪我の治療の研究という名目のもと、動物を故意に病気にしたり、怪我をした状態にする」「ウィルスを接種したり、 神経病にするため、様々な状態を作り出す」「怪我の状態を人為的に作る」「骨を折られたり、人工臓器のために臓器を取られる」「また研究のための研究、そ のために単に解剖され、頭皮をはがされ、脳を刺激されて、その「反応を見る」ためだけの実験がある」
■動物実験反対論者の具体的行動
・世論に訴える(情緒的な戦術と理論的論戦など)
・情報公開法に基づいて、実験施設における動物実験の実数を把握する
・研究施設のみならず動物飼育・供給業者に監視や抗議
・動物実験に依存しない代替案の提案(専門家が少なく実質的に機能していない)
・動物保護条例の制定や改正のロビー活動
・監視と大衆プロパガンダ(日本の場合はテロ・破壊活動などの直接行動はほとんどない)
・動物管理法に改正に関するロビー活動
■破壊活動の実例
「欧米で、違法手段も使って過激な動物愛護運動を展開する英国の団体が、大阪大など日本の5大学の動物実験施設に侵入、内部を撮影したり資 料を持ち出したりしていたことがわかった。団体は6月に「日本の動物実験を暴露する」とインターネットで公開して「虐待」と非難。各大学は「事実無根」と 否定するとともに、警察に届け、防犯設備を設けるなど警戒を強めている」(朝日新聞:2002年7月2日)。
【詳報】「欧米で違法手段も使って過激な動物愛護運動を展開する英国の団体が、大阪大など日本の5大学の動物実験施設に侵入、内部を撮影し たり資料を持ち出したりしていたことがわかった。団体は6月に「日本の動物実験を暴露する」とインターネットで公開して「虐待」と非難。各大学は「事実無 根」と否定するとともに、警察に届け、防犯設備を設けるなど警戒を強めている。/この団体は、ストップ・ハンティンドン・アニマル・クルエルティ (SHAC)。動物実験に反対し、世界有数の動物実験請負会社、ハンティンドン・ライフサイエンス社(本社・英国)を閉鎖に追い込むために99年に設立さ れた。/ホームページで公開したのは阪大のほか、順天堂大、京都府立大、大阪府立大、関西医大の実験施設。「(実験動物が)金属棒で殴られ、虐待されてい る」「犬は声帯を切除され、施設内は毛や糞(ふん)まみれだった」などと批判している。/SHACは大学を狙った理由を「警備が甘いため」としている。/ 阪大によると、昨夏、外国人2人が英国人研究者の紹介状を持参し、施設を見学した。その後、研究者に問い合わせて紹介状は偽物と判明。ホームページの内容 から、2人が、別の施設にも侵入し、大学の研究者の実験ビデオを持ち出していたこともわかった。/順天堂大は、ホームページをきっかけに侵入に気づいた。 対策委員会をつくり、警備体制を強化するとともに、警視庁に届け出た。/「虐待だ」とされたことに、「実験は適正に行われている。ハンティンドン社とは関 係がない」(阪大)などと各大学は反論している。/ハンティンドン社は製薬会社の委託でサルやイヌなどを使って新薬開発の実験をしている。日本の大手製薬 会社の大半と取引があり、売り上げの約2割を日本で占める。/同社によると、SHAC幹部が社員に殺人予告をして懲役刑を受けた。また、同社の取引銀行な どを脅迫するなど、その過激な活動が英国で社会問題化している。/SHACは朝日新聞の取材に「調査手段は正当だ。頭を使って実態を暴露しただけ。今回は 日本の動物実験への攻撃の手始めだ。今後も多くの施設に入り、ハンティンドン社とかかわるとマイナスになると警告を送る」としている」。
出典:http://www4.ocn.ne.jp/‾animals/latestnews.html
文献:黒澤努「実験動物代替法と動物実験反対テロリズム」『薬学雑誌』128(5)741-746, 2008.
