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先住民表象と先住民運動

Indigenous Peoples' Representation and Indigenous Movements


解説:池田光穂

民族表象と運動 Ethnic Representations and Movements

民 族(または民族集団)とは、社会文化的特徴と価値を共有する人たちの集団である。民族表象とはしばしば、言語、衣装、遺跡モニュメント、生活 習慣のような眼に見えて顕示的な徴であるものから詩歌や文学作品さらには思想やアイデンティティという見えにくいものまで多種多様にわたる。人類学者の多 くは、民族や民族表象の定義や規定をする際に、本質主義(essentialism)的なものよりも構成主義(constructivism)的なことを 採用する傾向が強くなってきた。社会集団の成員は、しばしば超時間的に人々が維持している共通項よりも、国家や隣接する集団との関係の中でおこった「出来 事」の中で取捨選択されてきたものを、その民族の固有の特徴や成員のアイデンティティとして理解することが多いからである。ただし、このような歴史は容易 に忘却されてしまい、一度何らかの理由で廃絶した民族表象が復興される際には、現実には想像的に復元されたにも関わらず、当事者自身にも本質主義的なもの として普遍的な価値が主張されるという、文化の客体化(objectification of culture)ないしは文化の再領域化(re-territorialization of culture)という現象が広く認められる。民族や文化の定義をめぐって古典的合意が崩壊し、これまでの学術的議論の枠を超えて、現代政治をも巻き込ん だ社会的な論争的なテーマとして、今日浮上してきているのである。

●創られた民族表象

19 世紀のヨーロッパでは、今日では長い歴史があると信じられていた国家儀礼や民族衣装などが、実は近年になって復活・整備・再解釈された後に 「古くから永続しているもの」と錯認されてしまう現象、すなわち「創られた伝統(invention of tradition)」というものが見られることがボブスボウムらによって指摘されている。1世紀以上の前にヨーロッパで起こった国民国家の形成時に起 こった現象と類似のものが、今度は冷戦構造が終わった1990年代以降に、民(people)が、それまでの差別と抑圧から自らの少数民あるいは先住民 (indigenous people)アイデンティティを回復し、集団としての主権を取り戻そうとする今、起こっていることになる。この現象は歴史的発展における進歩主義的タイ ムラグでも偶然の一致でもない。国民や民族という「我ら同胞」という集合的意識が形成される時には、当人たちの自覚/無自覚とは無関係に、隣接する他集団 との差異化を通してより本質的に見える歴史表象が主題化され差異化が強調されるゆえのことである。民族表象は、文学や言語など人々の土着的アイデンティ ティ(native identities)に訴える形で、主に知識人たちから提唱され、言語表記法の提唱と母語文学の主張、さらには印刷メディアにより「同胞 (compatriot)」を獲得してゆく。アイデンティティが政治的主張の源泉ないしは社会的「資源」となるために、これをめぐる社会的駆け引きはアイ デンティティの政治学(identity politics)と言われる。

●湧き上がる運動

な ぜ民族は、冷戦後の世界の各地において新たな「政治運動(political movements)」と関わるのであろうか。それは冷戦期において彼/彼女らは、国民国家にやがて包摂される弱き存在か、あるいは抑圧国家に対する「覚 醒した抵抗者(awakening rebels)」——最たる例が「農村プロレタリアート」化である——として位置づけられていたことと関係する。冷戦の双方の陣営(=中央政府やイデオロ ギーの中心地)からみて近代化によって彼/彼女らが維持する文化的差異は消滅してゆくと考えられていたからである。しかし冷戦構造の終焉は、そのような理 想的な「社会的包摂(social inclusion)」が神話に他ならず、差別と搾取の構造が依然として温存されたままであることが、当事者の人たちにとって明確な事実となった。

1996 年末に36年間の内戦が終結した中米グアテマラでは、国民の多数であるマヤを中心とした先住民たちの主張が反映され、「恒久的和平合 意」中に多 民族・複数文化・多言語国家の建設を謳う条項が盛り込まれ、政府系の先住民言語の普及と研究をするアカデミーが設置された。これらに連動して、国際社会は 開発援助の柱としての先住民文化の擁護と復興に力を入れ、地元社会にも舞踊や音楽を中心とした古典芸能の復興が起こった。近年では、地球温暖化防止や鉱山 開発阻止のエコロジー運動などと呼応した先住民ロック音楽グループが、伝統音楽の要素を取り入れ、伝統的な民族表象と現代的な政治運動との直結を試みてい る。これらは民族表象の「創造」であり多元化現象の好例である。

  他方で、多元化を平準化しようとする国際政治の圧力も存在する。以下の3つ(あるいは、それ以上)のグローバリゼーション勢力が少数民と先住 民の共同体 にアクセスしつつある。(1)1980年代末以降のIMFワシントンコンセンサス期のネオリベラリズム開発勢力、(2)トライバル・スロット(部族の受け 口)と呼ばれる政治的回路を通して支援する国際的NGO勢力、そして(3)冷戦時代と同様に文化的差異を消去し、それに置き換わる新たな共同アイデンティ ティを呈示しようと試みる原理派宗教の勢力などである。これらは少数民と先住民に対して、さまざまな改革プランを外部から持ち込む。かつ同時に彼らの文化 的差異に対して表面的には敬意を表しつつ、それらが中心的に課題にならないように巧妙に管理しようとする特徴をもつ。

●2007年国連・先住民権利宣言の採択

こ のような状況のなかで国連の先住民権利宣言の採択は、少数民と先住民の未来にとって独自の意義をもつ。それには先住民の定義が一切示されてお らず、すでに国際的合意があるものであるかのように規定されている。このジレンマは国家間の協議連合体としての国連の枠組の中で、今後、少数民と先住民が これまで受けてきた国際法的な観点からの人権侵害を今後繰り返さないための強い国際的合意の表明であると同時に、政治的独立としての過度の自律性——具体 的には新たな国家形成と独立——を防ぐような配慮に由来するものだと指摘されている。少数民と先住民の民族表象は、現在このような動態的状況の中にあり、 それらの未来予測は極めて難しいものになっている。ただ21世紀ミレニアム以降、民(people)の文化表象は、政治という名の運動による媒介のもとで 大きく変貌を遂げようとしていることは確実である。

★リンク

◎参照文献

  1. 窪田幸子・野林厚志編『「先住民」とはだれか』世界思想社,2009(←(書評「『先住民』とはだれか」窪田・野林編)
  2. 太田好信『トランスポジションの思想(増補版)』世界思想社, 2010
  3. 太田好信編『政治的アイデンティティの人類学』昭和堂,2012(←書評:池田光穂
  4. (この原稿の印刷版:ただし異同があります)『世界民族百科事典』[共著]国立民族学博物館編、丸善(「民族表象と運動」Pp.738- 739)、816pp.、2014年7月
  5. 池田光穂「政治的アイデンティティ


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