生きのびるための関わり合いと、そのデザイン
1.生きのびるための関わり合い ケアする人のケア・セミナー・イン・金沢 池田 光穂 大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 主催:(財)住友生命福祉文化財団/(財)たんぽぽの家「ケアする人のケアセミナーin 金沢」石川県女性センター,2015年12月13日 |
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2.わたくしの宿題 「病床の減少や介護者の人材不足などにより、制度のサービスを全ての人が平等に受けられない時代になってきました。ケアする人もケアされる人も、いかに生 活の質や心身の健康を保つかが課題です。私たちがお互いにできること、コミュニティのあり方について考えます」企画趣意書より |
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3.わたくしの老年哲学 これまでの高齢者(老人)介護というテーマでは、高齢者の当事者を周囲の人がどのように適切に取り扱うのかということに専念してきた。でもこれには不足す ることがないでしょうか? それは《ケアする人もやがて老いる》つまり《ケアされる存在》になるということです。ケアする人は、ケア実践を通してケアされる人から学んでいるのではな いかということ。 ケアする人もされる人も、老いの幸せとは何かについて、いまいちど落ち着いて考える時期に来ているのではないか?というのが本日のテーマです。 |
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4.全体のもくじ 1.幸せについて考える 2.老いのパラドックス(逆説) 3.逆説まみれの高齢者問題 4.寿命延長の欲望 5.幻影のパラドックス 6.セネカの言葉から |
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5.幸せについて考える 我々は人生においてさまざまな葛藤を経験する。 葛藤に直面する時、人は知的に推論し行動することを余儀なくされる。 専門家は(私も含めて)難しい言葉をつかって、市井の人びとを煙にまく 他方で、実用手引き書には、効能を証明できない数々 の経験談があふれかえっている。 こまった! |
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6.ウェルビーイング 私がここで考えている幸福とは、英語でウェルビーイング(well-being)すなわち「満足のいく状態」のこと 満足のいく状態=(予測不能な葛藤)+(努力量に応じた報酬) |
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7.幸福の主観的感覚 私をとりまく多くの人たちが、私のことを幸せだと指摘しても私の内的意識はそのことに首肯できないことがしばしばある。これは幸福の主観的感覚——英語の 略語でSWB(Subjective Well-Being)と表現する——と、外部からの指摘される客観的評価とのあいだにおきる齟齬のことである。 つまり社会的にみると人びとが感じる幸福感は、その人の内面性に左右されるが、その人が育った社会や文化が幸福をどのように捉えるのかということにもかか わっている。つまり幸福の感覚は文化や社会によって相対的なものだということ |
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8.老いてゆくことは幸せか不幸か 心理学者たちが「加齢のパラドックス(paradox of aging)」や「幸福のパラドックス(paradox of well-being)」と呼んでいるものを手がかりにして パラドックス(逆説または背理)とは、正しく思える前提と妥当な推論をおこなっているにもかかわらず、結果的に当人には受け入れがたい結論が導きだせるこ と |
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9.加齢のパラドックス 一般に歳をとれば「乗り越えられなければならない課題(challenge)」や能力の損失があるにもかかわらず、高齢者の主観的幸福感(SWB)は減退 するどころか向上するという事実がある(Ryan and Deci 2001:158)。 幸福のパラドックス:「直観的に不幸なはずだと予想できるような社会人口学的ないしは[彼らがおかれた]文脈的なリスク要因、あるいは客観的困難さ」があ るにもかかわらず、主観的幸福感が達成されているような状態のこと(Mroczek and Kolarz 1998:1333)。 |
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10.QOLとは? QOLとは「生命や生活の質」(Quality of Life)の略語のことで、その人間がどれだけ「人間らしさ」を保っているのかということを示す指標や概念 人間は健康であっても病気であってもともに、命が続く限り「人間らしさ」を保っているが、同時にそれぞれの人によって人間らしさの質が異なることが経験的 に知られる。 医療や福祉の専門家は、ケアの対象者が健康や病気であっても、それぞれの医療や福祉ケアを受けている時に示す人間らしさの質が向上した/低下したというこ とを感覚的に知ることができる。これらの質的な情報がQOL。 |
