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私たちは多文化医療 について何を考えないとならないか?:スライド編

What do we think about Multicultural Medical Systems?

池田光穂

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私たちは多文化医療について何を考えないとならないか?
What do we think about Multicultural Medical Systems?
■クレジット:池田光穂「私たちは多文化医療について何を考えないとならないか?」第2回多文化医療研究会「環境と健康の未来、文化とケアのゆくえ」(招 待 講演)総合地球環境学研究所、京都市、2017年4月22日

私たちは多文化医療について何を考えないとならないか?:テキ スト編

医療人類学という学問にそ れほど真面目に従事してこ なかった僕にとって「多文化医療」研究会という研究会が指し示す「多文化医療(multicultural medicines)」という名称は衝撃的というか、完全に虚を突かれるような衝撃であった。もちろん[多]文化も医療(医学)も僕がその学問を始めた時 から現在に到るまで、常にその定義や概念規定には、いつも考えてきた事柄であり、このことに僕は飽きずに何時間も議論することができる。

で は、複数の文化に「帰属する (attribute)」複数の医療が存在するという現今の世界の状況や状態を指して多文化医療と呼ぶべきだろうか?:私にはそうは思えない。むしろ、単 一の文化に帰属せしめてきた医療を多文化の共存・並存・反発・交渉等のプロセス中に解消させ、医療というものの真に人間的営為を取り戻すことのみならず、 多種多様の生命運動の基本原則を振り返り、生態系や生物進化の中に医療/医学を再定位/再解釈する運動なのではないかというのが、私がこの研究会の名称を 聞いた時の思い入れだった。しかしオカルトや不可知論に陥らずに、比較的に分野が定まったノーマルサイエンスの住民たる医療人類学者のこの僕に一体何がで きるのだろうかと振り返ると、途方に暮れてしまう。

ま ずは、この分野横断的な領域に集う人たち一人一人 に声をかけ、その人たちが抱く文化や医療に対する概念を対話を通して具体的な形にし、分野を横断する新たな認識の生成を一つ一つ重ねていく篤実な方法論を 持って模索するしかない、のかもしれない。気の長いプログラムだが、個々の過程を想像するとなかなか楽しそうな取り組みになるはずだと僕は確信する。今回 は、そのための僕なりの見取り図を皆さんに示し、ご批判をいただきたいと思う。
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Nine stories

1.ランバース『医療宣教』1920年の衝撃
2.医療宣教は後の医療協力とはどう違うか?
3.60年後の変貌:プライマリヘルスケア2.0
4.多元的医療は現象記述概念
5.健康の概念のテーゼ
6.人は多様に病み、単純に治る、のテーゼ
7.民族医療再考:西洋生物医学のヘゲモニーや合理性の再認識
8.社会資本とハーバード《社会関係》マフィア
9.グローバル・ヘルス・イシューと多文化医療の課題
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1.ランバース『医療宣教』1920年の衝撃
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Walter Russell Lambuth (November 10, 1854 - September 26, 1921) was a Chinese-born American Methodist Bishop who worked as a missionary establishing schools and hospitals in China, Korea and Japan in the 1880s.
Lambuth, Walter Russell, Medical missions: the twofold task. New York: Student Volenteer Movement for Foreign Missions, 1920
ランバス,ウォルターR(2016)『医療宣教:二重の任務』関西学院大学出版会.
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「現地人のものの見方を学ぶこと。現地人と外国人はその考え方において対極にある。数千年に渡って発達してきた慣習、民話、生活や思考の習慣。それらは異 なった丈明を代表している。ダニエル・クローフォド(Daniel Crawford, 1870-1926)はそのすべてを、『黒い思考(Thinking Black)』というアフリカに関する著書のタイトルに要約している。それはまた、著者の中国における若い時期の経験からも実証することができる。私は痔 に苦しむ患者に砕いた氷を処方した。驚いたことに、翌日見せられたのは数オンスの砕かれたガラスであった。ガラスは患者のためのものであったが、幸いにも 家族は医師が戻って正確な用量を確認するのを待っていてくれた。彼らは「黄色く考えた(thinking yellow)」のだった。当時の中国中部では、これらのことばの発音が同一であったので、砕かれたガラスを砕かれた氷として与えようとしたのも無理から ぬことだったのであろう。また、現地の思考法のもとにある患者たちは、医薬品を、ボウル一杯一度に一度に服用しようとする習慣がある。強力な医薬品をグレ イン単位(grain, 約0.065グラム)で、あるいは滴剤で処方することの危険性に気づかされる。引き返せ、全部が一服で飲まれてしまうから」(邦訳、堀忠訳、 p.116)。

