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アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会・政策コメンタリー

Critique on politices of the Advisory Council for Future Ainu Policy by Japanese government, 2009

池田光穂

「平成20(2008)年6月6日に国会において採 択された「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」に関する官房長官談話を踏まえ、高いレベルで有識者の意見を聞きながら、これまでのアイヌ政策を 更に推進し、総合的な施策の確立に取り組むため、内閣において、アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会が開催され、報告書が」2009年7月に取りまと められた(→リン ク)。

この報告書は内閣官房アイヌ総合政策室のホームペー ジから公開されている。報告書本文は、和文では目次ページを除いて49ページある。

このページは、その中でも「3.今後のアイヌ政策の あり方」(Pp.23-42)について、コメンタリーを加えるものである。

なお出典となるテキストは、オリジナルpdfが編集 からの保護措置がとられており、また埋め込まれ文字データも不正確なために、プリントアウトを再度スキャナーでとり文字起こしをおこなった。スキャナーな らびにOCRの読み取りならびにその後の編集作業のために、原文と齟齬をおこしている可能性もある。誤りは適宜改訂していきたいが、このテキストの誤りに もとづく誤解や批判は御容赦願いたい。

なおここでのコメントは、一文化人類学徒による個人 的なものであり、所属組織や所属学会の公的なものではないことをお断りしておく。

セルの切り分けは、引用者による恣意的なものだが、 コメンタリーはそれぞれ対応できるように、総論と各論でわけている。

(p.23)
3 今後のアイヌ政策のあり方

(1)今後のアイヌ政策の基本的考え方

@ 先住民族という認識に基づく政策展開

ア 先住民族であることの確認

a ウタリ懇談会報告書における認識

平成8 (1996) 年のウタリ(注)対策のあり方に関する有識者懇談会報告書は、「少なくとも中世末期以降の歴史の中で見ると、学問的に見ても、アイヌの人々は当時の『和 人』との関係において日本列島北部周辺、とりわけ我が国固有の領土である北海道に先住していたことは否定できないと考えられる」としてアイヌの人々の先住 性を認めたが、これは事実の確認にとどまり、新たな政策とは結びつけられていなかった。それはその後制定されたアイヌ文化振興法においても同様であり、同 法が推進する文化振興施策はアイヌの人々の先住性から導かれるものではなかった。

(注) 「ウタリ」とは、アイヌ語で仲間、同胞のこと。
《総論》
・この政策のあり方の特徴は以下のとおり
・国会決議にもとづく、アイヌの先住民性および先住民であるということを公式に認め、それにもとづいている。
・日本国憲法のもとに、法の下での平等と、平等を現実的なものにするための「政治的公正性(political correctoness)」の政治が具体的に実施されるべきであると主張されている。
・日本は複数の民族と文化による国家であるという認識のもとに、その歴史的経緯より、アイヌ民族は国民として平等に処遇されるべきと謳っている。
・「先住民族の権利に関する国際連合宣言」(A/RES/61/295, 2007)には、先住民族の自決権について定められているが、「今後のアイヌ政策のあり方」は、それ(=先住民族の自決権)を肯定も承認もしていない。
・つまり固有のアイデンティティを有する民族(エトニー)として認めつつも日本国民として包摂されているカテゴリーとしてアイヌ民族を理解している。
《各論》
・ウタリ協会は、それよりも13年前の報告書で先住民性を主張しているが、アイヌ文化振興法(1997)に おいてもアイヌの先住民性をきちんと表記していないという問題がある。
・2009年の懇談会報告はそのことを踏まえてアイヌの先住民性を確認している(次項参照)。
b アイヌの人々が先住民族であるということ

先住民族の定義については国際的に様々な議論があり、定義そのものも先住民族自身が定めるべきであるという議論もあるが、国としての政策展開との関係にお いて必要な限りで定義を試みると、先住民族とは、一地域に、歴史的に国家の統治が及ぶ前から、国家を構成する多数民族と異なる文化とアイデンティティを持 つ民族として居住し、その後、その意に関わらずこの多数民族の支配を受けながらも、なお独自の文化とアイデンテイティを喪失することなく同地域に居住して いる民族である、ということができよう。

「1 今に至る歴史的経緯」で見たように、アイヌの人々(p.24)は、独自の文化を持ち、他からの支配・制約などを受けない自律的な集団として我が国の 統治が及ぶ前から日本列島北部周辺、とりわけ北海道に居住していた。その後、我が国が近代国家を形成する過程で、アイヌの人々は、その意に関わらず支配を 受け、固による土地政策や同化政策などの結果、自然とのつながりが分断されて生活の糧を得る場を狭められ貧窮していくとともに、独自の文化の伝承が困難と なり、その伝統と文化に深刻な打撃を受けた。しかし、アイヌの人々は、今日においても、アイヌとしてのアイデンティティや独自の文化を失うことなく、これ を復興させる意思を持ち続け、北海道を中心とする地域に居住している。これらのことから、アイヌの人々は日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族であ ると考えることができる。
・アイヌの先住民性と先住民(先住民族) であることをともに認める。
・先住民族の自決権については否定している。その論法は国連宣言に定められた内容を無視/否定するものである。またそのことについて真摯に議論する気をも なく「定義そのものも先住民族自身が定めるべきであるという議論もあるが」という指摘のみで間接的にその議論から逃げているものとなっている。
イ 先住民族であることから導き出される 政策の展開

今後のアイヌ政策は、アイヌの人々が先住民族であるという認識に基づいて展開していくことが必要である。

すなわち、今後のアイヌ政策は、国の政策として近代化を進めた結果、アイヌの文化に深刻な打撃を与えたという歴史的経緯を踏まえ、国には先住民族であるア イヌの文化の復興に配慮すべき強い責任があるということから導き出されるべきである。その復興により、再びアイヌの人々が、自分たちの意思に従って、独自 の文化を保持、発展することができるような存在になることが重要である。

ここでいう文化とは、言語、音楽、舞踊、工芸等に加えて、土地利用の形態などを含む民族固有の生活様式の総体という意味で捉えるべきであって、文化の独自 性という場合には、そのような広い視点が必要であると考えられる。ただし、文化の復興といっても単に過去の原状を回復するという意味ではない。国がアイヌ の文化の復興に配慮するに当たっては、現代を生き(p.25)るアイヌの人々の具体的な声に耳を傾けることが重要である。アイヌの人々が、現在では他の多 くの日本人とほぼ変わらない生活を営んでいることに照らし、伝統を踏まえて文化の復興を図るとともに、それを基礎として新しいアイヌ文化を創造していくと いう、過去から未来へとつながる視点が必要だからである。
・今後の政策は、アイヌが先住民性をも ち、かつ先住民族であるという観点からおこなうべきであると謳っている。
ウ 政策展開に当たっての国民の理解の必 要性

明治以降、同化政策が進められる中で、アイヌの人々は差別や偏見に苦しんできた。現在でもこの問題は解消されたとはいえない。こうした差別や偏見を解消す るとともに、今後、新たなアイヌ政策を円滑に推進していくためには、アイヌの人々について、国民の正しい理解と知識の共有が不可欠である。

日本が近代化に向かつて歩みを進めた結果、日本国民全体が自由や民主主義、経済的豊かさといった恩恵を享受することとなった。しかし、その陰で、アイヌの 文化は深刻な打撃を受け、今なお、所得水準や高等教育への進学率などアイヌ以外の国民との間で格差が残り、それが差別の原因ともなってきた。アイヌである ことを悩み苦しむ若者たちがいる事実から目を背けるべきではない。前の世代が築いた恩恵を享受する今の世代には、これまで顧みられなかったアイヌに関する 歴史的経緯を一人ひとりの問題として認識し、お互いを思いやりアイヌを含めた次の世代が夢や誇りを持って生きられる社会にしていこうと心がけることが求め られる。
・アイヌ民族が、歴史的受けてきた被差別 や、経済的ネグレクト、民族差別について認め、それを是正するように謳っている。
【2】国連宣言の意義等

ア 国連宣言の意義

先住民族としての文化の復興を目指す政策の策定に当たっては、国連宣言の関連条項を参照しなければならない。

国連宣言は、先住民族と国家にとって貴重な成果であり、法(p.26)的拘束力はないものの、先住民族に係る政策のあり方の一般的な国際指針としての意義 は大きく、十分に尊重されなければならない。

