ここでのパースペクティヴィズムとは、絵画技法における遠近法のことではない。ニーチェのパースペクティヴィズムとは、あらゆ
る主体は自分自身から視点や視座(=パースペクティヴィズム)を取らざるをえなく、その自己中心主義から逃れて、見られるものからの視点や視座から、自己
の主体やその他もろもろのものに眼差しを向けることを、感じたり、理解することの困難さを自覚する、思想上のアポリア(難問)のことを示している。つま
り、ニーチェのパースペクティヴィズムとは、見られるものからの視点や視座から、見
ているものを捉える見方であると、ここでは暫定的に定義できる。しかし、視点や視座を管理し、自分の自らのものにしていると考える意識は、
ニーチェによると「共同体的かつ群畜的な本性」に属しているので、いかに個人が視座を我が物としているように考えようとも「共同体的かつ群畜的な本性」の
ことに無自覚になっていることを「知る」ことも重要になる。
■ニーチェの遠近法/遠近法主義ノート[→オリジナ
ル出典は「人間機械論・再考」]
遠近法とは、パースペクティビズム・パースペクティヴィズム
(Perspektivismus, Perspectivism)のことである。
「現存在の遠近法的性格はどこまで及ぶのか、あるいはまた、現存在は何かそれとは別な性格をも有っているのか、解釈もなく、「意味(ジン)」もない現存在
はまさに「愚にもつかぬもの(ウンジン)」となりはしないか、他面、一切の現存在は本質的に解釈する現存在ではないのか。こうしたことがらは、当然なが
ら、知性のこのうえなく勤勉な・極めて几帳面で良心的な分析や自己検討をもってしても解決されえないものである。それというのも、こうした分析をおこなう
際に人間の知性は、自己自身を自分の遠近法的形式のもとに見るほかなく、しかもその形式の内でのみ見るほかはないからである。わわわれは自
分の存在する片
隅の周囲を見ることができない。そのほかにもどんな種類の知性や遠近法がありうるのかを知ろうとすることなどは、徒な好奇心でしかない」——ニーチェ『悦
ばしき知識』信太正三訳、374節、p.442.、1993
「意識は、もともと、人間の個的実存に属するものではなく、むし
ろ人間における共同体的かつ群畜的な本性に属している。従って理の当然として、意識はま
た、共同体的かつ群畜的な効用に関する点でだけ、精妙な発達を
とげてきた。……われわれの行為は、根本において一つ一つみな比類のない仕方で個人的であ
り、唯一的であり、あくまでも個性的である、それには疑いの余地がない。それなのに、われわれがそれらを意識に翻訳するやいなや、それらはもうそう
見えな
くなる。……これこそが私の解する真の現象論であり遠近法論である」——ニーチェ『悦ばしき知識』信太正三訳、354節、p.394.、
1993
■ 遠近法、遠近法主義、Perspektive,
Perspektivismus
- 「生存の遠近法的性格はどこまで及んでいるのだろうか。あるいは,生存にはまだほかに何らかの性格もあるのだろうか,解釈なき生存,〈意
味〉 (Sinn) なき生存とはまさに〈ナンセンス)(Unsinn)
にならないだろうか,他方から言えば,一切の生存は本質的に解釈する存在ではないだろうか」——悦ばしき知恵(#374)
- 「人間の知性はその分析に際して,自分自身を自らの遠近法にもとづく諸形式のもとで見るほかはなく,これらの形式のなかでしか見ることが
できない」——悦ばしき知恵(#374)
- 「遠近法的なもの」=「一切の生の根本条件」——善悪の序文
- 「あらゆる信仰,真であると思うことはいずれも必然的に誤りであるということ,これは,真の世界などというものはまったく存在しないから
である。すなわち、それはわれわれに由来する遠近法的仮象(perspektivischer Schein)
である」——遺稿(II.10.34)※( )内の読み方=白水社版 II 期、10巻、断片番号34
- 「私が理解する仮象とは,現実的で唯一の,事物の現実(Realität)
である。……それゆえ,私は〈仮象〉を〈現実〉に対置するのではなく,反対に仮象を現実として受け取るのであり,この現実は,空想の産物である〈真理の世
界〉への変容に抵抗するものである」——遺稿(II.8.480)
- 「われわれの空間と時間の知覚」は誤謬——『人間的』I.19
- 「われわれがいま世界と呼んでいるものは,一連の誤謬と空想の産物であり,それは有機的な生命体の全発展のなかでしだいに発生し,互いに
結びついて成長して,いまでは過去全体の蓄積された宝としてわれわれに相続されたものである」——『人間的』I.18
- 遠近法への影響関係では、ショーペンアウアー、やフリードリヒ・ランゲ(『唯物論史』)
- 「ニーチェが「遠近法」という表現を用いるようになるのは,彼がシュピーアやタイヒミュラーを再読した1885年頃からであり,しかも形
而上学の根本概念を「遠近法的仮象」として解体するという文脈においてである」——大石紀一郎『ニーチェ事典』55ページ。
- 「「存在」や「実体」は経験の誤った解釈によって成立した概念であるとされ「自己」や「主観」といった概念も「遠近法的仮象」であって
「見るときの一種の遠近法をもう一度見る行為そのものの原因として措定する」ことによって「捏造」されたものだという[遺稿11 .9.146,
215]——大石(55ページ)
- ヘーゲルの絶対精神=「危険な古い概念的虚構」で「能動的な解釈をする力」を欠く。——『系譜』III.12
- 「〈本質〉や〈本質性〉というのは何か遠近法的なもの」で、あって「根抵にあるのはつねに〈それは私にとって何か?〉(われわれにとっ
て,あらゆる生物にとってなど)という問いである」とされる[遺稿II .9.187]。
- 「従来の解釈はすべて生に対して一定の意義を持っていた一一生を維持し,耐えられるものにし,あるいは疎外し,洗練し,またおそらくは病
的なものを分離して死滅させるものであった」——遺稿 II.8.454
