かならずよんで ね!

メキシコ中米パナマを中心としたCOVID-19対策の現在

(プレプリント版)

井上大介・額田有美・池田光穂


「ラテンアメリカでの新型コロナウイルス禍」等で、コロナパンデミック下の現状、疾患対策、統治状況、経済との関連など様々な観点から報告されてきてい る。本稿はメキシコ中米パナマに焦点が当てられるが、それらの報告に屋上屋を架することなく、医療対策に文化政策的観点や先住民や移民を含む人々の生活態 度がどのようにコロナ対策に結びつくのかについて医療人類学という観点から紹介してみたい(表1.は同地域の感染に関する基本データ)。


これらの地域では、リチャード・N・アダムスや ジョージ・フォスターという文化人類学者たちが1945年以降に同地域の文化や生活を質的に調査し記述するエスノグラフィーという手法を用いて、人々の考 え方や行動を文化的に説明する試みを展開してきた★01。長年にわたり人類学者たちは、WHOの中南米地域オフィス(パンアメリカン保健機構, PAHO)に対してさまざまな地域保健政策に関しての助言を与えてきた。とりわけメキシコでは、先住民を国民国家に統合するインディへニスタ政策において 先住民の社会問題の解決と経済開発のために人類学者の政府への助言が大きな役割を果たしてきた。もちろんこれらは政府主導の開発のエージェントとして機能 したために、後に批判もされた。しかしながら、それらの反省に立って、新型コロナウィルス拡大に際しては、先住民と研究者の間に協働的なネットワークが形 成され、さまざまな情報が伝わってくる。

★01 池田光穂, 2001『実践の医療人類学』世界思想社;Adams, Richard N. 1957. Cultural surveys of Panama-Nicaragua-Guatemala, El Salvador-Honduras. Pan American Sanitary Bureau.; Foster, George., 1977. Medical anthropology and international health planning. Social Science & Medicine. 11(10):527-534.


【左の図:日々の発生件数】メキシコ (発生から2021年1月9日までの発生状況)——出典は、COVID-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)、による。

メキシコでの新型コロナウィルスの発生は、2020年2月28日の6名の感染者の確認に端を発する。その後、政府による様々な措置が取られてきたがその影 響は劇的に拡大し、9月時点では感染者数が世界で8番目、死者数が4番目に位置するまでに至っている★02。インターネットでは、メキシコの人類学系の研 究機関が今回の新型コロナウィルスに関するシンポジウムや講演会、カンファレンスを実施し、情報交換を行っていることが伺える。その内容は、専門家が地域 の現状課題やコロナウィルスへの対応などについて論じながら、その特徴や多様性について人類学的に分析するといったものとなっている★03。また研究機関 の雑誌等において特集記事を組み、人類学からみるコロナウィルスをテーマに様々な議論を展開している★04。事例として社会人類学高等教育研究所 (CIESAS)という研究機関の論集を題材にその特徴についてみていきたい。CIESASが発信するIchan Tecolotlという論集では、2020年3月31日発刊の第336号で「コロナウィルス:人類学的視点から」★05とのタイトルでコロナウィルスに関 する特集記事が発信されている。関連するエッセーや論集のタイトルは以下の通りである。社会人類学とCOVID-19;パンデミックCOVID-19の文 脈における女性への暴力の増加;メキシコ・シティの地下鉄におけるニューノーマル;在宅勤務に関するエスノグラフィー的省察;COVID-19に対するメ キシコ先住民、等。それらの内容は、疾病対策が試みられているものの、特に先住民居住区において感染症が拡大しているという点、また男性による女性に対す る家庭内暴力の件数が増加している点、在宅勤務に従事できない社会階層の低い人々への感染などが問題となっている点、等が指摘されている。人類学は、感染 症をめぐる差別意識や不平等などをテーマとした知見、また様々な人間集団がどのようにコロナウィルスを受け止め、解釈し、対応しているのか、といった多様 性についての知見を提供することができるとしている。

★02 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63504930W0A900C2I00000/  ★03  https://www.youtube.com/watch?v=onRiebuscNs 等  ★04 「Covid-19, Antropología médica, México」の用語でのGoogle検索によるもの。  ★05 https://ichan.ciesas.edu.mx/covid-19/



ベリーズ(発生から2021年1月9日 までの発生状況)——出典は、COVID-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)、による。

ユカタン半島の隣国ベリーズではどうであろうか。 2020年3月24日に最初の感染者が確認され、同日には国際空港の閉鎖、25人以上の集会の禁止が発令された。4月1日には感染者は3人となり、政府は 非常事態宣言を発出した。4月7日には感染者が7人となり、初の死者が出た。4月12日には感染者は10人となり2人目の死者が確認された。その後、感染 者数は8月7日まで100人以下を維持したものの8月31日には870人にまで増加した。その後、死者数は8月15日まで増加せず、8月31日の段階で 12人となっている。ベリーズでのこの数字は、隣国のグアテマラの8月31日の感染者数、死者数がそれぞれ7万3912人、233人となっていることと比 較すると、極端に低い数字であるといえよう。ベリーズ政府は3月16日の時点で、北部国境および国際空港以外の国境の閉鎖(貨物は除く)、100名を超え る集会の禁止、入国制限強化などを決定し、3月20日には、14日間の学校の休校を決定するなどの措置を取ってきた★06。