“Learning the native view point. The native and the foreigner are at opposite poles in their thinking. They represent different civilizations-the growth of a .thousand years of custom, folk lore, habits of thought and of life. Mr. Dan Crawford* has summed it all up in the title of his book on Africa,  “Thinking Black.” It might be illustrated by an experience of the writer early in his practice in China. He had prescribed crushed ice for a patient suffering from hemorrhage. To his amazement, on the following day, he was shown a couple of ounces of pounded glass. The glass was intended for the patient, but fortunately the family had awaited the doctor’s return to ascertain the exact dose. They were “thinking yellow.” In Central China, in those days, they would as readily have thought of giving pounded glass as pounded ice, the sound of the words being similar. Again, patients under the native system have been in the habit of taking medicine a bowlful at a time. One soon learns the danger of prescribing powerful medicines by the drop or by the grain. Turn your back and all goes down at a single dose.” (Lambuth 1920:93-94).
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“Learning the native view point. The native and the foreigner are at opposite poles in their thinking. They represent different civilizations-the growth of a .thousand years of custom, folk lore, habits of thought and of life. Mr. Dan Crawford* has summed it all up in the title of his book on Africa,  “Thinking Black.” It might be illustrated by an experience of the writer early in his practice in China. He had prescribed crushed ice for a patient suffering from hemorrhage. To his amazement, on the following day, he was shown a couple of ounces of pounded glass. The glass was intended for the patient, but fortunately the family had awaited the doctor’s return to ascertain the exact dose. They were “thinking yellow.” In Central China, in those days, they would as readily have thought of giving pounded glass as pounded ice, the sound of the words being similar. Again, patients under the native system have been in the habit of taking medicine a bowlful at a time. One soon learns the danger of prescribing powerful medicines by the drop or by the grain. Turn your back and all goes down at a single dose.” (Lambuth 1920:93-94).

「現地人のものの見方を学ぶこと。現地人と外国人はその考え方において対極にある。数千年に渡って発達してきた慣習、民話、生活や思考の習慣。それらは異 なった丈明を代表している。ダニエル・クローフォド(Daniel Crawford, 1870-1926)はそのすべてを、『黒い思考(Thinking Black)』というアフリカに関する著書のタイトルに要約している。それはまた、著者の中国における若い時期の経験からも実証することができる。私は痔 に苦しむ患者に砕いた氷を処方した。驚いたことに、翌日見せられたのは数オンスの砕かれたガラスであった。ガラスは患者のためのものであったが、幸いにも 家族は医師が戻って正確な用量を確認するのを待っていてくれた。彼らは「黄色く考えた(thinking yellow)」のだった。当時の中国中部では、これらのことばの発音が同一であったので、砕かれたガラスを砕かれた氷として与えようとしたのも無理から ぬことだったのであろう。また、現地の思考法のもとにある患者たちは、医薬品を、ボウル一杯一度に一度に服用しようとする習慣がある。強力な医薬品をグレ イン単位(grain, 約0.065グラム)で、あるいは滴剤で処方することの危険性に気づかされる。引き返せ、全部が一服で飲まれてしまうから」(邦訳、堀忠訳、 p.116)。
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An American Missonary Doctor and his African Competitor
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2.医療宣教は後の医療協力とはどう違うか?
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60年後のプライマリヘルスケアでは、
ライバルは協力者になり、
治療は慈悲による施しではなく、
権利獲得になる(=マー サ・ヌスバウムのQOL概念
池田(発表者)は1984-1978年に中央アメリカで保健活動(マラリアと公衆衛生のヘルスボランティア)に従事。

Martha Nussbaum and Amartya Sen eds, The Quality of Life,
Published to Oxford Scholarship Online: November 2003 (original ed., 1993)
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Donde no hay doctor
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3.100年後の変貌:プライマリヘルスケア2.0
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朝倉隆司のテーゼ(2016) 1/3

