先住民とは誰か?——そのように銘打った書籍があるので、まず、この
書籍の解剖からはじめよう。
その前に、先住民の定義を紹介しておこう。国連の差別
予防と少数者の擁護作業部会(1986)[UN Sub-Commission on Prevention of
Discrimination and Protection of Minorities (1986)]では、2007年の「先住民族の権利に関する国際連合宣言(2007)」に先立つ
21年前に先住民を次のように定義している——ただし、後者のそれは、先住民の定義は明確には避けている点が現在でもしばしば論争点になるのだが。
"Indigenous communities, peoples and nations are those which,
having a historical continuity with preinvasion and pre-colonial
societies that developed on their territories, consider themselves
distinct from other'sectors of the societies now prevailing in those
territories, or parts of them. They form at present non-dominant
sectors of society and are determined to preserve, develop and transmit
to future generations their ancestral territories, and their ethnic
identity, as the basis of their continued existence as peoples, in
accordance with their own cultural patterns, social institutions and
legal systems."
UN Sub-Commission on Prevention of Discrimination and Protection
of Minorities (1986), Study of the Problem of Discrimination against
Indigenous Populations, UN Doc. ElCN.4/Sub.2/198617/Add. 4, para. 379
(Jose Martinez Cobo, Special Rapporteur) (hereinafter UN Indigenous
Study). This study was authorized by the UN Economic and Social Council
in its Resolution 1589(L), 17 May 1971. The resulting multi-volume work
was issued originally as a series of partial reports from 1982 to 1983.
The original documents comprising the study are, in order of
publication: UN Docs. ElCN.4/Aub. 21 476/Adds. 1-6 (1981);
E/CN.4/Sub.21198212IAdds. 1-7 (1982); and ElCN.4/Sub.2/19831211Adds.
1-7 (1983). - この引用は Anaya (2003:xi)よりとった。
***
それは窪田幸子・野林厚志編『「先住民」とはだれか』世界思想社,2009年である。
- (序)普遍性と差異をめぐるポリティックス—先住民の人類学的研究
- 第1部 先住民をめぐる問題
- 先住民の歴史と現状(スチュアート・ヘンリ)
- 先住民問題と人類学——国際社会と日常実践の間における承認をめぐる闘争(高倉浩樹)
- 「先住民」の誕生——Indigenous People(s)の翻訳をめぐるパロディカル試論(内堀基光)
- 第2部 移民国家の先住民
- オーストラリアにおける先住民政策の展開とアボリジニの実践(窪田幸子)
- 都市アボリジニの先住民文化観光——「啓蒙」と「文化」のテキスト化(上橋菜穂子)
- 北アメリカにおけるもうひとつの先住民族問題——アメリカとカナダの非公認先住民族(岸上伸啓)
- イヌイトは何になろうとしているのか?——カナダ・ヌナブト準州のIQ問題にみる先住民の未来(大村敬一)
- チュピック村落社会の学校にみる先住民の自律(久保田亮)
- 第3部 顕れる先住民主張の諸相
- 先住性が政治化されるとき——エチオピア西部ガンベラ地方におけるエスニックな紛争(栗本英世)
- 開発政策と先住民運動のはざまで——ボツワナの再定住地におけるサンの居住形態の再編(丸山淳子)
- カレンとは誰か——エコツーリズムにみる応答と戦術としての自己表象(速水洋子)
- 先住地を持たない民族の苦悩——中国・東郷族の民族名称変更の動きから(楊 海英)
- 台湾の先住民とは誰か——原住民族の分類史と“伝統領域”概念からみる台湾の先住性(野林厚志・宮岡真央子)
- イオルプロジェクトからみる先住民族としてのアイヌ——日本の先住民族を取り巻く現状と課題(野本正博)
ここから論評
窪田幸子「序論 普遍性と差異をめぐるポリティックス—先住民の人
類学的研究」pp.1-14
節の構成
- 1.「先住民」研究の視座
- 2.先住民研究の広がり
- 3.多文化主義の政治と先住民
- 4.本書の構成
1.「先住民」研究の視座
- 先住民という用語は1980年代から人口に膾炙した「新しい」用語である
- その呼称の変化(内堀によると「誤訳」)は、イデオロギーの変化を反映している——ナンセンス?!用語とその使用はイデオロギーそのもの