★06 https://www.jamaica.emb-japan.go.jp/itpr_ja/11_000001_00019.html

グアテマラ(発生から2021年1月9 日までの発生状況)——出典は、COVID-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)、による。

グアテマラ大統領アレハンドロ・ジァマッティ大統領は2020年1月31日早々に中国からの入国者を禁止措置した。翌月2月25日には中国、韓国、イラ ン、ならびにEUからの入国者を管理体制に置くようにした。そのような措置にも関わらず3月13日にイタリアからの帰国者に陽性者を確認、その一週間後に は入国者への待機ならびに海外旅行の禁止をおこなう。陽性者ならびに死者はその後に増え続け、ジァマッティ大統領自身も9月18日に陽性であることが確認 された★07。11月14日での感染者の累計は 11万3,543名、死亡は3,858である(WHO, Coronavirus Disease (COVID-19) Dashboardによる)。

★07 https://en.wikipedia.org/wiki/COVID-19_pandemic_in_Guatemala

エルサルバドル(発生から2021年1 月9日までの発生状況)——出典は、COVID-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)、による。

エルサルバドル大統領ナイーブ・ブケレ大統領は3 月11日WHOがパンデミック宣言をしたのにあわせて公立・私立を問わずすべての学校活動を3週間停止し、それまでの感染注意報(黄色)から警報(赤色) として、同日付で国家非常事態宣言を発令した。その5日後には、空路入国したメキシコ人が陽性であったことに鑑み大統領はメキシコ政府に対して非難の声明 を出した。また翌17日には五百人以上の集会を禁じた。そしてさらにその翌日18日には同国での最初の患者が報告された★08。11月14日での感染者の 累計は3万6,030名、死亡は1,028である(WHO)。

★08 https://en.wikipedia.org/wiki/COVID-19_pandemic_in_El_Salvador

ホンジュラス(発生から2021年1月 9日までの発生状況)——出典は、COVID-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)、による。

ホンジュラスでは、やはり3月10日に2つの最初のケースが報告された。ひとりはスペインから6日前に帰国した妊婦で、もうひとりは5日にスイスから帰国 した女性であった★09。11月14日での感染者の累計は10万1,169名、死亡は2,797である(WHO)。以上の三国はアメリカ合衆国への不法移 民の供給国になり、コロナによる国境閉鎖後にアメリカによる同国者への強制送還への批判などで、世論が盛り上がったが、国民の間には止む終えなしという声 も多い。むしろ、流行後の経済対策、とりわけインフォーマルセクター労働者への支援が遅れているために、政策や警察の対応への批判が強い。

★09 https://en.wikipedia.org/wiki/COVID-19_pandemic_in_Honduras

ニカラグア 【注意】スケールからみる と発生件数は少数のようにみえるが、毎日の検査データを発表しておらず、保健データとしては信頼できない。(発生から2021年1月9日までの発生状況) ——出典は、COVID-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)、による。

ニカラグアでは、3月18日に国内初の感染者、 26日に最初の死亡者が公表された。政府は、入国制限措置に関する正式な発表を行っていなかったものの、4月ごろより実質的な国境閉鎖を実施した。そのた め、ニカラグア国籍の人さえも帰国できないという事態が生じ、国内外からの批判を受けた。その後、7月14日にPCR検査の陰性証明書提示の義務付け等を ふくむ入国者に対する水際対策措置が発表された。WHOによると、11月14日現在の感染者数は4,533人、死亡者数は158人であるものの、この数字 を疑問視する声が多く上がっている。政府の対応へ批判が強まるばかりであるのに対し、ミスキートの人びとの自治地域における「近代医療」と「伝統医療」と が共存するヘルスケアシステムの実践が注目を集めている★10。

★10 “Integrating Traditional Indigenous and Western Medicine into Nicaragua's Health Systems” June, 2020(https://www.culturalsurvival.org/publications/cultural-survival- quarterly/integrating-traditional-indigenous-and-western-medicine、最終閲覧: 2020年11月14日)

コスタリカ(発生から2021年1月9 日までの発生状況)——出典は、COVID-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)、による。

コスタリカでは、3月6日に最初の感染者が公表され、政府は16日に国家非常事態宣言を発表、18日より入国制限措置を開始した。最初の死亡者が発表され たのは18日であった。WHOによると、11月 14日現在の感染者数は119,768人、死亡者数は1,513人である。インディヘナの感染者数および死亡者数は明らかにされていない。保健省と人類学 者とのつながりは長い。1983年に開催された第1回人類学と健康セミナーの報告からは、当時からすでに両者が協同関係にあったことがわかる★11。国家 非常事態宣言発表前の3月13日に保健省は「インディヘナ居住区でのCOVID-19予防に関する方針」を作成し、各居住区の社会文化的な脈略の重視等を 医療従事者に勧告した。また、ブリブリ語やカベカル語など多言語での情報提供も行われた。