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11.高齢者ケアを考えるためのモデル年代 我が国では60歳(還暦)を迎えることを、人生のひとつの里程に到達した人としてお祝いし、その人を老人として処遇し尊敬してきた。ここには年長者を敬う 儒教道徳の影響もあると言われている。 しかし平均寿命が延びるとどこで老人とするかの線引きのラインは上方に伸びて、日本の公的制度は65歳以上を高齢者としている。そのため政府はこれまでの 60歳定年制の慣行を65歳に引き上げることを企業等に勧告している。 高齢者人口の増加により高齢分布のゾーン化がすすみ、現在では65歳から74歳までを前期高齢者、75歳以上を後期高齢者としている。さらに85歳(別の 定義によれば90歳)以上を「超高齢者」とも呼ぶ。 |
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12.超高齢者のしあわせ 超高齢者が、幸福だという主張は、経験的に超高齢者の多くは身体が壮健であり社会から祝福されるために、超高齢者の多くが心理的に(つまり内的に)満足し ているのではないかというもの 超高齢者が認知症の症状を示しても運動機能が落ちているために活動は緩慢になりがちでケアの眼差しも行き届くから幸福であると考える 不幸であるとする主張は、人生の最終局面における体力ならびに知力の低下は、人間にとっての活動を制限されるために、超高齢者であってもストレスがたまり 不幸に違いない、したがって超高齢者のQOLの水準は一般的には低いはずだというもの |
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13.ジャクリーン・フランク(2002)の指摘 ホームの雰囲気をかもす施設が、じつは老人たちへの安全性の確保のために微妙にコントロールされているのである。例えば、ホームでは高齢者に火を使う料理 用オーブンを使わせないか、改造時にすでにオーブンなど「危険なもの」をすでに撤去してあったことを指摘している。 人生の最期を迎えるホームの理想と、医療モデル以来引きずってきた高齢者の管理という現実の間にみられる一連の問題を指摘しつつ「支援居住の場における加 齢のパラドクス」があると彼女は主張する(Frank 2002)。 |
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14.ドーカとレヴィン(2003)の指摘 医療とケアの伸展に伴い、精神発達障害者(精神発達遅滞者)の高齢化という新たな問題にわれわれは直面している さまざまな病気を合併することが多い発達障害者の高齢化により、今後この人たちに対するケアのニーズはますます増えていくことが予想されている。にもかか わらず発達障害者の実際のケア提供における最大の貢献者は障害者の家族である。 精神発達障害者を介護する家族もまた高齢化し、高齢化によるハンディに先に直面するのは家族なのである。つまり高齢化により障害者の社会支援の力が先に低 下し社会問題化することは必定である。その力とは「内的な能力と外的な資源」なのである。 |
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15.三好春樹氏の訴え 「世間では、脳の血流をよくすると称する「脳循環促進剤」なるもので、老人の呆けを治すなどといって、副作用ばかりを引き起こしている。そんなことをしな くても、1日3回の食事と、歯磨きを当たり前に行うだけで、大脳皮質の感覚野と運動野の大半が活性化され、血流だって増えるのである。もちろん、副作用も なにもない。口から食べるための工夫をしないでおいて、「脳循環促進剤」を投与しているなんてのは、まさに、本末転倒である」(三好1992:42)。 |
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16.寿命延長の欲望 「べき乗則あるいはアロメトリー(allometry)」という法則 つまりこのような方程式: べき乗則は、相対成長とも呼ばれる。動植物の個体サイズが変わることにより、代謝率や身体の部分の長さや大きさが変化するのかを比較検討するスケーリング 法則のこと 体のサイズが大きくなればなるほど寿命は相対的に長くなる |
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17.生命活動という観点 小さい動物は寿命は短いが拍動数や呼吸回数は高く、大きい動物は寿命が長いが拍動や呼吸数は少なく、これらの関係は同じ法則による。単純に言えば、大きい 動物も小さい動物も寿命がつきるまでに送り出す心臓の拍動の数はお互いに似ているということになる。 それは言い方を変えると、寿命が長いか短いかは関係なしに生命の活動総量は同じなのである。生命活動という観点からみると、それぞれの動物における心臓の 拍動の活動量はその一生(=価値)という点では同じである |
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18.4分の1乗則の例外 4分の1乗則には例外があり長い間生物学者を悩ましてきた。それらがコウモリと霊長類つまり人間を含む猿の仲間である。実際、人間の場合計算してみると人 間のサイズに見合った寿命はわずか25年しかないという(グールド 1986)。 霊長類は法則に反して長寿なのだから、さらなる医学的介入をすれば、人間の寿命はもっと延びるはずだという考え方が出てくる。このような一連の研究をエン ハンス(増強)研究という。 |