ただ、世界に3 億7 千万人存在するともいわれる先住民族の歴史や置かれている状況は一様ではない。また、関連する国のあり方も多種多様である。国連宣言を参照するに当たって は、これらの事情を無視することはできない。我が固としても、同宣言の関連条項を参照しつつ、現代を生きるアイヌの人々の意見に真撃に耳を傾けながら、我 が国及びアイヌの人々の実情に応じて、アイヌ政策の確立に取り組んでいくべきである。
・国連宣言のなかに、先住民の自決権を認 めることを定義に含まれているのにも関わらず、日本政府ならびに有識者懇談会は、自決権を認めようとしないので、国連宣言に対してはアンビバレント(矛盾 する二面的価値)な立場を表明している箇所である。
・そのような逃げ口上の典型が「法的拘束力はないものの」「政策の策定に当たっては、国連宣言の関連条項を参照しなければならない」という矛盾に満ちたも のになっている。
・「先住民族の歴史や置かれている状況は一様ではない。また、関連する国のあり方も多種多様である」という玉虫色の表現にまみれている点で、日本政府が、 先住民(族)政策を、国際社会にきちんと履行できるのか、不安になる文章ではある。
イ 憲法等を考慮したアイヌ政策の展開

また、国及び地方公共団体により実施されるアイヌ政策が、我が国の最高法規である日本国憲法(以下「憲法」という)を踏まえるべきことは当然である。例え ば、アイヌの人々に対して特別の政策を行うことは憲法第14 条の平等原則に反するのではないか、という指摘がある。しかし、事柄の性質に即応した合理的な理由に基づくものであれば、国民の一部について、異なる取扱 いをすることも、憲法上許されると一般に解されており、既述のようにアイヌの人々が先住民族であることから特別の政策を導き出すことが「事柄の性質に即応 した合理的な理由」に当たることは多言を要しない。さらに、我が国が締結している「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」第2 条2 (注}が、締約国は特定の人種への平等な人権保障のために特別な措置をとることができるとしていることも視野に入れる必要がある。

これらの観点を踏まえると、憲法がアイヌの人々に対する特別な政策にとって制約として働く場合でも、合理的な理由が存在する限りアイヌ政策は認められると いえる。さらに今後重要なことは、アイヌ政策の根拠を憲法の関連規定に求め、かつ、(p.27)これを積極的に展開させる可能性を探ることである。

(注) 「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」人権及び基本的自由の平等を確保するため、あらゆる形態の人種差別を撤廃する政策等を、すべての適当な 方法により遅滞なくとることなどを主な内容とした条約。第2 条2 は以下のとおり規定している。

第2 条 略
2 締約国は、状況により正当とされる場合には、特定の人種の集団又はこれに属する個人に対し人権及び基本的自由の十分かつ平等な享有を保障するため、社会 的、経済的、文化的その他の分野において、当該人種の集団又は個人の適切な発展及び保護を確保するための特別かつ具体的な措置をとる。
・アイヌ民族に対するさまざまな政策は、 日本国憲法にしたがって、行われるべきであることを謳う。
・差別是正のためのアイヌ民族に対するアファーマティブな政策の実行は、憲法上も違憲となることなる可能であることを保証している。
・またこれらは、国内最高法規である憲法のみならず、「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」にもとづき国際社会に対しても、日本政府がきちん とそれを履行することを示している。
・したがって、このことが現実に是正されない場合は、国の不履行による違憲ないしは、憲法違反(=違憲状態の維持)という国家の瑕疵になることを指摘する 点で、重要な指摘である。
【3】 政策展開に当たっての基本的な理念

今後のアイヌ政策は、アイヌの人々が先住民族であり、その文化の復興に配慮すべき強い責任が国にあるという認識に基づき、先住民族に係る政策のあり方の一 般的な国際指針としての国連宣言の意義や我が国の最高法規である憲法等を踏まえ、以下の基本的な理念に基づいて展開していくべきである。

ア アイヌのアイデンテイティの尊重

憲法の人権関係の規定の中では、第13 条の「個人の尊重」が基本原理であり、我が国における法秩序の基礎をなす原則規範である。アイヌの人々にとって、自己が他の多くの日本人と異なる文化を持 つアイヌという存在であるという意識(すなわちアイヌのアイデンティティ)を持って生きることを積極的に選択した場合、その選択は国や他者から不当に妨げ られではならない。さらに、アイヌというアイデンティティを持って生きる(p.28)ことを可能にするような政策を行うことについても配慮が求められよ う。

このように考えると、国がその復興に配慮すべき強い責任があるアイヌの文化の中でも、とりわけ、アイヌ語の振興などを含む精神文化を尊重する政策について は強い配慮が求められる。また、アイヌの人々は、古くから生活の糧を得、儀式の場ともなってきた土地との間に深い精神文化的な結びつきを有しており、現代 を生きるアイヌの人々の意見や生活基盤の実態などを踏まえながら、土地・資源の利活用については、一定の政策的配慮が必要であろう。

さらに、歴史的経緯に起因するアイヌの人々と他の日本人との間の生活や教育面での格差が、アイヌの人々への差別につながり、そのことがアイヌとして誇りを 持って生きるという選択を妨げているとも考えられる。したがって、生活・教育の格差を解消するための施策も推進すべきである。これは、憲法第13 条の趣旨を実現するための条件整備としての意義を有するということができる。

なお、個々のアイヌの人々のアイデンティティを保障するためには、その拠り所となる民族の存在が不可欠であるから、その限りにおいて、先住民族としてのア イヌという集団を対象とする政策の必要性・合理性も認められなければならない。
・アイヌ民族のアイデンティティ(=自分 がアイヌ民族であることの誇り・プライド)の貴さを謳っている。
・にも関わらず、アイヌ民族であることで差別を受けてきたことが歴史的に明らかなことを指摘している。
・しかし、多様な生き方を選択し、自由に生きることができる日本国民(アイヌ民族)のあり方としては、アイヌ文化の精神や文化に特化しすぎてはいないか気 になるところである。
・経済的機会、教育機会の剥奪については、より具体的に踏み込んで指摘すべきであろう。
・先住民としての自決権は容認しようとしない懇談会ではあるが「先住民族としてのアイヌという集団」を尊重する点では、集団的権利を事実上容認していると も解釈できる文言である。
イ 多様な文化と民族の共生の尊重

固有の文化に深刻な打撃を受けながらも、それらを失うことなく、復興させ、保持し、さらに発展させる意思を持ちつづけているアイヌという民族が存在してい ることはきわめて意義深い。そして、アイヌ政策の理念を広義の文化の復興とすることは、多様でより豊かな文化を共有できるという意味で、国民一般の利益に もなるということができる。国連宣言も、文化の多様性が人類の共同財産として尊重されるべきものであるとして(p.29)いることに留意すべきである。

また、「民族の共生」という理念は、国際的にも追求されているものであり、国民誰もが相互に人格と個性を尊重し合う共生的かつ多元的な社会を目指す我が国 においても、国民がこの理念を共有する必要がある。国民一人ひとりが、自分たちも一民族であると認識するとともに、アイヌという独自の先住民族が圏内に生 活していることを認識し、尊重するようになることが求められているといえよう。

さらに、日本を国際的な視野から見ると、明治以降、比較的短期間に近代化を達成し、かっ第二次世界大戦における敗戦にも拘らず、現在までに世界第二位の国 民経済を築き上げ、国連分担金の五分のーを供出するに至ったという実績は、国際社会で一定の評価を受け、同時に途上国にとっては発展・開発のひとつのモデ ルと看倣されている。その日本が、内なる先住者のアイヌの人々の文化を尊重し、それを将来へ向けて発展させることに成功すれば、「異なる民族の共生」と 「文化の多様性の尊重」を目指している国際社会において、日本の地位を更に高めることにつながるであろう。
・民族の共生――具体的には、アイヌとア イヌ以外の日本人(ともに日本人)の共存――を謳っており、それは国際的にも追求されていると認める点は評価できる。
・しかし、それが、国民の内発的な要求であるよりも「国際社会で一定の評価を受け、同時に途上国にとっては発展・開発のひとつのモデルと看倣され」るとい う外発的な要求のように鼓舞されるのは、当事者の日本人ひとりひとりが、それだけでいいのだろうかと疑問を抱くところである。
・国民の精神的統一つまりナショナリズムを補完するために、先住民族との共生が謳われるものであるこの表現には違和感を持たざるをえない。「現在までに世 界第二位の国民経済を築き上げ、国連分担金の五分のーを供出するに至った」というものに、日本人のプライドをもつひとは、もやは時代遅れの政治家のみであ り、多くの人々は同じ国民であろうがなかろうがグローバリズムのなかでどのような隣人とも平和に共存したいほうを優先するだろう。
ウ 国が主体となった政策の全国的実施

