ともにいる
Tomoni-Iru, co-existencia con alguien
本宮氷(2024) 日展
西川 勝
2012/05/29 臨床コミュニケーション 第7回 (担当:西川勝)
テーマ:「ともにいる」
【いたたまれなさを経験すること】
いたたまれない、居ることが堪らない、じっとその
場にいられなくなってしまう。そんな経験をする場面を思い出すことができるでしょうか。特別に口汚く罵
られ、暴力を受けそうだという雰囲気もないのに、いや、むしろその場にじっといることの方が、その状況の平穏さを守るはずなのに、いたたまれなくなってし
まうという経験です。
自分が誰かと何かを一緒にする場合には、それほど気にもならない「ともにいること」が、何をするでもなくなったときに、自分がその場にともにいることが
急に不安定であやうい感じになって困惑する。そんな経験です。
【症例アリス 三十歳 緊張病】
保護室四号に入ってゆくと、不気味な静かさと凍結したものに私は直面した。毛布の下にくるまっている人間の形をしたものがまだ生きているのだということ
を示すなんの物音も身動きもなかった。その病者の外界との関係のすべてはもう何ヶ月ものあいだ断たれたままで、その瞳は閉じられ、唇は沈黙していた。彼女
は人工栄養によってのみ養われることが可能であり、最小限度の看護さえたいへんな骨折りを必要とした。
ホロス先生の助言にしたがって、私は数日間いつも同じ時刻に三十分ほどベッドのかたわらに静かに坐ることにしていた。三、四日の間は部屋は静かなまま
だった。そしてある日のこと毛布がほんの少しもち上げられた。二つの暗い眼が用心深く周りを見まわした。不安と深く傷つけられた人間のすがたがその中に
在った。やがておもむろに顔全体が現れた。その顔は虚ろで仮面のように死んでいた。私は断乎として受け身の姿勢を持したが、そのことから安心感を得たの
か、彼女は起きあがりまじまじと私を見つめ始めた。そして次の日あんなにも長い間、黙しつづけていた口が開かれた。「あなたは私にお姉さんなの?」と彼女
が尋ねたのだ。「いいえ」と私が答えると、「でも」と彼女は先を続けた。「毎日あなたは私に逢いに来てくれたじゃないの、今日だって、昨日だって、一昨日
だって!」
(『精神病者の魂への道』、シュビング著、小川信男・船渡川佐知子訳、みすず書房、1966年)
【そばにそっといること】
孤独な人に対して、それをことばでいやすことはできない。そばにそっといること、それが唯一の正解であろう。患者のそばに黙って30分を過ごすことのほ
うが、患者の“妄想”をどんどん「なぜ」「それから」「それとこれの関係は?」ときいていくよりずっと難しいことであるが──。
なぜ、患者のそばに沈黙して坐ることがむつかしいのだろう。
むつかしいことは、やってみればすぐ判る。奇妙に、しなければならない用事、待っている仕事、などなどが思い出される。要するにその場を立ち去る正当な
理由が無限に出てくるのである。
このいたたまれなさを体験することは、精神科医になってゆくうえで欠かせない体験として人にすすめている。
(『精神科治療の覚書』、中井久夫、日本評論社、1982年、131頁)
【キツネが教えてくれた秘密】
「これから、ぼくの知っている秘密を教えてあげるよ。とても簡単なことさ。心で見なければ、よく見えてこない。大切なものは目には見えないんだ」
「大切なものは目には見えない」と王子さまは何度も口に出して、しっかり覚えようとしました。
「君が君のバラのために失った時間こそが、君のバラをかけがえのないもの死しているんだよ」
「ぼくがバラのために失った時間こそが・・・・・・」と王子さまは何度も言って、しっかり覚えようとしました。
「人間たちはそういう真実を忘れてしまっているんだ」とキツネは言いました。
「でも、君はそれを忘れちゃいけないよ。君が自分でなじみになったものに対して、君はずっと責任があるんだからね。君は君のバラに対してせきにんがあるん
だよ・・・・・・」
「ぼくはぼくのバラに対して責任がある・・・・・・」と王子さまは何度も言ってしっかり覚えようとしました。
(『星の王子さま』、サン=テグジュペリ著、稲垣直樹訳、平凡社ライブラリー、2006年)
【課題】
「いたたまれなさ」を克服する「ともにいる」技法について議論・検討してください。結果はキーワード3つ以内を使って発表すること。
臨床コミュニケーション(2013年度)