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認知症研究とロボットとの共存

Coexistence between Dementia Parson & Social Robots in the Context Participant Observation Culture


池田光穂

 研究のアウトライン

この研究は、文化人類学の方法論を用いて、現代の 日本社会が直面している心と身体をめぐる窮状(predicaments)を明らかにし、その改善にむかって専門家(科学者)が、「臨床」という用語で主 題化されている臨地的な現場において、どのような関係を取り結ぶのかについて探究するものである。ここで焦点が当てられるのは、認知症者——あえて「患 者」と呼ばせない——と関わる非認知症者の関係を取り結ぶコミュニケーション・ロボットについての研究である。コミュニケーション・ロボットとはここで は、遠隔装置で〈人間的エージェント〉から操作されている、あるいは操作されていると思われている、人型——広義の擬人化モデルも含む——あるいは人形の ような物体で、(実際に)有線あるいは無線で遠隔操作される〈コミュニケーション・エージェント〉のことである。具体的には、認知症者あるいは周囲でケア をする非認知症者が生活する現場(=臨床)に導入されたコミュニケーション・ロボットが、どのような影響関係をもたらすかを民族誌的に明らかにすると同時 に、老年精神医学や老年心理学において指摘されている、BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)を質的あるいは量的に解析し、コミュニケーション形態の変化について調べるものである。

実地調査を計画する際には、この研究テーマを例にと ると「ロボット開発研究者からなる研究室」と「認知症者へのケアあるいは支援施設での認知症者とその 支援者——これを非認知症者と呼ぶ——の相互作用」のマルチサイトの研究をおこない、文献等を参照にしつつ、その現場の当事者が抱く身体観や自然概念を描 き出すことに、我々は腐心することになろう。しかしながら、我々は日本という同じ文化の下位領域について研究するわけであるから、認識論的には、それらを 実践を通して相対化する枠組みも必要になろう。日本文化にどっぷりと馴染んだ我々当事者の観点を批判的に乗り越え、通文化的に相対化することに関する方法 論上の「技法」の開発が求められる必要があると感じられる。

認知症ケアの現場での当事者の立場と外部からの研究 的介入という立場を調停するために、私たちは、(a)サイボーグ(cyborg)と(b)「(一般) 倫理の人類学(anthropology of [general] ethics)」というポスト構造主義的な観点からの行動原理を案出し、この相互に葛藤する立場の克服を目指そうとしている。このようなアプローチをとろ うとする人類学者も現在は未だ少なく、その研究の発展が多いに求められるところである。

幸いなことに、本学には、情報通信技術、ヒューマン インターフェイス、運動系ロボット制御、認知的発達ロボット、さらには人型の自律ロボットなど、多角 的多様な研究室があり、日々、個々の技術革新に心を砕いている。研究申請者と、共同研究者(予定)は、すでにいくつかの研究室を訪問し、調査協力を得るた めの努力を重ねており、また研究調査の受け入れを表明(内諾)していただいている研究室もある。

また、障害者研究においては、コミュニケーションデ ザイン・センターの臨床部門は、これまで認知症患者への介護現場での支援や高齢者福祉施設での講演会 活動などの実績をもっているために、その研究現場へのアクセスには、さまざまな情報的ならびに人的ネットワークをもっているために、この研究に関して十分 な支援態勢を確保することができる。

 研究環境と事前準備

私は、大阪大学コミュニケーションデザイン・ セン ターにおいて過去7年間にわたり、全学の大学院生を対象にする臨床コミュニケーション教育に携わってきた。また私は、中米地域を対象とする先住民社会運動 の研究のほかに、応用人類学とりわけ医療人類学の研究に携わり、本学の人間科学部ならびに人間科学研究科の学部生および大学院生に身体の人類学や、多文化 間コミュニケーションにおける医療通訳行為に関する理論的ならびに応用的な研究に従事している。さらに、認知症コミュニケーションに関して、同僚の西川 勝・特任教授と共に、2012年4月からはその教育プログラムを起こしており、教育している。

研究の面では、医療人類学の観点から看護研究の専門 家と共に編著本『認知症ケアの新しい創造』(雲母書房、2010年)や、以上のことを総合した単著の 教科書『看護人類学入門』(文化書房博文社、2010年)も公刊した。認知症コミュニケーションに関しては民間大手企業の研究機関であるテレノイド研究者 と、認知症者にロボットを経由して遠隔操作でコミュニケーションする「ヒューマノイド」の研究グループと本年4月から共同研究を開始している。

 研究の重要性とその着眼点

(1)先進国、開発途上国を問わず、世界人口に 占め る高齢者の割合の急速な上昇。

(2)「BPSD=認知症の行動的心理的諸徴候」 (BPSD, Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)についての古典的な理解には「限界」があった。その理由は、認知症=痴呆症患者への捉え方や見方(=パラダイム)が古典的な病理モデル でよっていたせいである。