アイヌの人々は、北海道をはじめとする各地域で生活を営んでおり、よりよい地域社会を築くという観点から、それぞれの地域の問題として共生や文化の復興に 取り組むことが期待されるところである。現に、これまでも関係の地方公共団体などによる取組がなされてきており、今後も、関係地方公共団体や企業などの民 間により自主的な取組がなされることが重要である。しかしながら、先住民族としてのアイヌの人々と他の多くの日本人との共生は、国の成り立ちにかかわる問 題である。また、国の政策として近代化を進めた結果、先住民族であるアイヌの人々の文化に打撃がもたらされた歴史も考慮すれば、従来にも(p.30)増し て、国が主体性を持って政策を立案し遂行することが求められる。

その際、関係地方公共団体や民間団体等との連携・協働により政策の効果を全体として高めていくことが重要である。

また、アイヌとしてのアイデンティティをもつ個人に関する政策は、その居住する地域によって左右されるべきではない。現在、全国各地にアイヌの人々が生活 していると考えられていることから、全国のアイヌの人々を対象にして政策を実施する必要がある。
・よりよい地域社会を築くための国の責 務、地方自治団体の責務などが主張されている。
(2) 具体的政策

基本的な理念を実現していくためには、第一に、先住民族としてのアイヌの歴史、伝統、現状等について、国民の正しい理解が必要である。第二に、現行のアイ ヌ文化振興施策等を発展拡充し、今を生きるアイヌの人々が誇りを持って生を営むことが可能となり、国民が多様な価値観を実感・共有でき、新しい文化の創造 や発展につながるような幅広いアイヌ政策を展開していく必要がある。

このような観点から、今後のアイヌ政策は、現行のアイヌ政策に関する現状と課題を明らかにした上で、これまでのアイヌ文化振興施策等に加えて、以下に記述 する【1】国民の理解の促進(教育、啓発)、【2】広義の文化に係る政策の推進(民族共生の象徴となる空間の整備、研究の推進、アイヌ語をはじめとするア イヌ文化の振興、土地・資源の利活用の促進、産業振興、生活向上関連施策)を重点として展開すべきであり、【3】国としてこれらを実行するために必要な推 進体制等を整備すべきである。
・具体的政策についての概要を示す。
【1】 国民の理解の促進

アイヌの人々が日本列島北部周辺、とりわけ北海道に先住し、独自の言語、宗教や文化の独自性を有する先住民族であると認識(p.31)されることが重要で ある。そして、差別や偏見が解消され、アイヌの人々が、自らをアイヌであると誇りを持っていえる社会を目指すことが必要である。このためには、アイヌの歴 史、文化等について教育課程等を通じて国民が正しく理解し、我が国にアイヌという民族やアイヌ文化が存在することの価値を認識することがきわめて重要であ る。
・国民の理解の促進のための、公教育の重 要性が説かれる。
ア 教育

アイヌの歴史、文化等についての国民の理解の促進を図るに当たっては、児童・生徒の発達段階に応じた一定の基礎的な知識の習得や理解の促進が肝要である。

アイヌに関する教育の現状をみると、まず、学習指導要領におけるアイヌに関する取扱いは、中学校の社会科において江戸時代の鎖国下の対外関係の一部とし て、「北方との交易をしていたアイヌについて取り扱う」旨の記載に留まっている。各種の教科書では、アイヌの歴史や差別撤廃に関する内容等が記述されてい るが、教科書によって記述内容や記述量に濃淡がある。また、財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構が小中学生向けに作成・配布している副読本「アイヌ民 族:歴史と現在一未来を共に生きるために―」については、北海道内では小学校4 年生、中学校2 年生の生徒全員に配布されているが、北海道外では、各小中学校に1 冊ずつ配布されるに留まっており、いずれの場合も配布された副読本の利活用については各学校の判断に委ねられている。さらに、アイヌの歴史等に関する指導 方法がわからない等の声が教員側にあるほか、体験学習等の取組を積極的に行っているのは一部の市町村や学校に限られている。

これらの現状を踏まえると、課題としては、アイヌの歴史や文化等に関して、必ずしも児童・生徒の発達段階に応じた学習体系となっておらず幅広い理解につな がりにくいこと、指導する教員側に十分な知識・理解がない場合が多いこと、学(p.32)習等における積極的・先進的な取組により成果をあげるか否かは教 員の姿勢や指導者の存在等の偶然の要素に左右されていること等が考えられる。

これらの課題に対応するため、アイヌの歴史、文化等について、十分かつ適切な理解や指導を可能とするよう教育内容の充実を図っていくことが重要である。具 体的には、大学等において、児童・生徒の発達段階に応じた適切な理解や指導者の適切な指導を可能とするような方策を総合的に研究し、研究成果を教育の現場 に活用していくことや、次回の学習指導要領改訂に向けた課題として検討していくことも必要である。また、短期的には、教科書における記述の充実、小中学生 向けの副読本の配布数を拡大するなど副読本の利活用の充実に努めること、教職員等への研修を充実すること、教育現場におけるアイヌ文化等に関する体験学習 等の積極的な取組事例の収集・促進を図ること等が求められる。このように、義務教育終了時までに、アイヌの歴史や文化等に関する基礎的な知識の習得や理解 の促進が可能となるような環境整備が重要である。
・(承前)国民の理解の促進のための、公 教育の重要性が説かれる。
・学校教育への具体的な介入の意義。
・現状の問題点の指摘
イ 啓発

義務教育段階における基礎的な知識の普及や理解の促進とともに、新たなアイヌ政策の円滑な実施にとって、国民各層の幅広い理解を促進していくことも必要不 可欠である。

アイヌに関する啓発の現状は、北海道内を中心に財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構を中心としたアイヌの伝統等に関する広報等の活動、法務省を中心とし た人権啓発の一環としての啓発活動、博物館等におけるアイヌ文物等の展示等により行われている。

これらの現状の啓発活動は、行政が主体の場合が多く、北海道内における活動が中心となっているなど、啓発の手段や量(p.33)が限られており、全国的な 広がりを見せていない等の課題がある。

このため、「アイヌ民族の日(仮称)」の制定など、全国的に期聞を集中して先住民族としてのアイヌ民族に関する歴史や文化について国民の理解を深める広報 活動や行事を実施すること、公共の場等において積極的にアイヌ文物等を展示していくことが必要である。また、アイヌの歴史や文化に関する映画やドラマの作 成、通信や放送による教育の充実など民間も参加した多様な担い手による啓発の取組を行っていくことなども重要である。こうした様々な啓発活動の積極的な実 施を通じて、広く国民の理解の促進を図っていくことが必要である。
・啓発活動
・博物館の整備
・人権啓発活動
・「アイヌ民族の日」の制定を謳う
【2】広義の文化に係る政策

先に述べたとおり、近代化政策の結果として打撃を被った先住民族としてのアイヌの人々の文化の復興の対象は、言語、音楽、舞踊、工芸等に加えて、土地利用 の形態等をも含む民族固有の生活様式の総体と考えるべきである。その上でアイヌの人々がアイヌとしてのアイデンティティを誇りを持って選択し、アイヌ文化 の実践・継承を行うことが可能となるような環境整備を図っていくことや、経務活動との連携等により自律的な生活の回復に結びつけていくような取組を促進し ていくことが必要である。その際、アイヌ文化の現代的な回復や将来へ向けた創造・発展という視点、また、国民一般がアイヌ文化の価値を実感・共有できるよ うな多様な文化と民族の共生という視点も重要となる。このような観点から、以下のような広義の文化に係る政策を実施すべきである。
・文化政策(総論)
ア 民族共生の象徴となる空間の整備