このような取り組みがある一方、「先住民族の権利」を脅かす事件も発生した。たとえば複数のインディヘナ居住区があるプンタレナス県南部では、4月ごろよ り、各居住区の自治体ADIが住民以外の居住区への立入制限を自主的に開始した。ところがウハラス居住区への立入をADIによって拒否された非住民男性 が、憲法法廷に人身保護請求をし、ADIが敗訴するという事態が生じた★12。これは個人の通行権がインディヘナ居住区住民の集団としての文化権よりも優 先されたとも解釈できる判例であり、居住区住民をはじめ、一部の法実務家や人類学者からは批判の声が聞かれる★13。また、7月にはインディヘナの人びと が利用していたトゥリアルバの医療施設付近で放火事件も発生した。移民に目を向けると、1970年代後半に活発化し、構造調整が行われた1990年代以降 に一層増加したといわれるニカラグア出身の労働者や、パナマ西部チリキ県に暮らすノベやブグレの労働者について考えることになる。これらの人びとがヘルス ケアシステムへアクセスするには、自己負担か、社会保険を利用するかのいずれかであり、定住ビザや二国間協定による期限付き労働ビザをもつ人やその家族は 後者に該当する。しかし、雇用者側が労働賃金からの定期的な社会保険料の徴収を怠る場合等があるため、社会保険の利用が実際には制限される状況が以前から 指摘されていた。また、COVID-19によるニカラグアの国境閉鎖等により、移民労働者とその家族が長期間にわたって離れ離れになるという状態も問題視 された。

★11  Castro, Marlene. 1984. “El papel de antropólogo en el Departamento de Salud Mental del Ministerio de Salud,” Cuadernos de Antropología, vol.3, pp.95-102. ★12 Poder Judicial. “Resolución Nº 10034 – 2020”(https://nexuspj.poder-judicial.go.cr/document/sen-1-0007-978265、最終 閲覧: 2020年11月14日). ★13 2020年8月29日現地関係者とのやり取りから(額田への私信)。

パナマ(発生から2021年1月9日ま での発生状況)——出典は、COVID-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)、による。

パナマでは、3月9日に最初の感染者、翌10 日に最初の死亡者が公表された。政府は、13日に生活必需品の購入数の制限等をふくむ国家非常事態宣言を発表し、17日より入国制限措置を開始した。 WHOによると、11月14日現在の感染者数は142,465人、死亡者数は2,823人である。政府は、インディヘナの人びとへの対応として、世界銀行 の資金援助を受けた「COVID-19予防と管理のための行動計画」等を実施している★14。移民の人びとについては、前述したニカラグアの国境閉鎖等に より、自国への帰国を望みながらもそれが叶わない失業者たちへの対応に追われた★15

★14 Ministerio de Gobierno. “Plan de Acción para la prevención y control de la Covid-19 en territorios indígenas”(https://www.mingob.gob.pa/plan-de-desarrollo-integral-de-los- pueblos-indigenas-de-panama/、最終閲覧: 2020年11月15日).
 ★15 ”Nicaragüenses varados en Panamá por coronavirus piden regresar a su país,” Milenio, 14 de agosto, 2020(https://www.milenio.com/internacional/nicaraguenses-varados-panama- piden-apoyo-regresar、最終閲覧: 2020年11月15日).

コロンビア(発生から2021年1月9 日までの発生状況)——出典は、COVID-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)、による。

日本(発生から2021年1月9日まで の発生状況)——出典は、COVID-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)、による。

むすび

日本でもラテンアメリカでも「流行当初は1年を待 たず沈静化し、その後のニューノーマル(新しい世界秩序)の生活のなかで、経済再建は始まる」と専門家や政府が予測した向きがある。しかし実際は真逆のこ とが起こった。アメリカ合衆国やブラジルに代表されるようなポピュリズム政権は、感染防止により人命を守る(ないしは、その姿勢を国民に打ち出す)政策を 取らず、感染をいたづらに拡大し、その結果、感染防止策において経済的打撃を受ける脆弱・貧困層(とりわけ先住民や移民労働者)への政策が後手に回った感 は否めない。国際社会は、コロナの蔓延で脆弱になったSDGs目標である「貧困をなくそう」「ジェンダー平等を実現しよう」「働きがいも経済成長も」とい う3つの目標を再度確認する必要がある、と私たちは考える。ウィズ・コロナの時代に突入したニューノーマル状況に対して、人は感染予防のための距離を取り ながら、なお心の絆は今よりも一層密にしなければならないという宿題をもらっている。それが医療人類学からみたCOVID-19に対する現代社会の課題で ある。

クレジットと注:いのうえ だいすけ 創価大学文学部教授・ぬかだ ゆみ 日本学術振興会特別研究員(PD)・いけだ みつほ 大阪大学COデザインセンター長;本稿は、2020年11月までの収集資料に基づい ている。またここで表明されている意見は筆者たちのものであり、所属先の見解を述べたものではない。

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