はじめによんでください

和辻哲郎『風土』1929-1935

Climate and culture : a philosophical study

解説:池田光穂

紹介

岩波書店『思想』誌に1929年に和辻哲郎により第1章が発表、以降 間欠的に連載され、1935年3月に「牧場」の章が完成。1935年9月に岩波書店から『風土——人間学的考察』として刊行された。

和辻は、この著作で「風土の型」が「人間の自己了解 の型」である、という前提にもとづいて、(1)モンスーン、(2)砂漠、(3)牧場という、3つの「文化圏」に大別し、この類型を(a)気候、(b)気 象、(c)地質、(d)地形、(e)地味、(f)景観、という弁別特徴の内実を解説したものである。そこで分析されるのは、人間の性格、習性、風俗、家の 構造などである。

風土論の読解と誤読

これまでの一般的な『風土』の解説

「『風土』 ドイツ留学時の経験やハイデッガーの影響もうけて風土性の問題に迫った書。人間存在の構造契機としての風土性を明らかにすることを目指している。全集の8 巻に収録」法政大学による解説)gw24_watsuzi.pdf

「留学中、ハイデッガーの『存在と時間』に示唆を受 け、時間ではなく空間的に人間考察をおこなったもの。1931年に刊行。第二次世界大戦後、盛んになった日本文化論の先駆的な作品ともいえる。風土をモン スーン(日本も含む)、砂漠、牧場に分け、それぞれの風土と文化、思想の関連を追究した。『風土』の中に見られる「風土が人間に影響する」という思想は、 悪しき環境決定論であるという批判や、天皇制肯定論になっているという批判がある。一方、この風土という考え方こそがグローバリゼーションをとどめるため の積極的な方法論である、とする評価(オギュスタン・ベルク)もある」ウィキペディア日本語)。

私のコメント——風土論を新しい社会のコンテクストから読み返す

本の内容を要約する努力をしていない:他の、事典と同じよう な外側からの紋切紹介(=風土論の名著、そんなもん当たり前!)という点では酷くはないのですが、このユニークな著作の構造(例えば、(a)気候、(b) 気象、(c)地質、(d)地形、(e)地味、(f)景観、という弁別特徴をもとに三類型化したとか)と成果(人間の性格、習性、風俗、家屋構造などが関連 づけて説明される)の説明への踏み込みが解説では弱いです。名著であることは謂うまでもないのですから、読みたくなるような紹介が必要だと思います。

風土論は本当にラッツェル流の環境決定論(ないしはその亜流)として読んで いいのか?:「アメリカやオーストラリアで、白人たちがまったく変わらない」という批判が環境決定論では説明できないという批判がありま す。そのとおりです。なぜなら、この人たちは入植者の末裔だからです。アルフレッド・クロスビーによると、ヨーロッパ入植者の連中は、自分たちが侵略した 土地環境に適合した動植物の移植を試み「環境」や「景観」まで変えてしまったということを指摘しています(『生態学的帝国主義』)。和辻には、そのような 認識がありませんでした。フリードリヒ・ラッツェルらの伝統的な環境決定論を、文化史学のレベルに高めたユニークな貢献は評価すべきでしょう。1930年 代に専門的知識をもたずにこのような思考法を編み出したのは、やはりすごいとおもいます。

和辻『風土』強制読書のコンプレックスから解放する:ははは は!みんな強制的に和辻『風土』を読まされた経験があるんでしょうね。読書感想文の課題書とか入学試験対策の必須文献とか、和辻の『風土』はかつての中等 教育におけるよいテキストとしてしばしば使われてきました。その強制的読書ゆえに、大人になり環境決定論の限界を知った大人は、『風土』を呪詛するにいた ります。それではまるで怨念系です。僕は思想史上の著作として客体化したうえで(当時の社会状況も含めて)「読むに値する」と評しているつもりです。私か らの歴史的アドバイスですが、当時の教師たちはこの本の代わりに『鎖国』(全集15巻他に岩波文庫)を読ませればよかったのではないかと思います。農協の 利権体質やTPPへの対応などが、今とは変わった「現在」になっているかもしれません!

参考資料

1.     Fûdo : le milieu humain / Watsuji Tetsurô ; commentaire et traduction par Augustin Berque ; avec le concours de Pauline Couteau et Kuroda Akinobu
CNRS éditions (2011)
2.     風土 : 人間学的考察 / 和辻哲郎著、岩波書店 (2010)
3.     Antropología del paisaje : climas, culturas y religiones / Tetsuro Watsuji ; [tradujeron del japonés Juan Masiá y Anselmo Mataix] Ediciones Sígueme (2006)
4.     风土 / (日)和辻哲郎著 ; 陈力卫译, 商务印书馆 (2006)
5.     文化と風土の諸相 / 末永豊, 津田雅夫編著, 文理閣 (2000)
6.     일본의 고대국가 및 문화의 형성 / 배정웅 [편역] ; 계명 출판부 편집, 계명 (2000)
7.     日本哲学・思想史 / 湯浅泰雄著, 白亜書房 (1999)
8.     Fūdo -- Wind und Erde : der Zusammenhang von Klima und Kultur / Watsuji Tetsuro ; ūbersetzt und eingeleitet von Dora Fischer-Barnicol und Okochi Ryogi
Primus-Verl (1997)
9.     Fūdo -- Wind und Erde : der Zusammenhang zwischen Klima und Kultur / Watsuji Tetsuro ; übersetzt und eingeleitet von Dora Fischer-Barnicol und Okochi Ryogi, Wissenschaftliche Buchgesellschaft (1992)
10.     風土 : 人間学的考察 / 和辻哲郎著, 岩波書店 (1991)
11.     Climate and culture : a philosophical study / by Watsuji Tetsuro ; translated by Geoffrey Bownas, Yushodo (1988)
12.     風土 : 人間学的考察 / 和辻哲郎著, 岩波書店 (1979)
13.     風土 : 人間学的考察 / 和辻哲郎著, 岩波書店 (1979)
14.     和辻哲郎集 / 和辻哲郎著 ; 梅原猛編集・解説, 筑摩書房 (1974)
15.     Climate and culture : a philosophical study / by Watsuji Tetsurō ; translated by Geoffrey Bownas, Hokuseido Press (1971)
16.     風土 : 人間学的考察 / 和辻哲郎著, 岩波書店 (1963)
17.     A climate : a philosophical study / by Watsuji Tetsuro ; translated by Geoffrey Bownas, Printing Bureau, Japanese Govt. (1962)
18.     和辻哲郎全集 / 和辻哲郎著 ; 安倍能成 [ほか] 編, 岩波書店 (1961)
19.     風土 : 人間学的考察 / 和辻哲郎著, 岩波書店 (1944)
20.     風土 : 人間學的考察 / 和辻哲郎著

資料

饗庭孝男(あえば・たかお、1930- )『経験と超越 日本「近代」の思考』小沢書店、1985年、新版1994年

「「歴史」を「人為」とみるよりも「自然」とみる 日本の心性は、「行為」よりも「出来事」に関心を偏極させる。「人為」による「行為」よりも「出来事」の生起する場所の方に思考の習慣をむすびつけたとし ても不思議ではなない。和辻哲郎の発想が、ハイデッガーに触発されながら、「時間性」よりも「空間性」にむかい、「風土」をして「自然」を基盤に成立させ たことも以上のような日本の心性の「促し」によること多大であったにちがいない」。


関連リンク

文献

Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099