アイヌという民族に関する歴史的背景、自然と共生してき(p.34)た文化の重要性、国民の理解の促進の必要性等にかんがみれば、アイヌの歴史や文化等に 関する教育・研究・展示等の施設を整備することや伝統的工芸技術等の担い手の育成等を行う場を確保するとともに、併せて、アイヌの精神文化の尊重という観 点から、過去に発掘・収集され現在大学等で保管されているアイヌの人骨等について、尊厳ある慰霊が可能となるような慰霊施設の設置等の配慮が求められる。 これらの施設を山、海、川などと一体となった豊かな自然環境で囲み、国民が広く集い、アイヌ文化の立体的な理解や体験・交流等を促進する民族共生の象徴と なるような空間を公園等として整備することが望まれる。

これらの施設及び空間は、本報告書のコンセプト全体を体現する扇の要となるものであり、我が国が、将来へ向けて、先住民族の尊厳を尊重し差別のない多様で 豊かな文化を持つ活力ある社会を築いていくための象徴としての意味を持つものである。
・民族共生の象徴となる空間
・その後「民族共生の象徴となる空間」作業部会は、平成22(2010)年3月から平成23(2011)年5月まで、象徴空間の基本的な考え方を検討し、 象徴空間リーフレット(平成24(2012)年3月)、基本構想、パブリックコメントなどを募集している(→リ ンク)。
イ 研究の推進

アイヌの人々が、アイデンティティの原点であるアイヌ語やアイヌ文化を将来に亘って安定的に実践・継承していくことを可能とするためにも、アイヌに関する 総合的かっ実践的な研究の推進・充実を図るとともに、アイヌの人々が主体となった研究・教育等が進められるような環境づくりを進めていくことが求められ る。

アイヌに関する研究の現状としては、財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構によるアイヌに関する研究や研究成果の出版への助成、一部の大学や研究機関等に おける学術的・専門的な研究等があげられる。

これらのアイヌに関する研究等については、研究機関毎に小規模で行われており、相互の連携や交流が必ずしも十分で(p.35)ないこと、アイヌの人々自身 が研究に携わる機会が限られておりアイヌの研究者の人材育成が進んでいないこと等の課題があり、総合的かっ実践的な研究の推進が十分に図られているとは言 い難い状況にある。

このため、早急に、アイヌに関する研究やアイヌの人々も含めた研究者の育成等を戦略的に行う研究体制を構築していくことが必要である。具体的には、先駆的 にアイヌに関する研究等に取り組んでいる機関の機能、体制等を拡充強化し、当該研究機関が中核・司令塔となってアイヌに関する研究のネットワーク化や研究 者の育成等を担うこととし、中長期的にはアイヌに関する総合的かつ実践的な研究の推進体制へと発展させていくべきである。また、アイヌの人々に対する高等 教育機関における教育機会の充実等の自主的な取組への支援も重要である。
・研究の推進
・総合的な対策がとられていないことが指摘されている。
ウ アイヌ語をはじめとするアイヌ文化の 振興

民族としてのアイデンティティの中核をなすアイヌ語の振興については、北海道内を中心に財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構により、アイヌ語に関する指 導者の育成、弁論大会の開催、アイヌ語講座のラジオ放送等により行われている。その他のアイヌ文化の振興については、文化伝承に関する講座の開催、伝統工 芸の展示等に関する助成等により行われている。また、国の重要無形民俗文化財であるアイヌ古式舞踊(アイヌの人々によって伝承されている歌と踊りで、アイ ヌの主要な祭りや家庭での行事等の際に行われるもの)がユネスコの無形文化遺産候補として提案されていることにも注目すべきである。

このように、アイヌ文化振興法の制定以降、アイヌ語などアイヌ文化の一部に対する振興施策が充実されたことにより、アイヌ語学習等へ若い世代の参画が見ら れるなど文化伝承の裾野が着実に広がってきている。しかしながら、アイヌ語を学び(p.36)たい、アイヌ文化に触れたいというニーズに対して、それに応 える場や機会が限られていたり、指導者や教材が不足している等の課題があり、必ずしも十分に対応しきれていない面もある。

このため、アイヌ語等に関する講座や指導者の育成等の既存のアイヌ文化振興施策の充実強化はもちろん、アイヌ語の音声資料の収集・整理、地名のアイヌ語表 記やアイヌ語地名由来の説明表記を充実するなどアイヌ語等のアイヌ文化に学び触れる機会を更に充実させていくべきである。また、アイヌの口承文芸であるユ カラ等のアイヌ文化の伝承に長年貢献しているアイヌの高齢者への表彰等を引き続き実施することが必要である。
・アイヌ語の言語復興運動
・文化伝承(工芸、舞踊)の助成
エ 土地・資源の利活用の促進

アイヌの人々は、土地との間に深い精神文化的な結びつきを有しており、現代を生きるアイヌの人々の意見や生活基盤の実態などを踏まえ、今日的な土地・資源 の利活用によりアイヌ文化の総合的な伝承活動等を可能にするよう配慮していくことが、先住民族としてのアイヌ文化の振興や伝承にとってきわめて重要とな る。

現在、アイヌの伝統的生活空間(イオル)の再生事業{注}が北海道内の2 地域で行われており、国公有地等において文化伝承に必要な自然素材育成、体験交流等が行われている。また、一部の河川においては、アイヌの伝統的な儀式等 の目的で内水面のサケを採捕することを特別に許可する等の配慮が払われている。

一方で、アイヌの人々からは、土地・資源の利活用が十分にできないため、文化伝承に必要な自然素材が採取できないなど、アイヌ文化の継承や発展にとって支 障となっている側面があるのではないかとの指摘もある。(p.37)アイヌ文化の継承等に必要な土地・資源の利活用については、伝承活動等を行おうとする アイヌの人々の具体的な意見に耳を傾けるとともに、公共的な必要性・合理性について国民の理解を得ながら進めていくことが重要である。

これらの課題等も踏まえ、近年、自然との共生の重要性が増す中、自然とのかかわりの中で育まれてきたアイヌ文化を一層振興していく観点からも、地元関係者 の理解や協力を得つつ、アイヌ文化の継承等に必要な樹木等の自然素材を円滑に利活用できる条件整備を更に進めていくことが重要であると考えられる。

具体的には、アイヌの伝統的生活空間(イオル)の再生事業について、アイヌの人々や関係者の意見等を踏まえつつ実施地域の拡充等を行うこと、また、同事業 の実施地域等において、アイヌの人々、行政等の関係者が国公有地や海面・内水面での自然素材の利活用等に関して必要な調整を行う場を設置することにより、 今日的な土地・資源の利活用によるアイヌ文化の伝承等を段階的に実現していくことが必要である。

(注)アイヌの伝統的生活空間(イオル)の再生事業

森林や水辺等において、アイヌ文化の継承等に必要な樹木、草本等の自然素材の確保が可能となり、その素材を使って、アイヌ文化の伝承活動等が行われるよう な空間を形成する事業。
・アイヌ文化を育んできた伝統的生活空間 (イオル)の再生事業
・自然保護活動や狩猟文化などの伝承との共存などの課題を示す。
オ 産業振興

多くのアイヌの人々の主体的な参加を得て安定的にアイヌ文化の伝承等を促進していくためには、文化伝承等の活動と経済活動との連携が重要となる。

現状では、北海道内の一部の地域で、アイヌの人々と地域の人々が協力してアイヌ文化を重要な観光資源として位置づけ、(p.38)地域振興や観光振興に向 けた取組が行われるなどアイヌ文化の伝承のための活動と経済活動が調和した好事例も見られる。しかしながら、現状において各地域の取組は小規模なものが多 く、アイヌ文化の伝承のための活動等が生業とならないことが、アイヌ文化の担い手を増やし、文化を振興することの障害になっている面もあるのではないかと 考えられる。

文化振興や伝承のための活動がアイヌの人々の経済的自立にも結びつくための方策として、伝統的なアイヌの工芸品等に関する工芸技術の向上や販路拡大、アイ ヌ・ブランドの確立、アイヌ文化の適切な観光資源化や観光ルート化、アイヌ文化をテーマにした観光産業振興に資する圏内外へのプロモーション等に取り組む ことが必要であり、これらに対する支援の充実強化が求められる。とりわけ工芸品の販路拡大やアイヌ・ブランドの確立に向けたマーケティング調査を早期に実 施することが必要である。なお、地域におけるアイヌ文化と経済活動等との連携を更に促進するためには、アイヌの人々と地域住民が主体となった取組等を後押 しするような支援が重要である。
・産業振興
・アイヌブランドの確立
・販路の開拓
・地域経済活動の活性化など。
カ 生活向上関連施策