(3)認知症者と周囲(=環境世界、Umbelt)との関係に関するコミュニケーションについての行動観察のデータは、そのような認知症者に 関する新しい 把握と、病理モデルに変わる新しいパラダイムを要求している。

(4)このような、行動的心理的諸徴候(BPSD) に関する新しい見方は、認知症患者の把握を、心理的なものが行動という外的なものに現れる ことを通し て、スケールや目録記述(inventory)——後者はチェックリストで判別され、それらの多寡で症状のグレーディングをおこなうものである——で表現 されるものになっている。

(5)認知症者の把握は、その意味で先の「病理モデル」とは異なり「心理=行動モデル」と呼んでも差し支えないものになっている。

(6)「心理=行動モデル」は、病理モデルと完全に 別物というものではない。認知症の病理研究の成果の上にたち、薬物による著しい改善が見込 めない現在で は、病気の自然過程(natural course)あるいはそれにもとづく患者の予後航跡(prospective trajectory)を把握することで、介護や支援の現場での認知症者への「管理」を円滑にしようと試みられるものである。もちろん、この「管理」は、 行為者集団による善意によるものが前提になっている。

(7)コミュニケーション・ロボットによる、介入はこれらの、病理モデルにも、心理=行動モデルにもなじまない、コミュニケーション・モデル あるいは、環 境世界(Umbelt)モデルともいう発想からなりたっている。

(8)そのためには、認知症者をケアの対象となる 「患者」という身分から(すなわち、ケアする側が提供する認識論から)解放される必要があ る。認知症者 は、施設においても施設外においても、ヴァルネラブルな存在である以上、依然として保護や配慮の対象であることには代わりないが、認識論的には、認知症患 者から「患う」という要素を軽減し、「生きる」という面に変更して認知症者と呼ぶことを提唱する。

(9)認知症者の存在論は、その人その人の生活世界を生きているという点で、フォン・ユクスキュルのいう環境世界(Umbelt)を生きてい るという把握 をする。このような認知症者の存在論は、環境世界(Umbelt)モデルとして捉えられる。

(10)そして、認知症者の環世界にも、我々と同様、家族・知人・ケア提供者そしてそれ以外の社会の構成メンバーがエージェントして介在して いる。した がって、これらの環世界における認知症者の認識論上のモデルは、コミュニケーション・モデルということができる。

(11)コミュニケーション・モデルを採用した時に は、認知症者、非認知症者を問わず、人間は、コンピュータや非人間的な存在物(モノ、動 物、空想上の非 実体)をしばしばコミュニケーションの対象にしていることが、経験的に我々は知っている。したがって、認知症者や非認知症者にエージェントとして現れるコ ミュニケーション・ロボットもまた、コミュニケーションの対象に成りえる。



 BPSDをスコア化するモデルの歴史 (International Psychogeriatric Association, 2002:13 より)

1986

The Cohen-Mansfield Agitation Inventory (CMAI) focused specifically on behaviors such as hitting, pacing and screaming (Cohen-Mansfield et al., 1989; Cohen-Mansfield, 1996).

1987

The Behavioral Pathologic Rating Scale for Alzheimer’s disease (BEHAVE-AD) focused on specific symptoms in AD, different from those seen in other neuropsychiatric disorders, such as delusion that people are stealing things, fear of being left alone and fragmented sleep. (Reisberg et al., 1996).

1994

The Neuropsychiatric Inventory (NPI) has frequency and severity scales for behaviors common to AD, but also includes scales for other dementias (Cummings et al., 1994).

1995

The Consortium to Establish a Registry in AD (CERAD) Behavioral Scale focused on both behavioral and psychological symptoms (Tariot et al., 1995; Tariot, 1996).

 スマートフォンを差し込むだけで実現できるテレノイド・ロボッ ト

スマートフォンを差し込むだけで実現できるテレノイ ド・ロボットと書くと誰も信じることができない。しかしながら、この人型(幼児あるいはヒルコ型)のビーズクッションには、小さなポケットがありスマート フォンを差し込むだけで、遠隔コミュニケーションができる。スマートフォン実装をしたビーズクッションだけで、その対象を十分に〈エージェント〉化するこ とができる。写真は(右から)ロボット研究者の西尾修一氏と山崎竜二氏、ロボット(ビーズクッション)を抱いているのが、認知症ケア研究者で実践者でもあ る西川勝氏——大阪大学コミュニケーションデザイン・センター・臨床コミュニケーション研究室にて。

 当初クレジット:池田光穂、認知症研究とロボットとの共存(研 究計画案)

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2012年7月27日作成、豊中・大阪


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