1)人類社会の課題はより複雑化している:「地球規模の環境問題、社会格差と健康格差、世界規模の人口の高齢化、紛争による地域の生態系と人間の生活・生 命の破壊、慢性疾患・障害と感染症の二重負荷、次世代を担う若者の問題など」であり、これが「複雑化する社会と健康の課題解決」になる。
2)新しいパラダイムをもとめて:それゆえ「健康観も健康社会学も、新たな課題に向き合うために、新しいパラダイムを必要」とする。実例:社会関係資本と 健康、生態学的視点、「青年期の健康に投資する価値」の論考などの登場
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朝倉隆司のテーゼ(2016) 2/3

3)国連のスキームに着目しよう:MDGsからSDGsへ。MDGs: 2000年9月に「国連ミレニアム宣言」採択+1990年代の国際開発目標の統合(〜2015年までの到達目標/2015年7月6日「国連ミレニアム開発 目標報告2015」)SDGs :Transforming Our World - the 2030 Agenda for Sustainable Development.(2015年9月25日採択〜)他方で国際的な視野の不足がある:「健康観」や「健康課題」とその歴史的文脈(「世界の各地の距 離が縮まり、互いに影響し合う時代」)
4)すでに論じられてきたテーマがある:「公害に象徴される圏内の環境と健康の問題、日本国内の社会格差や健康格差、高齢化・慢性疾患の増加に伴う健康観 の転換などについては、研究報告もあり、議論されてきた」。
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朝倉隆司のテーゼ(2016) 3/3

5)視野を広げる意味や必要がある:TPPの導入(→現在ペンディング)により日本の保健医療は他国(複数)の影響を受ける可能性。
6)国内でも見過ごされている問題がある:[日本の状況では]学校保健の健康社会学、発達期(思春期や青年期)の健康という課題が浮上してきたが、それら は伝統的な「医療、人口の高齢化や慢性疾患患者、障害者の問題」よりも研究関心が低い。
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4.多元的医療は現象記述概念
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多元的医療

多元的医療(Pluralistic medicine)とは、複数の医療が同一の社会ないしは同一の行為主体のなかで多元化していること。医療的多元論(Medical pluralism)とも言う。
医療的多元論=多元的医療行動+多元的医療体系
多元的医療体系(pluralistic medical system):同一の社会の中に複数の医療体系(=イデオロギー+専門家+クライアンツ)が共存している状態をいう。
多元的医療行動(pluralistic medical behavior):同一個人の医療選択のなかに同時にまたは時系列により、複数の医療体系の存在がかいまみれる行動。
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医療体系どうしの非寛容性について

それぞれの固有の医療体系には、いくつかの一般的特徴がみられる。
専門家集団の形成、専門家の業務独占、秘技や名声などの存在、対価に関するさまざまな制度、専門家になるための通過儀礼、疾病論や治療に関するセオリーと 技術の存在、専門家に対するクライアントの信頼と不審、等々(「民族医学(ethnomedicine)」概念)
 近代医療と伝統医療の類似点と相違点
近代医療と伝統医療を分析する際には、時空間のカテゴリーが混在している!
それぞれの医療の専門家の多くはエスノセントリストだが、西洋近代医療(生物医学)は、伝統医療を攻撃し、自らを異なるものとして成長してきた(→7.民 族医療再考)。
結論として、概ね、それぞれの医学体系の専門家はお互いに非寛容な性格がつよい
医療的多元論の多様性を支えているのは、それぞれの医療の専門家ではなく、医療を横断的に利用するクライアンツの存在である。
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5.健康の概念のテーゼ
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健康の概念のテーゼ

1.病気の語彙は多数でその表情は豊かであるのに、健康の語彙は少なく平板である。
2.健康の定義をもたらすものは、当該文化や社会の「善きもの=美徳(virtue)」から来ている。つまり健康の概念はどのような地理空間においても、 生物医学的なものではなく社会的なものである。
3.したがって、健康教育に携わる人たちやエージェント(組織)は、その当該文化や社会の「善きもの=美徳(virtue)」を抽出して、スローガンやイ メージをつくり、コミュニティにやってくる。
4.その当該文化や社会の「善きもの=美徳(virtue)」の概念は、政治体制の変化や歴史的変化により変わり得る。すなわち「健康の概念」は時空間を 超えた普遍的なものではありえない。
5.また病気の理解は、その個人における本復(健康を回復すること:ほんぷく)や最悪の帰結としての死という時間性の中で考えなければならない。
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図版 13-1, 13-2


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図版 13-3


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図版 13-4, 13-5, 13-6
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6.人は多様に病み、単純に治る、のテーゼ
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病気のサイクル