生活向上関連施策については、現在、北海道において、奨学金、生活相談、就業支援、農林漁業の生産基盤等の整備、工芸技術研修等に関する支援を実施してい る。

今日の北海道内のアイヌの人々の生活状況等は一定の改善が見られているが、先述の「北海道大学アイヌ民族生活実態調査」等によると、生活保護率や大学への 進学率等においてなお格差が存在しており、引き続き生活向上関連施策を実施していくことが求められる。これらの格差の存在により、アイヌの人々がアイヌと してのアイデンティティを誇りを持って選択することが妨げられ、アイヌ文化の振興や伝承の確保(p.38)が困難となっている状況も否定できない。また、 北海道内に在住するアイヌの人々に対しては施策が講じられる一方で、北海道外在住のアイヌの人々に対しては施策が講じられていない等の課題もある。

このため、アイヌの人々が、居住地に左右されず、自律的に生を営み、文化振興や伝承等を担えるようにするための支援が必要であり、北海道外のアイヌの人々 の生活等の実態を調査した上で、全国的見地から必要な支援策を検討し実施していくことが求められる。その際、支援策の適用に当たってアイヌの人々を個々に 認定する手続等が必要となる場合には、透明性及び客観性のある手法等を慎重に検討すべきである。

なお、以上のような生活向上関連施策の展開に当たって留意すべき点は、アイヌの人々は様々な生活の道を選択しているという状況があることであり、これらの 人々を本人の意思に関わらず、ー律に施策の対象とすることは避けるべきである。
・福祉施策(=生活向上関連施策)の必要 性の強調

【3】推進体制等の整備

現行における政府のアイヌ政策は、アイヌ文化振興法に基づくアイヌ文化振興関連施策等については国土交通省及び文部科学省、北海道生活向上関連施策の支援 については文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省及び国土交通省、人権教育については文部科学省、人権啓発については法務省がそれぞれ行ってお り、アイヌ政策全体に関する総合的な窓口は置かれていない。このため固として政策全般を見渡せていないのではないかという指摘がある。また、文化振興や生 活向上の施策の検討に際して、行政とアイヌの人々が共に検討する揚が個別に設けられている例があるが、新たな政策課題への対応等にアイヌの人々の意見等が 必ずしも十分に反映されていないのではないかと考えられ(p.40)る。

このため、今後は、全国的見地から国が主体となって総合的に政策を推進するとともに、アイヌの人々の意見等を政策に反映する体制や仕組みを構築する必要が ある。具体的には、アイヌ政策を総合的に企画・立案・推進する国の体制の整備やアイヌの人々の意見等を踏まえつつアイヌ政策を推進し、施策の実施状況等を モニタリングしていく協議の場等の設置が必要である。これらにより、アイヌの人々の意見をも踏まえた効果的な政策の推進や実施状況の検証等が図られていく ものと期待される。

なお、国会等におけるアイヌ民族のための特別議席の付与については、国会議員を全国民の代表とする憲法の規定等に抵触すると考えられることから、実施のた めには憲法の改正が必要となろう。特別議席以外の政治的参画の可能性については、諸外国の事例も踏まえ、その有効性と合憲性を慎重に検討することが必要な 中長期的課題であり、同時にアイヌの人々にもアイヌの総意をまとめる体制づくりが求められることになろう。このため、まずは、上述したとおり、アイヌの人 々の意見等を政策の推進等に反映する仕組みを構築し、第一歩を踏み出すことが肝要である。
・政府による総合的な取り組みの必要性が 謳われる



コメント用『報告書』(「今後のアイヌ政策あり方」 のみ)テキスト全文。マル数字は【1】【2】【3】としている。

(p.23)
3 今後のアイヌ政策のあり方

(1)今後のアイヌ政策の基本的考え方

@ 先住民族という認識に基づく政策展開

ア 先住民族であることの確認

a ウタリ懇談会報告書における認識

平成8 (1996) 年のウタリ(注)対策のあり方に関する有識者懇談会報告書は、「少なくとも中世末期以降の歴史の中で見ると、学問的に見ても、アイヌの人々は当時の『和 人』との関係において日本列島北部周辺、とりわけ我が国固有の領土である北海道に先住していたことは否定できないと考えられる」としてアイヌの人々の先住 性を認めたが、これは事実の確認にとどまり、新たな政策とは結びつけられていなかった。それはその後制定されたアイヌ文化振興法においても同様であり、同 法が推進する文化振興施策はアイヌの人々の先住性から導かれるものではなかった。

(注) 「ウタリ」とは、アイヌ語で仲間、同胞のこと。

b アイヌの人々が先住民族であるということ

先住民族の定義については国際的に様々な議論があり、定義そのものも先住民族自身が定めるべきであるという議論もあるが、国としての政策展開との関係にお いて必要な限りで定義を試みると、先住民族とは、一地域に、歴史的に国家の統治が及ぶ前から、国家を構成する多数民族と異なる文化とアイデンティティを持 つ民族として居住し、その後、その意に関わらずこの多数民族の支配を受けながらも、なお独自の文化とアイデンテイティを喪失することなく同地域に居住して いる民族である、ということができよう。

「1 今に至る歴史的経緯」で見たように、アイヌの人々(p.24)は、独自の文化を持ち、他からの支配・制約などを受けない自律的な集団として我が国の 統治が及ぶ前から日本列島北部周辺、とりわけ北海道に居住していた。その後、我が国が近代国家を形成する過程で、アイヌの人々は、その意に関わらず支配を 受け、固による土地政策や同化政策などの結果、自然とのつながりが分断されて生活の糧を得る場を狭められ貧窮していくとともに、独自の文化の伝承が困難と なり、その伝統と文化に深刻な打撃を受けた。しかし、アイヌの人々は、今日においても、アイヌとしてのアイデンティティや独自の文化を失うことなく、これ を復興させる意思を持ち続け、北海道を中心とする地域に居住している。これらのことから、アイヌの人々は日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族であ ると考えることができる。

イ 先住民族であることから導き出される政策の展開

今後のアイヌ政策は、アイヌの人々が先住民族であるという認識に基づいて展開していくことが必要である。

すなわち、今後のアイヌ政策は、国の政策として近代化を進めた結果、アイヌの文化に深刻な打撃を与えたという歴史的経緯を踏まえ、国には先住民族であるア イヌの文化の復興に配慮すべき強い責任があるということから導き出されるべきである。その復興により、再びアイヌの人々が、自分たちの意思に従って、独自 の文化を保持、発展することができるような存在にな
ることが重要である。

ここでいう文化とは、言語、音楽、舞踊、工芸等に加えて、土地利用の形態などを含む民族固有の生活様式の総体という意味で捉えるべきであって、文化の独自 性という場合には、そのような広い視点が必要であると考えられる。ただし、文化の復興といっても単に過去の原状を回復するという意味ではない。国がアイヌ の文化の復興に配慮するに当たっては、現代を生き(p.25)るアイヌの人々の具体的な声に耳を傾けることが重要である。アイヌの人々が、現在では他の多 くの日本人とほぼ変わらない生活を営んでいることに照らし、伝統を踏まえて文化の復興を図るとともに、それを基礎として新しいアイヌ文化を創造していくと いう、過去から未来へとつながる視点が必要だからである。

ウ 政策展開に当たっての国民の理解の必要性

明治以降、同化政策が進められる中で、アイヌの人々は差別や偏見に苦しんできた。現在でもこの問題は解消されたとはいえない。こうした差別や偏見を解消す るとともに、今後、新たなアイヌ政策を円滑に推進していくためには、アイヌの人々について、国民の正しい理解と知識の共有が不可欠である。

日本が近代化に向かつて歩みを進めた結果、日本国民全体が自由や民主主義、経済的豊かさといった恩恵を享受することとなった。しかし、その陰で、アイヌの 文化は深刻な打撃を受け、今なお、所得水準や高等教育への進学率などアイヌ以外の国民との間で格差が残り、それが差別の原因ともなってきた。アイヌである ことを悩み苦しむ若者たちがいる事実から目を背けるべきではない。前の世代が築いた恩恵を享受する今の世代には、これまで顧みられなかったアイヌに関する 歴史的経緯を一人ひとりの問題として認識し、お互いを思いやりアイヌを含めた次の世代が夢や誇りを持って生きられる社会にしていこうと心がけることが求め られる。

