私たちは多文化医療について何を考えないとならないか?:テキスト編
Why do we confront right now with/against Multicultural medicines ?
池田光穂
医療人類学という学問にそれほど真面目に従事してこ なかった僕にとって「多文化医療」研究会という研究会が指し示す「多文化医療(multicultural medicines)」という名称は衝撃的というか、完全に虚を突かれるような衝撃であった。もちろん[多]文化も医療(医学)も僕がその学問を始めた時 から現在に到るまで、常にその定義や概念規定には、いつも考えてきた事柄であり、このことに僕は飽きずに何時間も議論することができる。
では、複数の文化に「帰属する (attribute)」複数の医療が存在するという現今の世界の状況や状態を指して多文化医療と呼ぶべきだろうか?:私にはそうは思えない。むしろ、単 一の文化に帰属せしめてきた医療を多文化の共存・並存・反発・交渉等のプロセス中に解消させ、医療というものの真に人間的営為を取り戻すことのみならず、 多種多様の生命運動の基本原則を振り返り、生態系や生物進化の中に医療/医学を再定位/再解釈する運動なのではないかというのが、私がこの研究会の名称を 聞いた時の思い入れだった。しかしオカルトや不可知論に陥らずに、比較的に分野が定まったノーマルサイエンスの住民たる医療人類学者のこの僕に一体何がで きるのだろうかと振り返ると、途方に暮れてしまう。
まずは、この分野横断的な領域に集う人たち一人一人 に声をかけ、その人たちが抱く文化や医療に対する概念を対話を通して具体的な形にし、分野を横断する新たな認識の生成を一つ一つ重ねていく篤実な方法論を 持って模索するしかない、のかもしれない。気の長いプログラムだが、個々の過程を想像するとなかなか楽しそうな取り組みになるはずだと僕は確信する。今回 は、そのための僕なりの見取り図を皆さんに示し、ご批判をいただきたいと思う。
■ Nine Stories(→「私たちは多文化医療 について何を考えないとならないか?:スライド編」)
■さまざまな項目
1.ランバース『医療宣教』1920年の 衝撃
a.ランバース『医療宣教(Medical Mission)』(1920)の 衝撃
b.医療宣教を現代の医療協力として再考する:異文 化にセンシティブな医療とは?
相手の言語や文化を理解しようとする医療宣教者た ち:ランバスの著述から……■第4章志願者から宣教師へ:第4節「直面する諸問題」を参照
「現地人のものの見方を学ぶこと。現地人と外国人
は
その考え方において対極にある。数千年に渡って発達してきた慣習、民話、生活や思考の習慣。それらは異なった丈明を代表している。ダニエル・クローフォド
(Daniel Crawford, 1870-1926)はそのすべてを、『黒い思考(Thinking
Black)』というアフリカに関する著書のタイトルに要約している。それはまた、著者の中国における若い時期の経験からも実証することができる。私は痔
に苦しむ患者に砕いた氷を処方した。驚いたことに、翌日見せられたのは数オンスの砕かれたガラスであった。ガラスは患者のためのものであったが、幸いにも
家族は医師が戻って正確な用量を確認するのを待っていてくれた。彼らは「黄色く考えた」のだった。当時の中国中部では、これらのことばの発
音が同一であっ
たので、砕かれたガラスを砕かれた氷として与えようとしたのも無理からぬことだったのであろう。また、現地の思考法のもとにある患者たちは、医薬品を、ボ
ウル一杯一度に一度に服用しようとする習慣がある。強力な医薬品をグレイン単位(grain,
約0.065グラム)で、あるいは滴剤で処方することの危険性に気づかされる。引き返せ、全部が 一服で飲まれてしまうから」(邦訳、堀忠訳、p.116)。
※競争相手(ライバル)としての現地の呪術者:実 際には多くの医療宣教師たちは見下していたかもしれないが、少なくとも現地の医療サービスの供給者(health care provider)としてランバスは見ていたことが(このキャプションのタイトルから)わかる写真である。
「20世紀の後半には、国際技術援助は、かつて異
教徒に対しておこなわれやキリスト教の布教活動と似たものになりつつある」——ロドルフォ・スタベンハーゲン『開発と農民社会』訳文は変えました。岩波書
店(1981:300)
"An American Missionary
Doctor and his African Competitor" picture from Lambuth (1920:176)
c.医療宣教は、後の医療援助協力とはどう違うか?