であるという立場からみると
- 人類学者の研究対象は?:「国民国家に包摂された少数者」——ポストコロニアル時代はそう言える。
- 1960年当時は、現在のような先住民のプレゼンス(5,000グループ、2億5千万人口)は想像もできなかった——スチュアートの所
説。
- 日本人の研究者の理解では、入植国家の「先に」そこに暮らしていた人びとであり、入植後にマイノリティに「なる」。
- 1990年代末から「先住民」の主張が——とりわけアジア・アフリカで——相次ぐ。
- NPOの介入の存在
- 「先住民の権利主張は集団としての特別な権利を求めるものである。これを認めるか否かということは、国家の少数者に対する態度を象徴的に
示す」(p.3)。
2.先住民研究の広がり
- 1970年代からUNが先住民の権利に注目するようになる。
- アメリカ、スカンジナビア、ニュージーランド——これを窪田は「顕在的先住民」(Indigenous People
with Official recoginition)と呼ぶ(p.4)——単純に《公的承認のある先住民》でもよいが。
- ILO, 169号条約
- NPOの介入により、アジア・アフリカで、登場してきた「先住民概念の拡大」の主人公になった人たちを、彼女は「潜勢先住民(せんせいてき・せんじゅうみん)」と呼ぶ
(p.5)。だがしかし、これに対する英訳は、Indigenous People without Official recoginition
とあるので、私(池田)は《公的承認のない先住民》
とシンプルに呼ぶほうがよいだろうと思う。
3.多文化主義の政治と先住民
- 差異の政治学の存在:「このように多様な集団が先住民主張を行うようになったのは、それだけ「先住民」としての主張が力をもちうるからで
あろう。それは、それを支える国連などの国際的組織の存在とそこでの言説があり、権利主張に関して議論できるアリーナが提供されており、かつ、その動きを
支える多様なNPOや法人の活動があることも非常に大きいことは確かである。しかし、それ以上に、「先住民」であれば普遍性に対抗する「差異」を主張する
ことができ、かつ先住民という基盤を理由としてその差異についての承認を受けることができる可能性が大きいことが、意味をもつといえるだろう」
(p.6)。
- オーストラリア・アボリジニーの歴史の紹介:白豪体制→人種差別撤廃条約(1965, UN)→1975年人種差別禁止法→1973年多
文化主義の導入と1978年以降の本格導入
- 1992年、アボリジニ先住民権主張判決(最高裁):「無住地(terra nula)」が否定されて、先住権原(native
title)が認められる。
4.本書の構成(拾いよみ)
- 先住民をめぐる国際的な言説の存在(p.12)
- 「ブーメラン効果」:国家外の「超国家的ネットーワーク」支援により、「差異の承認」を国内的にも得るようになる。先住民が国内の未承認
ないしは否定的レッテルであったものが、国際的NPOなどから「先住性」が強調されて、国際世論を経由して、国内の少数民族・先住民に対して「差異の承
認」のプレッシャがかかるようになることを、著者(窪田)は言いたいのであろう。
- 内堀の《誤訳テーゼ》:indigenous
には「先に」という意味がなかったものに対して「先住民」と訳されてしまったために、時間的「後・先」が重要な弁別ポイントになってしまったことを指摘。
- ただし、窪田は「独自で、土着の、もともとの生活様式、文化をもつこと」を先住民性としてあり、当事者も国家もそのことを認める傾向にあ
ることにも同意している。そして、それは「人権」のレパトリーを構成する。
- 彼女のいう「人類学の行うべき営み」=構成主義的な先住民の現在の研究?:「高倉(浩樹)論文が詳細に論じているように、先住民とは、現
代の政治的・社会的文脈において、少数者の自己の差異化の主張が最も有効かつ妥当性をもっカテゴリーとして、構築的に立ち現れるといえるだろう。そして、
このローカルな「構築」は、多様な意味で脱植民地状況にある現代の国際社会と国家のかかえる矛盾に直結するそれを追うことこそが人類学の行うべき営みなの
だ」(p.13)。
- 「差異の承認をめぐる政治」への着目:「先住民を人類学的に研究することとは、こうした動態的関係に注目し、先住民による差異の承認をめ
ぐる政治を内部の視点から見ることである。具体的な日常の実践のなかで、彼らがどのように文脈によりそって意味を作り出しているのか。それらについての詳
細な民族誌的視点に基づく研究が、複雑み合った現実を分析的に洞察する手がかりを我々に与えることにつながると考えている」(p.13)
++
◎参照文献
- 窪田幸子・野林厚志編『「先住民」とはだれか』世界思想社,2009
- 太田好信『トランスポジションの思想(増補版)』世界思想社, 2010
- 太田好信編『政治的アイデンティティの人類学』昭和堂,2012(←書評:池田光穂)
- (この原稿の印刷版:ただし異同があります)『世界民族百科事典』[共著]国立民族学博物館編、丸善(「民族表象と運動」Pp.738-
739)、816pp.、2014年7月
- 池田光穂「先住民表象と先住民運動」
- 池田光穂「中米マヤと日本アイヌ先住
民族の文化復興ネットワークの構想」
- 池田光穂「アイヌ民族と文化人類学研究の現在」
- Anaya, S. James., 2003.Introduction, in
"International Law and Indigenous Peoples." S.J. Anaya ed., Ashgate :
Dartmouth , c2003. - (The library of essays in international law) Anaya_InerNat_Law_context_2003.pdf
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