A 国連宣言の意義等

ア 国連宣言の意義

先住民族としての文化の復興を目指す政策の策定に当たっては、国連宣言の関連条項を参照しなければならない。

国連宣言は、先住民族と国家にとって貴重な成果であり、法(p.26)的拘束力はないものの、先住民族に係る政策のあり方の一般的な国際指針としての意義 は大きく、十分に尊重されなければならない。

ただ、世界に3 億7 千万人存在するともいわれる先住民族の歴史や置かれている状況は一様ではない。また、関連する国のあり方も多種多様である。国連宣言を参照するに当たって は、これらの事情を無視することはできない。我が固としても、同宣言の関連条項を参照しつつ、現代を生きるアイヌの人々の意見に真撃に耳を傾けながら、我 が国及びアイヌの人々の実情に応じて、アイヌ政策の確立に取り組んでいくべきである。

イ 憲法等を考慮したアイヌ政策の展開

また、国及び地方公共団体により実施されるアイヌ政策が、我が国の最高法規である日本国憲法(以下「憲法」という)を踏まえるべきことは当然である。例え ば、アイヌの人々に対して特別の政策を行うことは憲法第14 条の平等原則に反するのではないか、という指摘がある。しかし、事柄の性質に即応した合理的な理由に基づくものであれば、国民の一部について、異なる取扱 いをすることも、憲法上許されると一般に解されており、既述のようにアイヌの人々が先住民族であることから特別の政策を導き出すことが「事柄の性質に即応 した合理的な理由」に当たることは多言を要しない。さらに、我が国が締結している「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」第2 条2 (注}が、締約国は特定の人種への平等な人権保障のために特別な措置をとることができるとしていることも視野に入れる必要がある。

これらの観点を踏まえると、憲法がアイヌの人々に対する特別な政策にとって制約として働く場合でも、合理的な理由が存在する限りアイヌ政策は認められると いえる。さらに今後重要なことは、アイヌ政策の根拠を憲法の関連規定に求め、かつ、(p.27)これを積極的に展開させる可能性を探ることである。

(注) 「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」人権及び基本的自由の平等を確保するため、あらゆる形態の人種差別を撤廃する政策等を、すべての適当な 方法により遅滞なくとることなどを主な内容とした条約。第2 条2 は以下のとおり規定している。

第2 条 略
2 締約国は、状況により正当とされる場合には、特定の人種の集団又はこれに属する個人に対し人権及び基本的自由の十分かつ平等な享有を保障するため、社会 的、経済的、文化的その他の分野において、当該人種の集団又は個人の適切な発展及び保護を確保するための特別かつ具体的な措置をとる。

【3】 政策展開に当たっての基本的な理念

今後のアイヌ政策は、アイヌの人々が先住民族であり、その文化の復興に配慮すべき強い責任が国にあるという認識に基づき、先住民族に係る政策のあり方の一 般的な国際指針としての国連宣言の意義や我が国の最高法規である憲法等を踏まえ、以下の基本的な理念に基づいて展開していくべきである。

ア アイヌのアイデンテイティの尊重

憲法の人権関係の規定の中では、第13 条の「個人の尊重」が基本原理であり、我が国における法秩序の基礎をなす原則規範である。アイヌの人々にとって、自己が他の多くの日本人と異なる文化を持 つアイヌという存在であるという意識(すなわちアイヌのアイデンティティ)を持って生きることを積極的に選択した場合、その選択は国や他者から不当に妨げ られではならない。さらに、アイヌというアイデンティティを持って生きる(p.28)ことを可能にするような政策を行うことについても配慮が求められよ う。

このように考えると、国がその復興に配慮すべき強い責任があるアイヌの文化の中でも、とりわけ、アイヌ語の振興などを含む精神文化を尊重する政策について は強い配慮が求められる。また、アイヌの人々は、古くから生活の糧を得、儀式の場ともなってきた土地との間に深い精神文化的な結びつきを有しており、現代 を生きるアイヌの人々の意見や生活基盤の実態などを踏まえながら、土地・資源の利活用については、一定の政策的配慮が必要であろう。

さらに、歴史的経緯に起因するアイヌの人々と他の日本人との間の生活や教育面での格差が、アイヌの人々への差別につながり、そのことがアイヌとして誇りを 持って生きるという選択を妨げているとも考えられる。したがって、生活・教育の格差を解消するための施策も推進すべきである。これは、憲法第13 条の趣旨を実現するための条件整備としての意義を有するということができる。

なお、個々のアイヌの人々のアイデンティティを保障するためには、その拠り所となる民族の存在が不可欠であるから、その限りにおいて、先住民族としてのア イヌという集団を対象とする政策の必要性・合理性も認められなければならない。

イ 多様な文化と民族の共生の尊重

固有の文化に深刻な打撃を受けながらも、それらを失うことなく、復興させ、保持し、さらに発展させる意思を持ちつづけているアイヌという民族が存在してい ることはきわめて意義深い。そして、アイヌ政策の理念を広義の文化の復興とすることは、多様でより豊かな文化を共有できるという意味で、国民一般の利益に もなるということができる。国連宣言も、文化の多様性が人類の共同財産として尊重されるべきものであるとして(p.29)いることに留意すべきである。

また、「民族の共生」という理念は、国際的にも追求されているものであり、国民誰もが相互に人格と個性を尊重し合う共生的かつ多元的な社会を目指す我が国 においても、国民がこの理念を共有する必要がある。国民一人ひとりが、自分たちも一民族であると認識するとともに、アイヌという独自の先住民族が圏内に生 活していることを認識し、尊重するようになることが求められているといえよう。

さらに、日本を国際的な視野から見ると、明治以降、比較的短期間に近代化を達成し、かっ第二次世界大戦における敗戦にも拘らず、現在までに世界第二位の国 民経済を築き上げ、国連分担金の五分のーを供出するに至ったという実績は、国際社会で一定の評価を受け、同時に途上国にとっては発展・開発のひとつのモデ ルと看倣されている。その日本が、内なる先住者のアイヌの人々の文化を尊重し、それを将来へ向けて発展させることに成功すれば、「異なる民族の共生」と 「文化の多様性の尊重」を目指している国際社会において、日本の地位を更に高めることにつながるであろう。

ウ 国が主体となった政策の全国的実施

アイヌの人々は、北海道をはじめとする各地域で生活を営んでおり、よりよい地域社会を築くという観点から、それぞれの地域の問題として共生や文化の復興に 取り組むことが期待されるところである。現に、これまでも関係の地方公共団体などによる取組がなされてきており、今後も、関係地方公共団体や企業などの民 間により自主的な取組がなされることが重要である。しかしながら、先住民族としてのアイヌの人々と他の多くの日本人との共生は、国の成り立ちにかかわる問 題である。また、国の政策として近代化を進めた結果、先住民族であるアイヌの人々の文化に打撃がもたらされた歴史も考慮すれば、従来にも(p.30)増し て、国が主体性を持って政策を立案し遂行することが求められる。

その際、関係地方公共団体や民間団体等との連携・協働により政策の効果を全体として高めていくことが重要である。

また、アイヌとしてのアイデンティティをもつ個人に関する政策は、その居住する地域によって左右されるべきではない。現在、全国各地にアイヌの人々が生活 していると考えられていることから、全国のアイヌの人々を対象にして政策を実施する必要がある。

(2) 具体的政策

基本的な理念を実現していくためには、第一に、先住民族としてのアイヌの歴史、伝統、現状等について、国民の正しい理解が必要である。第二に、現行のアイ ヌ文化振興施策等を発展拡充し、今を生きるアイヌの人々が誇りを持って生を営むことが可能となり、国民が多様な価値観を実感・共有でき、新しい文化の創造 や発展につながるような幅広いアイヌ政策を展開していく必要がある。

このような観点から、今後のアイヌ政策は、現行のアイヌ政策に関する現状と課題を明らかにした上で、これまでのアイヌ文化振興施策等に加えて、以下に記述 する【1】国民の理解の促進(教育、啓発)、【2】広義の文化に係る政策の推進(民族共生の象徴となる空間の整備、研究の推進、アイヌ語をはじめとするア イヌ文化の振興、土地・資源の利活用の促進、産業振興、生活向上関連施策)を重点として展開すべきであり、【3】国としてこれらを実行するために必要な推 進体制等を整備すべきである。