人間の病気経験は多様だ。にもかかわらず診断は限られた知識のなかでおこなわれ、病名が判断され、自分は〜という病気(苦悩)をもつという意識を人がもち はじめると、患者ないしはその家族は、その病気を直すことに専念する。あるいは、その病気に対応する薬や施術を探す。その結果、その薬や施術が効いたか効 かなかったのかという、二者択一の判断に人々の関心は移行する。治ることの延長上にあるのは、それにより不幸なことにならなかったということであり、ある いは死ぬことはないものの、その病気(患い)を抱えて生きることになる。他方、治らないという帰結の典型は「死」である。また症状が固定してしまい、前の 身体や精神の状態に戻らないときに、それは障害・障碍・障がい・しょうがいである、ないしは「寛解(かんかい)」と言われる。ただし、障害や寛解の概念は 通文化的とは言い難い。

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人は多様に病み、単純に治る、のテーゼ(図版)
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7.民族医療再考:西洋生物医学のヘゲモニーや合理性の再認識
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錯覚としての伝統医療


 長年の間、伝統医療は、あたかもどこかに実在するものとされ、人類学者はその事例の採集に明け暮れることになった。我々は「民間医療」を定義 する際においても同じような状況に直面する。したがって伝統医療とは、近代医療の欠如態として、最初から構想されたものであって、近代医療の原理論的な探 究の結果生み出された「近代医療のネガ」にすぎない。実際「伝統医療」の特徴について指摘した最も初期の研究は、近代医療との比較の中でその性格を確認す るという作業をおこなっている。(『実践の医療人類学』2001:67)

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伝統医療と近代医療の非対称は、西洋合理主義の思考の産物である
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8.社会関係資本:ハーバード《社会関係》マフィア
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事件

Norman Daniels(1942-), Bruce Kennedy(1960-), and Ichiro Kawachi(1961-) , “Justice is Good for Our Health,” Boston Review Feb., 1, 2000.
(著者たちを引用しつつ)「自由で平等な人々に対して公正となるように設計された社会契約の下では、平等な基礎的諸自由と平等な機会が人々に与えられる。 また、不平等〔格差〕が容認されるのは、それによって最も恵まれない人々の暮らしを最大限改善するのに役立つ場合に限られる」。この社会正義の見解と、社 会経済的な格差と健康の公正との実証的関連を結びつけることにより、この著者たちは「驚くべき結果」を見出した。すなわち、「社会正義はわれわれの健康に よい」という」アマルティア・センによる要約(邦訳 2008:ix)——ことをめぐる論争。
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課題

Norman Daniels(1942-), Bruce Kennedy(1960-), and Ichiro Kawachi(1961-) , “Justice is Good for Our Health,” Boston Review Feb., 1, 2000.
ロバート・パットナム『孤独なボウリング(Bowling alone)』2006[org. 2000]第4部20章において、社会関係資本と良質な公衆衛生状態や低死亡率の間には正の関係があることをハーバードの公衆衛生学部のデータから示す。
Social Determinants of health からSocial Capital Determinants of health 研究へとシフト。
「社会正義は健康によい」というハーバード公衆衛生学部のテーゼは(サンディニスタ・ニカラグアやキューバのそれと異なり)ネオリベラル政治イデオロギー 時代の「健康達成のための新たなスローガン」になる。
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9.グローバル・ヘルス・イシューと多文化医療の課題
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グローバルヘルスから多文化医療へ


Yawei Zhang, general editor, Encyclopedia of global health. Los Angeles: Sage Publications, 2008.の序文で紹介されるのは以下の古典的3テーマ
1)Infectious diseases
2)Non-Communicable diseases
3)Mental health
ニコラス・ローズ(Nikolas Rose, 1947-)らのポストモダン系の公衆衛生概念のフーコーの統治論的展開( Foucaudian governmentality turn)の議論は「実務の現場」には届いて/響いていない?
私(池田)からの2つの提案:1)静態的なグローバルヘルスの現場の状況に関する民族誌的研究、2)Multisite Ethnography = Traveling Ethnographic Approach (旅する民族誌研究)

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池田からの2つの提案:1)静態的なグローバルヘルスの現場の状況に関する民族誌的研究
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Analytical Framework for the Pluralistic Medicalization model
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池田からの2つの提案:2)Multisite Ethnography = Traveling Ethnographic Approach (旅する民族誌研究)
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患者と保健労働者(ヘルスワーカー)の国際移動に関する分析視座(池田 2010)
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