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19.エンハンス・テクノロジーの思惑 日本のお家芸であるロボット研究では、機動戦士ガンダムよろしく、筋力の落ちた老人にパワースーツを着せることで日常生活動作——たとえば、これまた日本 文化らしい布団のあげおろし——強化することができる技術などの開発が多くの企業や大学でおこなわれている。 このエンハンス・テクノロジーに対する研究者の情熱もまた市場での成功や利益をねらっているものであり、国家の側はそれによる福祉予算が軽減できるのでは ないかという思惑が絡んでいる。 |
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20.「どんな旨い話にも必ず裏がある」 老化による欠損を補ったり老化遅延がおこすためのエンハンス・テクノロジーは、これまでみてきた他の事例と同様、大きなパラドクスを抱えていないだろう か。 なぜなら老人のために善かれと思って技術を開発することが、逆に老化がもつ〈弱さ〉や〈成熟〉という徳性についての伝統的な考え方を蝕んではいないだろう か。 このことが、ひいては老化のイメージあるいは老化のポジティブなこれまでの人間文化への省察を忘れ、老化はひたすら排除し克服しなければならない悪者に仕 立ててしまうことに繋がってはいないだろうか。 |
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21.わたくしの老年哲学(再掲) これまでの高齢者(老人)介護というテーマでは、高齢者の当事者を周囲の人がどのように適切に取り扱うのかということに専念してきた。 《ケアする人もやがて老いる》つまり《ケアされる存在》になる。ケアする人は、ケア実践を通してケアされる人から学んでいるのではないかということ。ケア される人から学ぶ ケアする人もされる人も、老いの幸せとは何かについて、いまいちど落ち着いて考える時期に来ている。人生を豊かにすることを目標にする |
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22.介護者(ケアラー)の定義 「身体的あるいは精神的な疾患、ないし高齢に由来する諸問題を抱える家族、親戚や友人、隣人に対し、同居、別居を問わず、常時または随時、職業(ケアワー カー)としてではなく、無報酬で介護する人です」 介護とは「看護や身体介護、家事や身の回りの世話、そのお手伝いのほか、お金の管理や定期的にようすをみることなどを含みます」 「ケアラー連盟」の定義による(佐藤 2011:188) |
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23.介護者支援の課題 介護者の法的保護 被介護者を抱える〈家族〉の人間の安全保障(経済的・保健的・法的・人権的・心理的・社会関係的等) 家族介護支援事業、認知症高齢者見守り事業、家族介護継続支援事業 |
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24.介護者が望むこと ■専門職や行政職員が足下の介護者問題について知ること ■地域や職場、社会が介護者問題について知ること ■被介護者へのサービスや制度の充実 ■年金受給要件に介護期間を考慮する ■在宅介護者手当て(介護=社会的労働観) ■緊急時の被介護者へのサービス ■定期的な情報提供のサービス ■介護者がどのような援助を必要としているのかの実態調査 ■リフレッシュ日帰り/宿泊旅行ができる時間の保障(レスパイトケア) |
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25.現実志向からリハビリ志向へ 現実志向(reality orientation):認知症者の認識を介護者に認識に「修正(矯正)」する方法 リハビリ志向(rehabilitation orientation):介護者の認識を認知症者の認識に合わせつつ、後者の生活感覚を現実生活に馴れさせる方向性をもつケア リハビリ志向は;(i)まだできることに焦点をあてる,(ii)否定的な反応に振り回されない,(iii)希望を見出す。 (i)介護→被介護,(ii)被介護→介護,(iii)介護も被介護も共に! |
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26.リハビリ志向の5つのキモ 1.物理的環境を活用する 2.コミュニケーションは可能だということを知る 3.残された力に眼を向ける 4.患者の世界に生きる、行動の変化に着目する 5.人生を豊かにする/豊かにしてもらう (文献)ジョアン・コステ『アルツハイマーのための新しいケア』阿保順子監訳,誠信書房,2007[2003] ※認知症コミュニケーション:2016 |
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27.皇帝ネロの家庭教師であったセネカ 「……お互いに老年を大切にし、いとおしもうではありませんか。その使い方を知っていれば、結構楽しいものです。果物のいちばんの食べごろは腐りかけると きです。少年の最盛期は正に終わらんとするときです。酔っ払いを喜ばすのは最後の一杯です。体中に染み込んで酩酊に最高の仕上げをする一杯です……」 |