【1】国民の理解の促進

アイヌの人々が日本列島北部周辺、とりわけ北海道に先住し、独自の言語、宗教や文化の独自性を有する先住民族であると認識(p.31)されることが重要で ある。そして、差別や偏見が解消され、アイヌの人々が、自らをアイヌであると誇りを持っていえる社会を目指すことが必要である。このためには、アイヌの歴 史、文化等について教育課程等を通じて国民が正しく理解し、我が国にアイヌという民族やアイヌ文化が存在することの価値を認識することがきわめて重要であ る。

ア 教育

アイヌの歴史、文化等についての国民の理解の促進を図るに当たっては、児童・生徒の発達段階に応じた一定の基礎的な知識の習得や理解の促進が肝要である。

アイヌに関する教育の現状をみると、まず、学習指導要領におけるアイヌに関する取扱いは、中学校の社会科において江戸時代の鎖国下の対外関係の一部とし て、「北方との交易をしていたアイヌについて取り扱う」旨の記載に留まっている。各種の教科書では、アイヌの歴史や差別撤廃に関する内容等が記述されてい るが、教科書によって記述内容や記述量に濃淡がある。また、財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構が小中学生向けに作成・配布している副読本「アイヌ民 族:歴史と現在一未来を共に生きるために―」については、北海道内では小学校4 年生、中学校2 年生の生徒全員に配布されているが、北海道外では、各小中学校に1 冊ずつ配布されるに留まっており、いずれの場合も配布された副読本の利活用については各学校の判断に委ねられている。さらに、アイヌの歴史等に関する指導 方法がわからない等の声が教員側にあるほか、体験学習等の取組を積極的に行っているのは一部の市町村や学校に限られている。

これらの現状を踏まえると、課題としては、アイヌの歴史や文化等に関して、必ずしも児童・生徒の発達段階に応じた学習体系となっておらず幅広い理解につな がりにくいこと、指導する教員側に十分な知識・理解がない場合が多いこと、学(p.32)習等における積極的・先進的な取組により成果をあげるか否かは教 員の姿勢や指導者の存在等の偶然の要素に左右されていること等が考えられる。

これらの課題に対応するため、アイヌの歴史、文化等について、十分かつ適切な理解や指導を可能とするよう教育内容の充実を図っていくことが重要である。具 体的には、大学等において、児童・生徒の発達段階に応じた適切な理解や指導者の適切な指導を可能とするような方策を総合的に研究し、研究成果を教育の現場 に活用していくことや、次回の学習指導要領改訂に向けた課題として検討していくことも必要である。また、短期的には、教科書における記述の充実、小中学生 向けの副読本の配布数を拡大するなど副読本の利活用の充実に努めること、教職員等への研修を充実すること、教育現場におけるアイヌ文化等に関する体験学習 等の積極的な取組事例の収集・促進を図ること等が求められる。このように、義務教育終了時までに、アイヌの歴史や文化等に関する基礎的な知識の習得や理解 の促進が可能となるような環境整備が重要である。

イ 啓発

義務教育段階における基礎的な知識の普及や理解の促進とともに、新たなアイヌ政策の円滑な実施にとって、国民各層の幅広い理解を促進していくことも必要不 可欠である。

アイヌに関する啓発の現状は、北海道内を中心に財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構を中心としたアイヌの伝統等に関する広報等の活動、法務省を中心とし た人権啓発の一環としての啓発活動、博物館等におけるアイヌ文物等の展示等により行われている。

これらの現状の啓発活動は、行政が主体の場合が多く、北海道内における活動が中心となっているなど、啓発の手段や量(p.33)が限られており、全国的な 広がりを見せていない等の課題がある。

このため、「アイヌ民族の日(仮称)」の制定など、全国的に期間を集中して先住民族としてのアイヌ民族に関する歴史や文化について国民の理解を深める広報 活動や行事を実施すること、公共の場等において積極的にアイヌ文物等を展示していくことが必要である。また、アイヌの歴史や文化に関する映画やドラマの作 成、通信や放送による教育の充実など民間も参加した多様な担い手による啓発の取組を行っていくことなども重要である。こうした様々な啓発活動の積極的な実 施を通じて、広く国民の理解の促進を図っていくことが必要である。

【2】広義の文化に係る政策

先に述べたとおり、近代化政策の結果として打撃を被った先住民族としてのアイヌの人々の文化の復興の対象は、言語、音楽、舞踊、工芸等に加えて、土地利用 の形態等をも含む民族固有の生活様式の総体と考えるべきである。その上でアイヌの人々がアイヌとしてのアイデンティティを誇りを持って選択し、アイヌ文化 の実践・継承を行うことが可能となるような環境整備を図っていくことや、経務活動との連携等により自律的な生活の回復に結びつけていくような取組を促進し ていくことが必要である。その際、アイヌ文化の現代的な回復や将来へ向けた創造・発展という視点、また、国民一般がアイヌ文化の価値を実感・共有できるよ うな多様な文化と民族の共生という視点も重要となる。このような観点から、以下のような広義の文化に係る政策を実施すべきである。

ア 民族共生の象徴となる空聞の整備

アイヌという民族に関する歴史的背景、自然と共生してき(p.34)た文化の重要性、国民の理解の促進の必要性等にかんがみれば、アイヌの歴史や文化等に 関する教育・研究・展示等の施設を整備することや伝統的工芸技術等の担い手の育成等を行う場を確保するとともに、併せて、アイヌの精神文化の尊重という観 点から、過去に発掘・収集され現在大学等で保管されているアイヌの人骨等について、尊厳ある慰霊が可能となるような慰霊施設の設置等の配慮が求められる。 これらの施設を山、海、川などと一体となった豊かな自然環境で囲み、国民が広く集い、アイヌ文化の立体的な理解や体験・交流等を促進する民族共生の象徴と なるような空間を公園等として整備することが望まれる。

これらの施設及び空間は、本報告書のコンセプト全体を体現する扇の要となるものであり、我が国が、将来へ向けて、先住民族の尊厳を尊重し差別のない多様で 豊かな文化を持つ活力ある社会を築いていくための象徴としての意味を持つものである。

イ 研究の推進

アイヌの人々が、アイデンティティの原点であるアイヌ語やアイヌ文化を将来に亘って安定的に実践・継承していくことを可能とするためにも、アイヌに関する 総合的かっ実践的な研究の推進・充実を図るとともに、アイヌの人々が主体となった研究・教育等が進められるような環境づくりを進めていくことが求められ る。

アイヌに関する研究の現状としては、財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構によるアイヌに関する研究や研究成果の出版への助成、一部の大学や研究機関等に おける学術的・専門的な研究等があげられる。

これらのアイヌに関する研究等については、研究機関毎に小規模で行われており、相互の連携や交流が必ずしも十分で(p.35)ないこと、アイヌの人々自身 が研究に携わる機会が限られておりアイヌの研究者の人材育成が進んでいないこと等の課題があり、総合的かっ実践的な研究の推進が十分に図られているとは言 い難い状況にある。

このため、早急に、アイヌに関する研究やアイヌの人々も含めた研究者の育成等を戦略的に行う研究体制を構築していくことが必要である。具体的には、先駆的 にアイヌに関する研究等に取り組んでいる機関の機能、体制等を拡充強化し、当該研究機関が中核・司令塔となってアイヌに関する研究のネットワーク化や研究 者の育成等を担うこととし、中長期的にはアイヌに関する総合的かつ実践的な研究の推進体制へと発展させていくべきである。また、アイヌの人々に対する高等 教育機関における教育機会の充実等の自主的な取組への支援も重要である。

ウ アイヌ語をはじめとするアイヌ文化の振興

民族としてのアイデンティティの中核をなすアイヌ語の振興については、北海道内を中心に財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構により、アイヌ語に関する指 導者の育成、弁論大会の開催、アイヌ語講座のラジオ放送等により行われている。その他のアイヌ文化の振興については、文化伝承に関する講座の開催、伝統工 芸の展示等に関する助成等により行われている。また、国の重要無形民俗文化財であるアイヌ古式舞踊(アイヌの人々によって伝承されている歌と踊りで、アイ ヌの主要な祭りや家庭での行事等の際に行われるもの)がユネスコの無形文化遺産候補として提案されていることにも注目すべきである。