■日本の動物福祉関連法
・動物の愛護及び管理に関する法律
・実験動物の飼養と保管並びに苦痛軽減に関する基準
・文科省、厚労省、動物実験指針通知
・日本学術会議動物実験指針
・大阪大学※動物実験規程(※それぞれの研究機関が規定する規則)
・大阪大学医学部※動物実験規程(※それぞれの研究施設が規定する規則)
■動物の愛護及び管理に関する法律
(基本原則)第2条 動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみ でなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を慮して適正に取り扱うようにしなければならない。
■動物の愛護及び管理に関する法律(昭和48年法律第105号)(平成17 年改正)
第二十四条の次に次の一条を加える。/第二十四条動物を教育、試験研究又は生物学的製剤の製造の用その他の科学上の利用に供する場合には、 科学上の利用の目的を達することができる範囲において、できる限り動物を供する方法に代わり得るものを利用すること、できる限りその利用に供される動物の 数を少なくすること等により動物を適切に利用することに配慮するものとする。/第二十四条を第四十一条とする。
(平成18年6 月施行)(動物を科学上の利用に供する場合の方法及び事後措置)第41条第2項 動物を教育、試験研究文は生物学的製剤の製造の用その他の科学上の利用に 供する場合には、その利用に必要な限度において、できる限りその動物に苦痛を与えない方法によってしなければならない。
■文部科学省告示第七十一号(2006)
研究機関等における動物実験等の実施に関する基本指針を次のように定める。/1 教育訓練等の実施研究機関等の長は、動物実験実施者及び実験動物の飼養文は保管に従事する者(以下「動物実験実施者等」という。)に対し、動物実験等の実 施並びに実験動物の飼養及び保管を適切に実施するために必要な基礎知識の修得を目的とした教育訓練の実施その他動物実験実施者等の資質向上を図るために必 要な措置を講じること。
■諸外国の動物実験関連法規
・イギリス: Animals (Scientific Procedures) Act 1986
・米国:Animal Welfare Act as Amended(7 U5C, 2131 ・2156)
・ILAR 実験動物の使用と飼養に関する指針
・ドイツ:Section V Experiments on animals Article 7
・EU: Directives 86/609/EEC
■3Rs in -Animal Experimentation
■大阪大学動物実験規程動物実験計画書
・動物実験責任者、実施者
・研究の目的(目的、意義、必要性)
・動物実験等を必要とする理由
・特殊実験区分(他の法律での規制)
・動物実験の方法
・実験室
・飼養保管施設
・動物の苦痛軽減(苦痛のカテゴリー)
・安楽死の方法
■動物実験の国際標準化
・国際標準
・実験動物福祉論
・動物実験代替法学
■実験動物にかかる国際的枠組み
・実験動物学、実験動物科学ICLA5
・動物実験の方法、安全性試験の方法OECD 、ICH 、ISO
・実験動物福祉綱領 OIE
・実験動物の福祉 AAALAC International, ISO 10993 Part 2
・動物実験デー夕、安全性試験データGLP
・動物実験代替法:国際動物実験代替法会議
■OIE実験動物福祉綱領
・ OIE は狂牛病、トリインフルエンザ、口蹄疫などの防除に関して伝統的に権威のある団体
・近年動物福祉問題にも取り組み一昨年からは実験動物福祉に関する綱領を策定
・2010年5月の総会でこれが認められ、ここに実験動物福祉の初めての国際標準が制定
・我が国も(農林水産省所管)賛成していることから、この遵守のための国内法整備が開始
・動物愛護法の改訂時期が迫っているので、その際に国際標準が盛り込まれる可能性あり。
■動物実験における苦痛分類
・カテゴリーA:動物個体を用いない実験、あるいは植物、細菌、原虫、または無脊椎動物を用いる実験
・カテゴリーB:脊椎動物を用いる研究で、熟練した研究者や技術者が行ったときに、動物に対してほとんど、あるいはまったく不快感を与えな いと思われる実験操作を用いる実験
・カテゴリーC:脊椎動物を用いた実験で、軽微なストレスあるいは短時間持続する痛みを伴う実験
・カテゴリーD:脊椎動物を用いた実験で、避けることのできない重度のストレスや痛みをともなう実験。さらには麻酔薬や鎮痛剤、精神安定剤 を用いることのできない実験、長期にわたる潜在性のストレスを伴う実験操作や安楽死を適用できない実験操作も含まれる。
・カテゴリーE:麻酔していない意識のある動物を用いて、動物が耐えることのできる最大の痛み、あるいはそれ以上の痛みやストレスを与える ような実験措置をともなうもの。ここに属する実験は、それによって得られる結果が重要なものであっても行ってはならない。
■難病研究と実験動物
特定疾患〈難病)とは一般に不治の病ととらえられることが多く、国が難病対策として取り上げるべき疾病の範囲は、以下の2つの点に整理され ている。
1)原因不明もしくは治療法が未確立であり、後遺症を残す恐れが少なくないような疾病
例:ベーチエツト病、重症筋無力症、再生不良性貧血、悪性関節リウマチ
2)経過が慢性にわたり、単に経済的な問題のみならず介護等に著しく人手を要するために家庭の負担が重く、精神的にも負担の大きい疾病
例:小児がん、小児慢性腎炎、ネフローゼ、小児喘息、進行性筋ジストロフィ一、腎不全(人工透析対象者)
■ リンク
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