d.60年後のプライマリヘルスケアでは、ライバル は協力者に なり、治療は慈悲による施しではなく、権利獲得になる
David Werner (1934- ), Donde No hay Doctor, Berkeley: hesperian. 1973, 1995, 2010 というテキストとの出会い。health education for change(変化のための健康教育):彼は医師ではなく生物学者。アルマアタ 宣言に先立ち初版の公刊。またイラストレーションも彼による。
1993年のワーナー氏のスキャンダルとその後 (出典参照):"Werner resigned from the organization in 1993 after board members voted for his dismissal following allegations that he had sexually abused teenaged Mexican boys in his care.[4][5][6] Werner denied the allegations of abuse, and stated that "extensive investigations by the Hesperian Foundation and by the Palo Alto Police Department ...... [had] turned up nothing."[4][5][6] No legal charges were laid against him; the police investigation was affected by the fact that the alleged victims did not live in the US.[5][6][7] Werner subsequently founded another health organization, Healthwrights." - David Werner (1934- ),
私(池田)は、その中で、コミュニティ参加の保健プロジェクトに関わった。
e.多元的医療は現象記述概念であり、医療実践形態 の理想ではない
多元的医療について:多元的医療化:多元的医療行動(pluralistic medical
behavior)+多元的医療体系(pluralistic medical system)=医療
的多元論(medical pluralism)
池田光穂(1990, 2001)によるホンジュラス西部農民の「健康の概念」の分析、及び、健康教育の図像分析
■健康の概念のテーゼ(池田光穂)
1.病気の語彙は多数でその表情は豊かであるの に、健康の語彙は少なく平板である。
2.健康の定義をもたらすものは、当該文化や社会 の「善きもの=美徳(virtue)」から来ている。つまり健康の概念はどのような地理空間においても、生物医学的なものではなく社会的なものである。
3.したがって、健康教育に携わる人たちやエー ジェント(組織)は、その当該文化や社会の「善きもの=美徳(virtue)」を抽出して、スローガンやイメージをつくり、コミュニティにやってくる。
4.その当該文化や社会の「善きもの=美徳 (virtue)」の概念は、政治体制の変化や歴史的変化により変わり得る。すなわち「健康の概念」は時空間を超えた普遍的なものではありえない。
5.また病気の理解は、その個人における本復(健 康を回復すること:ほんぷく)や最悪の帰結としての死という時間性の中で考えなければならない(→「人は多様に病み、単純に治る」テーゼ)
【保健の図像分析】
【再掲】病気の理解は、その個人における本復(健 康を回復すること:ほんぷく)や最悪の帰結としての死という時間性の中で考えなければならない(→「人は多様に病み、単純に治る」テーゼ)
7.民族医療再考:西洋生物医学のヘゲモ ニーや合理性の再認識
f.現象記述概念でも、近代医療の限界や、医療と社 会実践のボーダーレス化についてのコンセンサスはできつつある(社会関係資本と健康の関係など)
g.近代医療の専門家(や文化人類学の専門家におい てすら)には、どのように全体性/全体論を取り戻すのかが急務だ
9.グローバル・ヘルス・イシューと多文 化医療の課題
h.単純なハイブリッドでも異種混交でもない。ポリ フォニーなのだが、同時に不協和音の存在とどう付きあうか?
i.医療を通した統治(ニコラス・ローズ)と、多文 化医療の関係はどのような位相になっているのか?
j.医療実践形態 の理想としての多文化医療の可能性
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■第2回多文化医療研究会:総合地球
環境学研究所 第1セミナー室 (京都):2017年4月22日 (土) 13:00-18:00
リンク
文献
その他の情報
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