このように、アイヌ文化振興法の制定以降、アイヌ語などアイヌ文化の一部に対する振興施策が充実されたことにより、アイヌ語学習等へ若い世代の参画が見ら れるなど文化伝承の裾野が着実に広がってきている。しかしながら、アイヌ語を学び(p.36)たい、アイヌ文化に触れたいというニーズに対して、それに応 える場や機会が限られていたり、指導者や教材が不足している等の課題があり、必ずしも十分に対応しきれていない面もある。

このため、アイヌ語等に関する講座や指導者の育成等の既存のアイヌ文化振興施策の充実強化はもちろん、アイヌ語の音声資料の収集・整理、地名のアイヌ語表 記やアイヌ語地名由来の説明表記を充実するなどアイヌ語等のアイヌ文化に学び触れる機会を更に充実させていくべきである。また、アイヌの口承文芸であるユ カラ等のアイヌ文化の伝承に長年貢献しているアイヌの高齢者への表彰等を引き続き実施することが必要である。

エ 土地・資源の利活用の促進

アイヌの人々は、土地との間に深い精神文化的な結びつきを有しており、現代を生きるアイヌの人々の意見や生活基盤の実態などを踏まえ、今日的な土地・資源 の利活用によりアイヌ文化の総合的な伝承活動等を可能にするよう配慮していくことが、先住民族としてのアイヌ文化の振興や伝承にとってきわめて重要とな る。

現在、アイヌの伝統的生活空間(イオル)の再生事業{注}が北海道内の2 地域で行われており、国公有地等において文化伝承に必要な自然素材育成、体験交流等が行われている。また、一部の河川においては、アイヌの伝統的な儀式等 の目的で内水面のサケを採捕することを特別に許可する等の配慮が払われている。

一方で、アイヌの人々からは、土地・資源の利活用が十分にできないため、文化伝承に必要な自然素材が採取できないなど、アイヌ文化の継承や発展にとって支 障となっている側面があるのではないかとの指摘もある。(p.37)アイヌ文化の継承等に必要な土地・資源の利活用については、伝承活動等を行おうとする アイヌの人々の具体的な意見に耳を傾けるとともに、公共的な必要性・合理性について国民の理解を得ながら進めていくことが重要である。

これらの課題等も踏まえ、近年、自然との共生の重要性が増す中、自然とのかかわりの中で育まれてきたアイヌ文化を一層振興していく観点からも、地元関係者 の理解や協力を得つつ、アイヌ文化の継承等に必要な樹木等の自然素材を円滑に利活用できる条件整備を更に進めていくことが重要であると考えられる。

具体的には、アイヌの伝統的生活空間(イオル)の再生事業について、アイヌの人々や関係者の意見等を踏まえつつ実施地域の拡充等を行うこと、また、同事業 の実施地域等において、アイヌの人々、行政等の関係者が国公有地や海面・内水面での自然素材の利活用等に関して必要な調整を行う場を設置することにより、 今日的な土地・資源の利活用によるアイヌ文化の伝承等を段階的に実現していくことが必要である。

(注)アイヌの伝統的生活空間(イオル)の再生事業

森林や水辺等において、アイヌ文化の継承等に必要な樹木、草本等の自然素材の確保が可能となり、その素材を使って、アイヌ文化の伝承活動等が行われるよう な空間を形成する事業。

オ 産業振興

多くのアイヌの人々の主体的な参加を得て安定的にアイヌ文化の伝承等を促進していくためには、文化伝承等の活動と経済活動との連携が重要となる。

現状では、北海道内の一部の地域で、アイヌの人々と地域の人々が協力してアイヌ文化を重要な観光資源として位置づけ、(p.38)地域振興や観光振興に向 けた取組が行われるなどアイヌ文化の伝承のための活動と経済活動が調和した好事例も見られる。しかしながら、現状において各地域の取組は小規模なものが多 く、アイヌ文化の伝承のための活動等が生業とならないことが、アイヌ文化の担い手を増やし、文化を振興することの障害になっている面もあるのではないかと 考えられる。

文化振興や伝承のための活動がアイヌの人々の経済的自立にも結びつくための方策として、伝統的なアイヌの工芸品等に関する工芸技術の向上や販路拡大、アイ ヌ・ブランドの確立、アイヌ文化の適切な観光資源化や観光ルート化、アイヌ文化をテーマにした観光産業振興に資する圏内外へのプロモーション等に取り組む ことが必要であり、これらに対する支援の充実強化が求められる。とりわけ工芸品の販路拡大やアイヌ・ブランドの確立に向けたマーケティング調査を早期に実 施することが必要である。なお、地域におけるアイヌ文化と経済活動等との連携を更に促進するためには、アイヌの人々と地域住民が主体となった取組等を後押 しするような支援が重要である。

カ 生活向上関連施策

生活向上関連施策については、現在、北海道において、奨学金、生活相談、就業支援、農林漁業の生産基盤等の整備、工芸技術研修等に関する支援を実施してい る。

今日の北海道内のアイヌの人々の生活状況等は一定の改善が見られているが、先述の「北海道大学アイヌ民族生活実態調査」等によると、生活保護率や大学への 進学率等においてなお格差が存在しており、引き続き生活向上関連施策を実施していくことが求められる。これらの格差の存在により、アイヌの人々がアイヌと してのアイデンティティを誇りを持って選択することが妨げられ、アイヌ文化の振興や伝承の確保(p.38)が困難となっている状況も否定できない。また、 北海道内に在住するアイヌの人々に対しては施策が講じられる一方で、北海道外在住のアイヌの人々に対しては施策が講じられていない等の課題もある。

このため、アイヌの人々が、居住地に左右されず、自律的に生を営み、文化振興や伝承等を担えるようにするための支援が必要であり、北海道外のアイヌの人々 の生活等の実態を調査した上で、全国的見地から必要な支援策を検討し実施していくことが求められる。その際、支援策の適用に当たってアイヌの人々を個々に 認定する手続等が必要となる場合には、透明性及び客観性のある手法等を慎重に検討すべきである。

なお、以上のような生活向上関連施策の展開に当たって留意すべき点は、アイヌの人々は様々な生活の道を選択しているという状況があることであり、これらの 人々を本人の意思に関わらず、ー律に施策の対象とすることは避けるべきである。

【3】推進体制等の整備

現行における政府のアイヌ政策は、アイヌ文化振興法に基づくアイヌ文化振興関連施策等については国土交通省及び文部科学省、北海道生活向上関連施策の支援 については文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省及び国土交通省、人権教育については文部科学省、人権啓発については法務省がそれぞれ行ってお り、アイヌ政策全体に関する総合的な窓口は置かれていない。このため固として政策全般を見渡せていないのではないかという指摘がある。また、文化振興や生 活向上の施策の検討に際して、行政とアイヌの人々が共に検討する揚が個別に設けられている例があるが、新たな政策課題への対応等にアイヌの人々の意見等が 必ずしも十分に反映されていないのではないかと考えられ(p.40)る。

このため、今後は、全国的見地から国が主体となって総合的に政策を推進するとともに、アイヌの人々の意見等を政策に反映する体制や仕組みを構築する必要が ある。具体的には、アイヌ政策を総合的に企画・立案・推進する国の体制の整備やアイヌの人々の意見等を踏まえつつアイヌ政策を推進し、施策の実施状況等を モニタリングしていく協議の場等の設置が必要である。これらにより、アイヌの人々の意見をも踏まえた効果的な政策の推進や実施状況の検証等が図られていく ものと期待される。

なお、国会等におけるアイヌ民族のための特別議席の付与については、国会議員を全国民の代表とする憲法の規定等に抵触すると考えられることから、実施のた めには憲法の改正が必要となろう。特別議席以外の政治的参画の可能性については、諸外国の事例も踏まえ、その有効性と合憲性を慎重に検討することが必要な 中長期的課題であり、同時にアイヌの人々にもアイヌの総意をまとめる体制づくりが求められることになろう。このため、まずは、上述したとおり、アイヌの人 々の意見等を政策の推進等に反映する仕組みを構築し、第一歩を踏み出すことが肝要である。

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