- 「動物界のある特定の種の維持と力の増大に関して有益であるという観点にしたがって」遠近法的に見られ,整えられ,選ばれること」——遺
稿 II.11.208
- 「真理とは,それなくしてはある特定の種の生物が生きられないような種類の誤謬である」——遺稿 II.8.306
→『権力への意志(下)』ちくま文庫版(#493)
- 仮象=唯一の現実、「この現実に対する特定の名称が〈力への意志〉であろう」——遺稿 II.8.408
- 「あらゆる人間の向上はより狭い解釈の克服を伴い,達成された強化と力の拡張はいずれも新たなパースベクティヴを開き,新たな地平を信ず
ることである」——遺稿 II.9.156
- 「世界の多義性は力の問題であり」——遺稿 II.9.163, 172
- 「すべてのものが生成であるとすれば、認識は存在を信じることにもとづいてのみ可能である」——『権力への意志(下)』(#518)
- 「遠近法的に見ることしか,遠近法的な〈認識〉しか存在しない,そして,われわれがある事柄についてます多くの情動を発言させ,ますます
多くの眼,さまざまに異なる眼を同じ事柄に向けるすべを心得ているならば,この事柄についてのわれわれの〈概念〉,われわれの〈客観性〉はいっそう完全に
なるであろう」——『系譜』III.12
- ニーチェの光学=遠近法(『生成の無垢(下)』番号92では、人間の認識を蜘蛛の活動と比喩して(!)遠近法=光学について
語っている)
- 「同一のテクストが無数の解釈を許容する。つまり,〈正しい〉解釈などというものは存在しない——遺稿 II.9.54
- Book of hours,
Flanders
ca. 1300 (Cambridge, Trinity College B.11.22, fol. 118v)
- 「真理
とは,それなくしてはある特定の種の生物が生きられ
ないような種類の誤謬である」——遺稿 II.8.306
- 擬人化
-
- ウ
ンベルト・エーコ「フィクションの登場人物についての考察(第3章)」『ウンベルト・エーコの小説講座』和田忠彦訳、とりわけ「アンナ・カレーニナのため
に泣くこと(Pp.86-90)」「フィクションの命題 vs. 歴史の命題(Pp.100-109)」、筑摩書房、2017年。
●技法としての「遠近法」--
Perspective (graphical)はこちらです.
■マッハ
木田元に言わせれば、ニーチェの「遠近法的展望」
は、マッハの「現象」と同じであるという。
- マッハとニーチェ : 世紀転換期思想史 / 木田元著,東京 : 新書館 , 2002.2(→マッハとニーチェ :
世紀転換期思想史 / 木田元 [著],東京 : 講談社 , 2014.11. - (講談社学術文庫 ; [2266]))
●アルフレッ
ド・シュッツのパースペクティヴィズム
■リンク集
【文献】
- * 大石紀一郎「遠近法/遠近法主義」大石紀一郎ほか編『ニーチェ事典』Pp.54-57、弘文堂、1995年。
- * 三島憲一「さまざまなニーチェ全集について」大石紀一郎ほか編『ニーチェ事典』Pp.718--723、弘文堂、1995年。
- * ニーチェ『ニーチェ全集』ちくま学芸文庫、筑摩書房(多くは旧・理想社版による)。
ニーチェ年譜(http:
//keikoyamamoto.com/nietzsche1-1.htm およびウィキペディア(日本語)による)
- 1844 フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ誕生(〜1900)
- 1864 ボン大学入学
- 1865 ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』を読む
- 1869 ライプチヒ大学博士号、バーゼル大学古典文献学の教授(員外)に就任、翌年正教授
- 1870 バーゼル大学古典文献学・正教授。普仏戦争に看護兵として従軍
- 1872 『悲劇の誕生』(Die Geburt der Tragödie aus dem Geiste der
Musik,1872)
- 1873 『反時代的考察』(1)論文集で1873〜76年までのものを所収(Unzeitgemässe
Betrachtungen, 1876)
- 1874 『反時代的考察』(2)
- 1878 『人間的、あまりにも人間的』刊行(Menschliches, Allzumenschliches, 1878)
- 1879 バーゼル大学退職
- 1881 『曙光』(Morgenröte, 1881)。シルスマリーアに滞在、永劫回帰のアイディアを得る
- 1882 『悦ばしき知識(華やぐ知恵)』(Die fröhliche Wissenschaft,1882)
- 1885 『ツァラトゥストラ』(Also sprach Zarathustra, 1885)
- 1886 『善悪の彼岸』(Jenseits von Gut und Böse, 1886)
- 1887 『道徳の系譜』(Zur Genealogie der Moral, 1887)
- 1888 『ヴァーグナーの場合』(Der Fall Wagner, 1888)/『ニーチェ対ヴァーグナー』(Nietzsche
contra Wagner, 1888)/『偶像の黄昏』(Götzen-Dämmerung,
1888)/『アンチクリスト』(あるいは『反キリスト者』)(Der Antichrist, 1888)/『この人を見よ』(Ecce homo,
1888)
- 1889 トリノにて精神錯乱、イエナで治療はじまる
- 1900 死亡
- 1901 『力への意志』(遺稿。妹が編纂)(Wille zur Macht,
1901)※これは編集の方針に問題があり、ニーチェ研究者には評判が悪い
- 1956 『生成の無垢』(遺稿。アルフレート・ボイムラー編)(Die Unshuld des Werdens, Alfred
Kröner Verlag in Stuttgart, 1956)