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28.果てしない欲望を疲れさせよう! 「……楽しみというのはみな、それ自体もっている最も楽しい部分を、最後まで残しておきます。最も楽しい年代といえば、すでに下り坂になっているが、まだ 絶壁にはならない時期です。言わば屋根瓦の縁に立っている年代にもそれなりの楽しみがあると思います。また楽しみを何も望まないということ自体が、引き続 いて楽しみになると言えましょう。欲望を疲れさせ、それを見捨てるとは、なんと愉快なことではありませんか」(セネカ 1992:35) |
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29.文献(英文) - Frank, J.B., 2002. The Paradox of Aging in Place in Assisted Living. Westport, CT: Bergin and Garvey. - Doka, K. J. and C. Lavin., 2003. The Paradox of Aging with Developmental Disabilities: Increasing Needs, Declining Resources. Ageing International 28(2):135-154. - Mroczek D.K. and C. M. Kolarz., 1988. The Effect of Age on Positive and Negative Affect: A Developmental Perspective on Happiness. Journal of Personality and Social Psychology 75(5):1333-1349. - Ryan, R.M. and E. L. Deci., 2001. On Happiness and Human Potentials: A Review of Research on Hedonic and Eudaimonic Well-Being. Annu. Rev. Psychol. 52:141-166. |
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30.文献(和文) - 三好春樹 1992『介護覚え書』医学書院。 - 本川達雄 1992『ゾウの時間 ネズミの時間』中央公論社。 - グールド, S. J. 1986『パンダの親指(上・下)』早川書房。 - カス, L. R., 編 2005『治療を超えて』倉持武監訳、青木書店。 - セネカ 1992『道徳書簡集(全)』茂手木元蔵訳、東海大学出版会 |
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31.補遺:まだまだやることあるよ! This stirring documentary[Alive Inside: A Story of Music and Memory, by Michael Rossato-Bennett, 2014] follows social worker Dan Cohen, founder of the nonprofit organization Music & Memory, as he fights against a broken healthcare system to demonstrate music’s ability to combat memory loss and restore a deep sense of self to those suffering from it. Rossato-Bennett visits family members who have witnessed the miraculous effects of personalized music on their loved ones, and offers illuminating interviews with experts including renowned neurologist and best-selling author Oliver Sacks (Musicophilia: Tales of Music and the Brain) and musician Bobby McFerrin (“Don’t Worry, Be Happy”). |
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32.グループワーク課題 《憧れの認知症タイプは?》 あなたが高齢者になって認知症になるなら,どんなタイプの認知症になりたいでしょうか? 《人生の先達として介護者にどう伝える?》 あなたは(素敵な認知症という)人生の先達である。どのようなことを人生の後輩である介護者に伝えておきたいですか? |
クレジット
文献リンク情報など
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アロメトリーの方程式